鬼手紙一現代編一

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【坂井 真樹絵編】第五話

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一一久しぶりに、夢を見た。
暗闇の空間に、一滴の雫が落ちた。波紋が広がった場所へと向かうと五人の人影が見えた。

チリンチリン、チリンチリン…

空間に、五つの鈴の音が響き渡った。その音に魅入られながらも、五人の人影がはっきりと見えてきた。

『《鬼灯六人衆》か?』
【左様…《慈悲鬼の子孫》よ…我らはそなたらに謝らねばならぬ】

《罪鬼の先祖》の発した言葉に、緋都瀬は疑問符を浮かべた。彼は続けて言った。

【《鬼の試練》とはいえ…そなたらを苦しめたことに変わりはないのだ。我らは本来は…そなたらを守らねばならぬというのにな…】
『いいんだ……《鬼の試練》は辛いものばかりだったけど…何とか、乗り越えられたから。

それで…俺をここに呼び出した理由はなに?』
【慈悲鬼…貴様が説明しろ…我ばかりに任せるでない…!】

緋都瀬の真っ直ぐとした視線に耐えられないと言うかのように《罪鬼の先祖》は目を反らした。
代わりに《慈悲鬼の先祖》へと話しかけると、顔を下に向けていた《慈悲鬼の先祖》はゆっくりと顔を上げた。

【分かっておるわ…】
『………』
(慈悲鬼と、ちゃんと喋るのは初めてだな…)

覚悟を決めたように《慈悲鬼の先祖》は青い鈴が付いた錫杖を持って、緋都瀬の前にやって来た。


【我が子孫よ……よく聞け。

長様と復讐鬼の子孫をお救いしたければ一一この刀で、刺し貫くのだ】

『え…?』

一瞬、慈悲鬼が何を言っているのか分からなかった。先祖が差し出してきた青い刀を見ると、緋都瀬は首を横に振った。

『そんなこと、出来るわけないだろ!!
秋人は友達なんだよ!!なんで、秋人を傷付けることばっかりしないと…いけないんだよ…!』
【そなたの気持ちは分かる。我らもそうだった】
『!?』
【お前にしか、出来ぬのだ…!】
「………っ」

何かを願うような、必死になった慈悲鬼の声を聞き、緋都瀬は唇を噛み締めた。

(秋人を救うために…やるしかないのか…?)

一一本当に、自分に出来るのだろうか?
だが、迷っている暇はない。今にも秋人は苦しんでいるのなら、自分は救わねばならない。
ゆっくりと深呼吸をすると、緋都瀬は恐る恐る、青い刀へと両手を伸ばした。

『確かに…受け取りました』
【頼んだぞ…我が子孫よ…】
『はい…!』


刀が掌へと乗ったことを確認した緋都瀬は片膝をつくと《慈悲鬼の先祖》に向けて頭を垂れた。
先祖が頷いた瞬間一一緋都瀬の世界は白く染まっていった。


***


《鬼の試練》を乗り越えたことを確認した夕日は緋都瀬達をアパートへと呼び出した。
真樹枝は泰斗に外出許可を貰って、夕日の車に乗って、アパートへとやって来た。
最初にアパートに着いたのは緋都瀬だった。次に信司と真樹枝もやって来た。
全員が揃ったことを確認すると、夕日は話し始めた。

「改めて…《鬼の試練》の達成、見事だった。
約束通り…秋人といのり様を救う方法を教えよう」
「………」

緋都瀬達が唾を呑み込むと…夕日は緋都瀬の方を見つめながら、言った。



「緋都瀬…慈悲鬼様から受け取った《青藍》で秋人を刺し貫くんだ」
「うん…分かってるよ…夕日兄ちゃん…」

「一一」

夕日の言葉に一一緋都瀬以外の全員が目を見開いた。
しばらく経って、夕日の言葉を理解したのは玲奈だった。

「何よ…それ…!?秋人君のことを…刺し貫くって…真樹枝の試練と同じじゃない…!!」
「真樹枝ちゃんの試練とは比べものにならないよ」
「ひーちゃん…大丈夫なの…?」

