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しおりを挟む「竹やん具合どうや? ちょっと上がるでぇ」
前谷彦二は傘を閉じて玄関先に置くと、勝手知ったるとばかりに竹内家に上がり込んだ。同じように高橋とき子も後に続く。
とき子の腕には手作りの惣菜や握り飯の入ったタッパーが抱えられていた。
六畳間に敷かれた万年床と化した布団の中に座ったまま竹内はぶつぶつと何かをつぶやいていた。
三人は幼なじみで、古墓地の近くにあった元集落から現在の住宅地に移住してきた仲間でもある。
以前なら二人が上がり込んでくると竹内は笑顔で出迎えてくれたが、今は目の前に立っていることにすら気づいていない様子だ。
「竹やんだいじょうぶかいな?」
部屋に漂う生臭さと腐敗臭の混ざったにおいの原因をきょろきょろ探してから前谷はとき子へ視線を移した。
「昨日ヘルパーさんに様子聞いたけど、もう施設入れなあかんて手続する言うてたわ。誰もおらんのに小っちゃい女の子いてる言うてきかへんのやて」
とき子は座敷の隅に置いてあるちゃぶ台の上にタッパーを置いた。昨日持ってきてヘルパーに預けた惣菜の入った皿がそのまま残されている。
「こんなんなったん、こないだ嫁はんの墓参りに行って来てからやったな。あん時は大雨降っててぼと濡れで帰って来て――転けて腰いわした言うて――そん時に頭も打ったんかしれん」
前谷は竹内の隣に座って顔を覗き込んだ。
それ以前は矍鑠として身も心も健全だった。どこぞの若い娘と再婚しよかいな、という冗談で笑いあっていたくらいだったのに。
それが今や瞳の奥が白濁し、どこを見ているのか視線を彷徨わせている。老いというのはこんな急激に押し寄せるものなのか、前谷は竹内の身を自分に置き換えて恐怖を覚えた。
「そやけど、なんで女の子なんやろな?」
とき子が洗った皿をちゃぶ台に乗せ、惣菜を小分けしながら首を傾げた。
「え?」
「ボケてきたら幽霊みたいなん見るいうやんか? 竹やんには亡うなった子もおらんし、嫁はんの幽霊見るんやったらわかるけど、なんで小っちゃい女の子なんやろな思て」
確かに、レビー小体型認知症というのは幻視や妄想を見るという症状があるらしい。
「うーん、なんでかわからんけど、そんなおかしいとこが認知症なんやろうなぁ」
前谷はとき子の横に来て、辛うじて形を保っている柔らかく煮たじゃが芋をつまみ食いした。
「こらっ」
とき子に手を叩かれ、「おーこわっ」とおどけていると、背後でくちゃくちゃと咀嚼音が聞こえ、二人は同時に振り向いた。
竹内が何かを食べている。
布団の中に食べものでも隠しているのか。
「竹やん何食べてんの? いたんでたらあかんよってやめとき――」
とき子が竹内の横にしゃがみ込み、口元に当てていた手を引き離した。
「ひえっ」
「どした?」
震えながら指すとき子の指の先を見た前谷も腰を抜かすほど驚いた。
竹内が布団の中にある鼠の死骸の、その裂けた腹から内臓をつかみ出して、うまそうに食んでいた。
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