鬼手紙一未来編一

ぶるまど

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壊れかけのモノローグ

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一一遠くの方で、秋人を呼ぶ声が聞こえた。呼び声に導かれて、秋人は目を開いた。

「うっ…ん…?」

「よかった…!アキ、目が目覚めたんだな…!」
「緋都瀬…俺は…?」

最初に見えたのは、緋都瀬の心配そうな顔だった。 顔を周りへと目を向けると一一大人達が、秋人達のことを取り囲んでいた。 その手には、銃が握られていた。

「やっと、目が覚めたようだね…秋人君」

「あんたは一一」

優しげに見つめている男。見覚えのある名前に、秋人は顔を歪ませ、憎々しげに言い放った。


「翠堂 遊糸…!!」
「……」


秋人の言葉に遊糸は微笑みを絶やさず、秋人を見つめ続けると言った。


「《過去の記憶》が戻ったようで何よりだ」
「くっ…! お前だけは…絶対に許さないからな…!! 今すぐ俺達を解放しろ!!」
「それは出来ない。 君たちは拘束させてもらう」
「アキ…なんで、そんな怒ってるんだよ? 」
「……っ…」
(そうか…緋都瀬達は記憶を取り戻してないから…分からないのか…!)

緋都瀬は遊糸と秋人を見比べながら言った。 戸惑うのも無理はない。 自分は怨業鬼に取り憑かれた父に記憶を取り戻してもらったが、緋都達はまだ取り戻していないのだ。 秋人が言葉に詰まっていると、遊糸は穏やかな口調で言った。

「戸惑うのも無理はないさ…緋都瀬君。 君たちにはこれから…《過去の記憶》を取り戻せばいいんだからね。 そう…《あの時》と同じようにな」
「ひっ…!」
「………」
「させるか!!」
「おっと…!」
「アキっ!!」

歪な笑みを浮かべた遊糸に信司は短く悲鳴を上げた。 秋人はすぐに遊糸の言葉を理解すると《復讐鬼の力》を使い、赤い刀を形成すると遊糸に斬りかかった。 緋都瀬は止めようとしたが、間に合わなかった。
正面から向かってきた秋人の刀を受け流すと、手首を掴み、上に持ち上げた。 相方の牧野 翔太が銃を構えたが、空いている手で制すると銃を下ろした。

「無駄な抵抗はしないほうがいいと思うぞ?」
「無駄なんかじゃないっ!! あんたに俺の仲間を傷付けられてたまるかっ!!」
「分からない子どもだな…あの方が来るまで大人しく、してろ!!」
「うっ!! がはっ!!」
「アキっ!!」
「秋人君!!」
「アキちゃん!!」


遊糸は秋人の腹部に膝蹴りすると刀を弾き飛ばした。 体勢が崩れた秋人の手首を掴むと背負い投げをかまして、床へと叩きつけた。 腹部から胸部にかけて衝撃を受けた秋人は咳き込み、痛みで動けなくなった。 緋都瀬の声に答えたいが、答えることが出来ないでいると…扉が開かれると一人の少女がやって来た。
少女がやって来ると遊糸達は跪くと頭を下げ、銃を床に置いた。


「お待ちしておりました…咲羽様」
「………」
「……っ…」
(まずい…! 緋都瀬…逃げてくれ…!!)


秋人は咲羽の姿を見ると唇を噛み締めた。 このままだと緋都瀬達が《過去の記憶》を取り戻してしまう…! 咲羽は緋都瀬達と距離を縮めて来ていた。 まずいと思った秋人は這いつくばって、咲羽の元へ行こうとしたが…翔太に腹部を蹴られ、腹部の上に足を乗せられた。

「大人しくしろ……五十嵐。 お前達は俺達には敵わないと思い知っただろ?」
「うるさい…! 黙れ…!! 代々あんた誰なんだよ!?」

「…俺の名前は…《牧野   翔太》。 お前に殺された《牧野  孝治》の兄だ…!」
「一一」

翔太の言葉に秋人は大きく目を見開いた。 全ての音が遠くから聞こえる感覚に陥った。ゆっくりとした動作で首を横に振った。

「違う…俺は…悪くない…!! 俺をいじめてきた孝治と優太が悪いんだ!!」
「はっ…孝治がイジメ? そんなことするはずないだろう?」
「本当だ!! 理不尽な命令をされて、俺がどれだけ苦しくて…惨めな思いをしてきたのか、分かるか!?」
「分からないな。 お前がイジメられていた証拠でもあるのか?」
「くっ…それは…!!」
「ないだろう?  どうしても信じてほしいなら、証拠を持ってこい。 話はそれからだ」
「言ったな!? 証拠さえあれば…弟の罪を認めるんだな!?」
「…兄として謝罪しよう。 だが…人間として…お前を許すつもりはない」
「!?」