真樹枝が心配そうに聞くと、緋都瀬は微笑しながら言った。

「俺は…大丈夫だよ。秋人は…俺が必ず、助けてみせるから」
「………っ」

緋都瀬の言葉に真樹枝は何も言えなくなってしまった。顔を下に向けていた羽華は、緋都瀬に向かって言った。

「信じてるから」
「え?」
「緋都瀬君なら、秋人君といのりちゃんを助け出せるって、信じてるから…!」
「羽華ちゃん…」

真っ直ぐと向けられた羽華の言葉に、緋都瀬は顔を歪めながらも頷いた。信司も頷いてから言った。

「俺も…ひーちゃんなら、秋ちゃんといのりちゃんを助けられるって信じてるよ」
「信ちゃん…ありがと…」
「えへへ…どういたしまして…」

信司の頭を軽く撫でると、彼は嬉しそうに笑った。玲奈は腕組みすると、唇をとがらせながら言った。

「今度は、失敗しないでね…あんたのこと、信じてるから」
「玲奈ちゃん…ありがとう…そう言ってくれて、うれしいよ」

「………」

お互いに微笑みあっている緋都瀬達を見て、夕日は僅かに笑いながら、言った。

「よし…具体的な方法を今から伝えるぞ」

夕日の言葉に一一緋都瀬達は表情を引き締めたのであった。

***


一一具体的な方法とはこうだ。
まず、双鬼村に正面から向かうのは不可能だ。
十年前の山火事が原因で警察によって、立ち入り禁止区域となっているからだ。
では、どこから双鬼村へ行くのか?
具体的には《それぞれの鬼の能力》を駆使して双鬼村に行くことだった。

夜神高等学校の裏山へと向かい、双鬼村に通じる結界を玲奈の《慈愛鬼の扇》で破壊する。
結界は十数秒で回復してしまうため、破った後はすぐに駆け抜ける。
薄暗い森へと辿り着いたら、真っ直ぐに道を突き進む。
しばらく進むと、双鬼神社の鳥居が見えてくるので、中へと入っていく。

長い緩やかな坂を上っていくと、境内に辿り着く。神社の裏手に井戸があるので、羽華の《喪鬼の提灯》で照らしてもらう。
この井戸は降りていくと、地下階段があるので、階段は緋都瀬一人だけで降りていく。

信司、玲奈、羽華、真樹枝は、秋人といのり、緋都瀬のことを思いながら《鬼鈴》を持って、祈るために井戸の外で待機する。

あとは、《黒い海》にいる秋人といのりを緋都瀬が助け出すというものだった。

夕日に教えられた手順を、緋都瀬達は頭の中で何度もシミュレーションを繰り返した。
簡単なようで難しいと思うのは、この手順は、連携がなければ成り立たないと思ったからだ。

作戦決行日は、夏休みの前半が終わった日に決行しようと決めた。
ちょうど、宵祭が始まる前の日だった。


この作戦で、秋人といのりが帰ってきたら一一また《みんな》で笑い合って、祭りを楽しむことが出来ると考えたからだ。

作戦決行日は、あっという間にやって来た。
緋都瀬達は、手と手を重ね合わせた。
重なった手が重く感じたが、あまり気にはならなかった。

「みんなで一緒に帰るために…頑張ろう!」
『おー!!』

緋都瀬の掛け声と共に大きな声が、アパートに響き渡った。
お互いに頷き合った後一一緋都瀬達は、夜神高等学校の裏山へと向かったのであった。

***


夕日の言ったとおり、作戦は上手くいった。
井戸を見つけ出した緋都瀬達は胸をなで下ろすと息を整えた。

「はあ…はあ…はあ…みんな、大丈夫…?」
「はあ、はあ…ええ…何とかね…」

緋都瀬の問いかけに、玲奈が一番に答えた。玲奈に続けて、羽華、信司、真樹枝も答えた。
想像以上に井戸への道は過酷な道だった。
薄暗い森の中を真っ直ぐに行くためには懐中電灯の光だけが頼りだった。
携帯で時刻を確認すると、一時間も経っていた。もちろん、圏外であることに変わりないのだが。
全員が息を整え終わると、井戸を覗き込んだ。

「真っ暗で何も見えないね…」
「でも…行くしかないよ…」
「緋都瀬君…気を付けてね…」
「うん」

井戸は人一人が入れるには十分な大きさの井戸だった。井戸の底は暗闇しか広がっておらず、懐中電灯で照らしても何も見えなかった。
緋都瀬は持ってきたロープで井戸に降りる準備を始めた。羽華は不安げな顔をしつつも、彼に声をかけると一一緋都瀬は笑って頷いた。
近くの大樹にロープを括り付けると、しっかりと固定する。
自分の胴体に、ロープの先端を括り付けると再び井戸へと戻り、信司達の顔を見渡しながら、言った。

「それじゃあ…行ってくるね」
「気をつけて…!」
「絶対に、帰ってきなさいよ」
「待ってるね」
「ひーちゃんなら、大丈夫だよ…!行ってらっしゃい…!」
「ありがとう…みんな…行ってきます」

信司達からの言葉を受け止めた緋都瀬は深呼吸をすると懐中電灯を口に咥え、井戸を降り始めていった。

***



一一今、自分はどのあたりにいるのだろう?
降りていけば、降りていくほど、暗闇は深くなっていく。下を見ても、闇が広がっているだけで何も見えなかった。

「………」
(秋人…いのりちゃん…待ってて…)

二人のことを思い浮かべながら、緋都瀬は頭を軽く振ると再び降り始めていった。
冷たい石に足を上げたり、浮かせたりしているうちに、小学校の頃を思い出していた。

(そう言えば…鉄棒の上り下りも、秋人の方が早かったな…)

いつも彼には負けてばかりだった。
ジャグルジムでの競争や、鬼ごっこ、かくれんぼなど…秋人が一番であったり、すぐに見つけられてしまうことが多かった。
運動神経では彼に敵うことがなかったと思っていると一一両足が地面についた。

「ふう…やっと、着いた…」

懐中電灯を口から解放し、胴体に巻いていたロープを解いた。
事前に信司達には、『ロープが緩んだら下についたという合図だ』と伝えてあった。

緋都瀬は井戸の底についたことに胸をなで下ろした。
周りを懐中電灯で照らして見るも、そこには石の壁しか見当たらなかった。
夕日によると、《黒い海》へと通じる地下階段は仕掛け扉のように隠されているらしかった。
緋都瀬の慈悲鬼の力ならば、簡単に見つけられると聞いたが、本当だろうか?
疑問に思いながらも、緋都瀬は神経を集中して一一慈悲鬼の力を使った。

「!」
(あそこだけ…微妙に色が違う…?)

青い光を宿した目で、再び辺りを見回していると、色が違う石があることに気付いた。
ゆっくりと、色の違う石へと近付き、手で触れてみた。
すると、石の壁が動き、地下階段が現れた。

「ほ、ホントに分かった…すげえ…」

一人感心すると、冷たい風が吹いている地下階段を降りていく。
やはり、地下階段も井戸と同じく一一どこまでも闇が広がっていた。
懐中電灯の光がな無ければ、降りられないほどだと緋都瀬は身震いしていると、頭の中で《赤い鈴》が鳴った。


【クルナ…コッチに、クルナ…!!】

「……っ!」
(秋人…!!)

親友の声を間違えるはずがない。
緋都瀬は足を止めずに、持ってきた青い鈴を鳴らしてから秋人に語りかけた。


(秋人、今からそっちに行くよ…!みんな、秋人のことを待ってるんだ…!)

【ソンなはずは、ナイ……俺は、お前タチにヒドいことを、した…】
(それは《鬼の試練》のせいだ…!秋人は、悪くないだろ!)
【ウルサい!!黙れ!!】

「……っ」

秋人の怒鳴り声に耳鳴りがしたのを感じていると一一懐中電灯が点滅し、消えてしまった。

「おい、おいおい…!嘘だろ…!!」

短く悲鳴を上げながらも、懐中電灯を叩いたが、反応はなかった。
緋都瀬は慌てて、携帯電話を開いた。
小さな灯りがついたことにほっとしていると一一頭の中で秋人のクスクスと笑っているのが聞こえてきた。

【光がなかったら、不安だろう?闇はイヤだなぁ?ヒトセ?】
「………」

肯定も否定もしないまま、緋都瀬は階段を降りるのを再開した。
ただ、先程とは違って、一歩降りるたびに確認しながら歩みを進めていった。
秋人は舌打ちをしたあと、それ以降は何も言わなくなった。
逆にその方が、今の緋都瀬にとっては有り難かった。