翔太の言葉に目を見開くと、人が倒れる音がした。 弟の方へ目を向けると…緋都瀬達が咲羽の前に倒れていた。 咲羽の頭からは鹿の角が生えていた。 秋人は怒りに顔を歪ませると体を捩って動こうとしたが、動くことは出来なかった。
状況が不利なのにも関わらず、諦めない秋人に翔太はため息をつくと《鬼越》から麻酔銃へと切り替えると秋人の頭へと標準を合わせて、発砲した。 突然撃たれたことが理解できないまま…秋人の意識は沈んでいったのであった。


***


秋人達が遊糸達に拘束されてから1週間が経った。 遠野は椅子に座ると6つのモニターを見ながら、部下からの状況報告を聞くことにした。

「6名とも…バイタルは安定しているのですが…こちらからの食事を一切手を付けていません」
「秋人君達に十分に説明したかね?」
「はい。 我々も食事を食べるように促したり、毒は入っていないことを説明したのですが……それでも変わっておりません」
「うーーむ……何故だァ!? 食事を摂取せねばいいデータがとれ…いやいや違う違う…!! そうではなくでだな、いくら鬼人と言えども食事を取らねば餓死してしまうというのに…!!」
「……」

報告していた部下、モニターを見ていた部下達は遠野の独り言に若干引いていた。  現在秋人達は《過去の記憶》を咲羽によって思い出された後別々の部屋に連れて行き、様子を見ることにした。 秋人は部屋に連れてこられて、扉殴ったり「出せ!!」と喚き散らしていたが、1週間経ってようやく落ち着いた。 《過去の記憶》を思い出した中で鎮めるのに苦労したのは篠原 玲奈だった。 玲奈は目覚めると発狂し、扉や壁を《重力の力》で押し潰そうとしたのだ。 十発ほど麻酔銃を撃って沈静化したが、その後は自分の殻に閉じこもってしまった。

「はーあ…こんな時…遊糸君がいてくれればなぁ…いや…彼は心身セラピーを受けて休眠中だしなぁ……誰か~! いいアイディアはないのかね~?」
「…そう言われましても…困ります」

遠野の傍にいた部下は苦笑していた時だった。 モニターを見ていた部下がメールを開くと驚きで立ち上がった。 突然の行動に遠野達は驚いた。

「ど、どうしたのかね!?」
「ひ、姫ノ神様から…ビデオ通信をしても良いかとメールが…届きました」
「す、すぐにお繋ぎしろっ!! お待たせするな!!」
「は、はい!!」

部下は咲羽の部屋とモニター室が繋がるようにセッティングした。 6つのモニターの上にビデオ通信用のモニターが降りてくると咲羽が映りこんだ。

『声は届いていますか? 遠野』
「はいっ!! もちろんでございます! 姫ノ神様!!」

遠野が敬礼しながら答えると部下達も敬礼した。 その様子に咲羽は一つ頷くと言った。

『よかったです。 楽になさい』
「ありがたき幸せ…! 姫ノ神様…なんの御用でしょうか…?」

『秋人君達が、食事を取っていないそうですね?』
「は、はい…!」
『なので…わたしは決めました。

これから…秋人君達と私でお食事会をしたいのです。 遠野。 準備してくださりませんか?』
「はい! 姫ノ神様の願いならば何でも叶えま一一い、今なんと…おっしゃいましたか?」

遠野は咲羽の言葉を理解出来なかった。 他の部下達も唖然としている。 咲羽は目を瞬かせると、もう一度言った。

『秋人君達と食事を共にしたいと言ったのです。 聞こえませんでしたか?』
「いえいえ!! め、滅相もございません!!  しかしですなぁ…姫ノ神様…秋人君達は貴女様にどのような害をもたらすか分かりませんぞ…?」
『わたしには鈴鹿御前様の御加護があります。 心配は無用ですよ。 遠野』
「は、はぁ…あ。 お父上はどうように言われたのですか?」
『わたしの好きにして良いと仰ってくださいました。 なのでお食事会の準備をよろしくお願いします』
「かしこまりました…!」
『では…失礼します』

モニター画面は暗くなると上へと上がっていった。 遠野に部下達の視線が集中していた。

「…遠野博士…どうしますか…?」
「…姫ノ神様が望んでおられるのだ…仕方あるまい…すぐに準備しろ」
「はっ。 了解しました」
「………」
(あぁー…遊糸君…!! 君がいてくれればなぁ…!!)

走り去って行った部下を見送った後、遠野は崩れ落ちると心身セラピーを受けている遊糸の事を考えていたのであった。



END
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