慎重に降りていっていると一一どこからともなく、歌声が聞こえてきた。

《揺りかご、ゆれる。日が落ち、ゆれる。
ぼうやよ、よい子だ。ねんねしな。
咲見の宵やを、こえてきな。鈴のね、ひびかせ、ねんねしな》

「この、子守歌は…」

歌声が終わると、緋都瀬は一筋の涙を流した。
この歌は、幼い頃に母がよく歌っていてくれたものだった。
緋都瀬は、懐かしい母の声に涙が止まらなかった。
服の袖で、乱暴に涙を拭ったあと一一緋都瀬は階段を降り始めていく。

一とにかく、降りなければ一

その思いだけで、緋都瀬は下りていった。

***


何度も消えそうになった携帯電話の明かりだけで緋都瀬は、下の方にほのかな灯りが点っているのが見えた。

「あそこだ…!」

目的の場所が分かれば、あとは早かった。階段がどのあたりにあるのか、代々把握していたからだ。
早足で階段を下りていくと一一《黒い海》が広がっていた。

「やっと…着いた…!」

ようやく《黒い海》に辿り着いたことを緋都瀬が実感すると、一歩を踏み出し、海に向かって叫んだ。

「秋人ーー!!いるんだろう!!」

しかし、秋人は答えない。緋都瀬は《黒い海》の中を突き進んだ。
しばらくすると、もう一度息を吸い込み、叫んだ。

「約束通り、お前を助けに来たんだ!!どこにいるのか、返事してくれよ!!」

結果は先程と一緒だった。目の前にはただ《黒い海》が広がっているだけだった。

「なんでだよ…!?なんで、答えてくれないんだよ…!?」

しんと静まり返った《黒い海》に、答えはくれない秋人。
泣きそうになりながらも、緋都瀬がもう一度叫ぼうとした瞬間一一背中に重みを感じた。

「!?」

頭の中で青い鈴と赤い鈴が交互に鳴り響いたと共に、秋人の声が聞こえてきた。

【うるさいんだよ…さっきから…俺は、ココニイルダロ?】
「秋人…なのか?」

【ああ…ソウダ。久しぶりだな…ヒトセ】

突然の再会に、緋都瀬は今の状況を理解するのに時間がかかった。
緋都瀬はゆっくりと振り返った。秋人の顔を見た瞬間一一緋都瀬は悲鳴が出そうになった。

秋人の顔は、両目は黒い空洞が広がっていた。玲奈の試練に見たときに覚悟はしてきたが、前よりも大きくなっているのだ。
彼から一歩、二歩と後ろへと下がっていった。

「秋人…なんで、目がないんだよ…?」
【アア…これか?俺の目は、《黒い海の主》にあげたんだよ】
「《黒い海の主》にあげた…?どうして?」
【あの人には、必要なモノだったからだ。俺は…あの人には逆らえない…】
「……」

《黒い海》の彼方に頭を向けた秋人に緋都瀬は何も言えなくなってしまった。彼に何と声をかけたらいいか、分からなくなってしまったのだ。
僅かな沈黙が二人の間を通り抜けていった。《黒い海》には海風も、冷たい水の中にいるというのに、寒さも感じなかった。
海という現実身がないとぼんやりと考えていると、秋人は思い出しかのように緋都瀬の方へと振り返った。

【そう言えば…俺を迎えに来たとか、言ってたな?】
「そうだよ…!その為に俺は…いや…《俺達》は秋人といのりちゃんを助けるためにここまで来たんだよ!!」
【俺と、いのりを…助ける?

フフフフフフ、アハ、ハハハハハハハハハハ!!】
「あ、秋人…?」

緋都瀬の脳内で、秋人の笑い声が響き渡った。
秋人の反応に戸惑っていると、彼は笑い声を抑えてから言った。

【お前は、何も分かってない。俺といのりを助けることなんて…出来はしない】
「…あるよ。秋人と、いのりちゃんを助ける方法を…俺は知ってるから」
【何だと…?】

「あの時の…何も出来なかった俺じゃないってことを、証明するよ…!」

掌に精神を集中させた。青い光が集まっていくと一一慈悲鬼の力である《青藍》が姿を現した。
秋人は、《青藍》の気配を感じとると、顔を歪ませながら言った。

【クク…なるほど…俺を殺そうってか?】
「違う…この刀は、秋人を救うことが出来るんだ…!」
【ウソだ…!ウソダウソダウソダ…!そんなもの、信じないぞ…!】
「俺は本気だ」

『……っ』

緋都瀬の凜とした声に、秋人は体を強ばらせた。

「俺は本気で、秋人を助けたいって思ってるんだ」

『………』
【良いだろう……なら、お前の本気を見せてもらおうか…!】

秋人も掌に精神を集中させ、赤い刀を取り出すと、それを一気に引き抜いた。
緋都瀬も《青藍》を一気に引き抜いた。お互いに鞘を捨て、正面に構えた。

「………」
『………』

二人には刀を扱った覚えはない。
しかし、二人の内に宿る《鬼灯六人衆》が刀の使い方や構えを教えているのだ。
秋人は両目を閉じ、神経を集中させていた。緋都瀬がいつ動いても対応できるようにしているのだろう。

一一二人は直感的に感じていた。
この勝負は、一瞬で決まると。

どちらも、長い間見つめ合ったままだったが、《黒い海》が波打つように、静かに動いた瞬間一一先に動いたのは、緋都瀬だった。

「……っ」
『……っ』

一筋の光が、秋人の脳裏をよぎった。その隙を緋都瀬は見逃さなかった。


一一《青藍》の刃は、秋人の腹部を刺し貫いていた。


『グ、ア、ア…!』
「………」

赤い刀が、《黒い海》へと落ちた。秋人の顔は仰け反り、後ろへと傾いていた。一度、二度大きく魚のように跳ね上がると、《青藍》の光が秋人の中へと入っていった。

【やめろ、やめろおおおおおお!!俺の中に入ってくるなぁああああああ!!
あああああああああ!!!】

「秋人…!!」

秋人は無理やり《青藍》を引き抜いたが、遅かった。
緋都瀬の頭の中で発狂すると、助けを求めるように、両手を緋都瀬へと向けた。
緋都瀬は秋人の両手を握りしめると体を引き寄せ、抱きしめた。

「耐えてくれ…!
俺が、ずっと…ずっと…《アキ》のそばにいるから…!!」

【あ、ああああ……信じない……お前の…言葉なんか…信じない…】

体を痙攣させながらも、秋人は緋都瀬から離れようとしていた。
しかし、緋都瀬は秋人を抱きしめる力を強くしながら言った。

「俺のことは…信じてくれなくていい……でも、《みんな》のことは、信じてくれよ…!」

【みんな…?】
「思い出してみろよ…!アキ…!
信ちゃんも…玲奈ちゃんも…羽華ちゃんも…まきちゃんも…みんな、アキのことを心配してたと思ってるんだよ!?」

『………一一』

秋人は口を開け、呆然としていた。
暗闇に包まれた視界の中で、信司や玲奈が必死になって自分を助けようとしていたことを思い出した。
羽華も秋鳴が傷付けたのに、最後まで自分の心配をしていた。
真樹枝も自分が泣いている姿を見て、心配していたのを思い出した。

頭の中で、赤い鈴、青い鈴、薄赤色の鈴、桃色の鈴、橙色の鈴、白の鈴が共鳴するように響き渡っていった。

一一最後に、秋人に向かって笑っているいのりがいた。


「いいのか…?」

「え…?」

「俺は…お前達の……元に、帰ってもいいのか?」
「……当たり前だろ!!馬鹿野郎!!」



一一いつの間にか、秋人は元に戻っていた。
両目はしっかりと緋都瀬のことを見つめていた。
秋人が《戻ってきた》ことを認識した瞬間、緋都瀬は泣き笑いながら、彼のことを抱きしめた。
秋人も、緋都瀬のことを抱きしめ返した。


「迷惑かけたな…悪かった…」
「いいよ…そんなこと、謝らなくていいよ…!
ほら、立って…!いのりちゃんを助けに行こう…!」
「ああ…そうだな…!」

二人は立ち上がると《黒い海》の彼方を見た。見つめている先には、六つの鳥居が見えた。

「いのりちゃんは…鳥居を抜けた、神社の前にいるんだよね?」
「そうだ…あいつは《何か》を守っていた。
だから、動けないって言ってた」
「…確かめに行こう…!」
「分かった」

秋人の言葉に、若干の違和感を感じつつも、二人は瞬間移動の力を使った。
瞬間移動で、あっという間に六つの鳥居の前へとやって来た。
少しふらついた秋人の体を緋都瀬は支えると、ゆっくりと鳥居を抜けていった。

神社の前には…いのりがいた。
彼女は二人に背中を向けていたが、秋人と緋都瀬の気配に気付くと振り返った。


『…………』


「いのりちゃん…!迎えに来たよ…!」
「…………」

ゆっくりといのりの前までやって来ると、緋都瀬は明るく彼女に話しかけた。
しかし一一いのりは二人を見つめたあと、顔を反らしてしまった。

「違う…」
「え?」


「コイツは……いのりじゃない…!!」
「な、何言ってんだよ?アキ?」


秋人は目を見開き、首を左右に激しく振りながら言った。
緋都瀬は秋人の言っていることが信じられず、問い返した。
いのり…らしき少女は、一筋の涙を流すとこくりと頷き、頭の中へ話しかけてきた。


【アキ君の言うとおりだよ……わたしは、いのりじゃない】

「じゃあ、君は一体…誰なの?」


【わたしの名前は一一《双葉   伊萬里(いまり)》
《双葉  祈里(いのり)》の《双子の妹》です】

「一一一」
「一一一」

二人は伊萬里の言葉に言葉を失った。
伊萬里は、涙を拭うと…秋人の手を握ろうと手を伸ばしたが一一

「触るなっ!!」

『………っ』
「アキ…!」

秋人は我に返ると、伊萬里の手をはねのけた。
伊萬里が顔を下に向けると、秋人は彼女へと近づいていき、両肩に両手を乗せると言った。

「いのりはどこだ!?どこに隠した!!」
「アキ、やめろって!!」
『………』
【あちらです。あちらで…姉様は…ずっと、あなた方を見守っておられたのです】

「あっちでどっち一一」
「なんだ、あれ…!?」

伊萬里が指差した方角を見ると一一そこには、巨大な扉が鎮座していた。
古びた扉には何百枚もの札が貼られており、巨大な標縄が巻き付いていた。
秋人と緋都瀬は直感的に分かった。

《あの扉の中にいるものを出してはいけない》

扉の前には一一秋人と緋都瀬が探し求めていた《祈里(いのり)》がいた。
祈里は、秋人と緋都瀬の方を向き、微笑んでいた。

「……っ」

祈里の姿を見た秋人は、即座に瞬間移動を使い、扉の前にいる依乃里に近付こうとしたが一一五人の人影によって遮られてしまった。

「なっ!?お前らは!?」

【お久しぶりでございます。我らの長様。
ようやく…あなた様と話せたこと、光栄に思いまする】
「鬼灯六人衆…?」
「あれ?」
(一人、足りない…?)

同じく瞬間移動でやって来た緋都瀬は、五人の人影が鬼灯六人衆だと気付いた。
あと一人足りないことに二人が疑問に思っていると一一慈悲鬼が前へと出て来ると、秋人に向けて頭を垂れた。

【あなた様がいればよいのです…《鬼灯の長》様の血が流れているあなた様こそ、我らの長様に相応しい】
「ちょっと待て…!
お前らは俺のことを取り戻させるために…緋都瀬達を騙してたってことか…!?」
「!?」

秋人の言葉に、緋都瀬は目を大きく見開いた。
慈悲鬼は頭を上げず、沈黙を守っている。
つまりは、そういう事だろう。
こみ上げてきた怒りに秋人は体を震わせると、慈悲鬼を無視して、祈里の元へ行こうとしたが、罪鬼に体を抑えられた。

「離せ…!離せよ…!俺は、祈里に伝えなきゃならないことがあるんだ…!お前らに邪魔されてたまるか!!!」
【申し訳ありませぬ…長様…我らのしたことは許されることではありません。
しかし…鬼巫女様にあなたを近付けられぬのです。
どうか…ご辛抱ください…】
「黙れよ!!この能面やろう!!信司や信哉おじさん、宗弥さんを苦しめて、悲しませて、楽しんでたことを俺は知ってるんだよ!!
お前につべこべ言われる筋合いはねえよ!!そこをどけ!!」
『………っ』

【ホホ…全く…そなたは図体と力だけが自慢のアホよなぁ…】
「ぐっ、あ…!?」
「アキ!?」

秋人の体が突然地面へと臥した。それは、慈愛鬼の《重圧の力》だった。

「慈愛鬼っ…!!貴様っ…!くっ…!」
【ごめんあそばせ…長様…慈悲鬼も罪鬼も、あなた様のことが心配ですの。最も、妾の方があなた様のことを心配しておりますわよ?】
「はっ…!笑わせるなよ…!何が心配だ…!
お前は…俺と祈里が一緒にいるのが、うっとうしかっただけだろうが!!
俺の味方面なんかすんなよ!!」
【あらあら…お言葉が過ぎますわね…もっと、潰してやりましょうか?】
「ぐっ、ああああ!!」
【やめてください…!慈愛鬼様…!
それ以上《重圧》の力を長様に使わないでください!!】
【喪鬼の言うとおりです…おやめなさい。慈愛鬼】

更に《重圧の力》が掛かったことに秋人が悲鳴を上げていると、喪鬼と贄鬼が慈愛鬼に制止の声をかけた。

【フン…まあ、いいですわ…どちらにしろ…鬼巫女には近付かぬのですからね…】

クスクスとした笑い声と共に、慈愛鬼は《重圧の力》を使うのをやめた。
緋都瀬は慌てて、秋人に駆け寄った。

「アキ!大丈夫か?」
「ああ…大丈夫だ…」

秋人は顔を下に向けながら、立ち上がった。
ふらついた足どりで、祈里の方へと向かおうとしたが、喪鬼と贄鬼に遮られた。
また遮られたことに秋人は舌打ちし、喪鬼と贄鬼を睨み付けながら言い放った。

「お前達まで、邪魔するのか…?」

彼らは秋人に向かって、頭を垂れると頭に声が届いた。

【お許しください…長様。鬼巫女様は、あなた方のことを案じているのです】
【我らがこうやって、あなた様の道を塞ぐのも…鬼巫女様の命なのです。どうか、お許しください…】

「祈里の命令…か。そうか…そうだったのか…」
「…………」

贄鬼の言葉に、秋人は確信した。

祈里に会うことは出来た。
だが、この想いを伝えるのには、あまりにも一一彼女は遠い人になってしまったのだ。
そう思うと、秋人は涙が止まらなかった。
どれだけ服の袖で拭っても、涙は止まってくれなかった。

「せめて、あいつに…俺の言葉を届けてくれよ…!それさえも、駄目なのか…!?」
【鬼巫女様への言の葉なら…私が承ります】

秋人の言葉に反応したのは、贄鬼だった。
彼は一歩前へと踏み出すと、秋人に向かって膝をつき、両手を伸ばした。


「お前が届けてくれるのか?」
【はい…何なりとお申し付けください】

「………」

自分自身を落ち着かせるために、秋人は深呼吸した。少し間が空いたあと…秋人は贄鬼に向かって言った。



「《お前のことを愛している。

必ず…お前を取り戻してみせる。もう少しだけ、待っててくれ》」


【確かに…承りました…】
「………」


秋人の言葉に、緋都瀬は涙を流した。
贄鬼の掌に秋人の言葉が、言霊となって形を成すと、包み込むように掌を閉じた。
贄鬼は、秋人と緋都瀬の背後へと回り、二人の肩を抱き寄せながら、頭の中へと声を響かせた。

【あなた方を井戸の外へとお送りします。
さあ…目を閉じて下さい…】
「………」
「………」

喪鬼の言葉に促されるまま、二人は目を閉じた。
白い手が二人の体を包み込むと、淡い光へと包み込まれていった。

***


一一白い空間の中、声が聞こえた。

【ありがとう…アキ君。あなたの言葉はちゃんと届いたよ】

祈里の言葉に、秋人は涙を流した。
彼女は続けて言った。

【お願いがあるの…聞いてくれる?】
【ああ…お前の願いなら…何でも、聞くよ】
【わたしの妹…伊萬里を、守ってほしいの】

「………っ」

《伊萬里のことを守ってほしい》という祈里の言葉に、秋人は顔を下に向けた。

【俺は…伊萬里のことを拒否したんだ。あいつを守れる自信なんて、俺にはないよ】
【そんなことない。あなたは、強くて優しい人だってわたしは知ってるよ。
あなたが全てを背負う必要はないの。
《みんな》で痛みも、怒りも、悲しみも、憎しみも分かち合えばいいんだよ】


「………」



また、秋人の頬には涙が伝っていった。
服の袖で涙を拭うと頷いてから、彼女に言った。

【分かったよ…祈里…伊萬里のことは、俺に任せてくれ】
【ありがとう…アキ君。わたしの、大好きな人。

わたしは、いつだって、あなたのことを思ってる。
わたしは、いつだって、みんなのために…《祈り》続けるよ】

「祈里…」

白く、霞んでいく視界の中で…秋人は手を伸ばしたが一一彼の手を掴むことはなかった。

***



一一井戸の外に転移してからの記憶は、酷く曖昧なものだった。
何故かは分からなかった。分からなかったが、嫌な予感がしたのは確かだった。

「ん……?」
(ここは…車の中…?)

秋人は体が揺れていることに気付き、うっすらと目を開けた。
前を見ると、運転席と助手席には二人の男が座っていた。
男達の会話に秋人は全神経を集中させた。

「祈里のことは諦めていたが…伊萬里だけでも取り戻せてよかったよ」
「…これから、どうするんですか?
こいつらを遠野博士に突き出して、実験体になってもらいますか?」
「バカなことを言うな…あの博士の実験が異常だってことはお前だって分かってるだろ?」
「分かってますよ…言ってみただけです。
まあ、俺は…五十嵐 秋人が手に入りさえすれば、あとはどうでもいいです」
「はいはい…分かったよ…」

「………」
(この声…どこかで聞いたような…?)

必死に頭を巡らせていると、秋人は車の窓の向こうで一一真樹枝が両手で窓を叩いているのが見えた。

「!?」
(真樹枝!?どうした!?)

秋人はようやく意識がはっきりすると、窓へ体を寄せていった。
心の中で問いかけても、彼女は答えない。雑音しか聞こえてこなかった。
よく見ると、自分の隣には緋都瀬、信司が眠っていた。
二人とも、眠りが深いのか…秋人が動いても目が覚める様子はなかった。

「おい…!車を止めろ!!」

秋人が怒鳴り声を上げると、運転席の男はミラーで秋人が目覚めたことに驚きつつも言った。

「おっと…もう薬が切れたか…全く…遠野博士に苦情を言わないといけないな…」
「一体、俺達をどうするつもりだ!?何が目的一一」

「黙れ。五十嵐   秋人。今のお前に喋る権利などない」
「……っ」

助手席に座っていた男が、銃を秋人へと向けた。突然銃を向けられ、言葉を発するのをやめた。
運的席の男は助手席の男を宥めるように言った。

「そう言ってやるな。
秋人君のことはお前に任せるが、決して殺すな。あの人にも命令を出されていただろう?」
「では、再び眠らせます」
「ああ、頼む」
「?」

ただ、男達の話を聞くことしか出来ない秋人に向けられていた銃を男は持ち替えると、秋人の肩へと標準を向けて、発砲した。

「あっ…う……く…!!」

「遊糸さんの情けに感謝しろよ…クソガキ」
「遊糸って……まさか一一」

突然撃たれたことよりも一一聞き覚えのある名前を思い出そうとした瞬間、意識を失った。







一一どれくらい、時間がかかったのかは分からなかった。
ただ、遠くの方で、秋人を呼ぶ声が聞こえた。
呼び声に導かれて、秋人は目を開いた。

「うっ…ん…?」

「よかった…!アキ、目が目覚めたんだな…!」
「緋都瀬…俺は…?」

最初に見えたのは、緋都瀬の心配げな顔だった。
顔を周りへと目を向けると一一大人達が、秋人達のことを取り囲んでいた。
その手には、銃が握られていた。

「やっと、目が覚めたようだね…秋人君」

「あんたは一一」

優しげに見つめている男。見覚えのある名前に、秋人は顔を歪ませ、憎々しげに言い放った。


「翠堂 遊糸…!!」
「……」


秋人の言葉に、遊糸は微笑みを絶やさずに…彼を見つめ続けていたのであった。


***


【鬼手紙一現代編一*【坂井 真樹絵編】第五話】一一END&完結。



next→ 【鬼手紙一過去編一】へと続く。



20180427
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