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しおりを挟む「お父ちゃん、ほんまにすんの? もうやめて言うてあんだけ頼んだのに――」
座敷に入って来た伶花が湯呑の載った盆を持ったまま不平の言葉を漏らす。
大倉善太郎は娘の言葉を聞いて溜息をつき、持っていた受話器を本体に戻した。
蓮仙寺の住職に一月後に行う法要の依頼をしたところなのだが、伶花はそれに反対なのだ。
閉じた雪見障子の向こうから雨戸を通して激しい雨音が聞こえてくる。
「代々続けてきたもんを儂の代でやめるわけにいかん。住職もそう言うてる」
螺鈿の施された座卓に着き、善太郎は伶花を見遣った。
「住職はんは仕事や、お金儲けやのに、ほなやめとこかなんて言わへんよ」
伶花が父親の目の前に湯呑を置くと、そのまま横に座した。眉をひそめ視線を外さない。
善太郎は黙ったまま茶をすすった後、腕を組んで深く考え込んだ。
伶花の言い分はわかる。先祖が仕出かしたことだとしても、どこの誰ともわからないものの供養のために高いお布施と時間を割き、なぜ現代まで法要を営まなければならないのか――善太郎自身も家名を継いでからの長い年月、ずっと自問自答してきたことだ。
村人がいまだに言い伝えている『悪い子は大倉のおはしらさんにされる』というのも伶花が嫌がる要因の一つだった。圭吾の成長に悪影響を与えると思い込んでいるのだ。
家柄のおかげでいじめられはしないだろうが、成長すれば意味を理解し、自分の先祖が村の存続のためとはいえ、非道な振る舞いをしたことに衝撃を受けるかもしれない。
もう一度茶をすすり、善太郎は深く息を吐いた。濃い緑茶の苦みと香りが鼻から抜ける。
遠い先祖の罪ら、儂らにはあずかり知らんことや。供養やの法要やの、もうせんでええんちゃうか思う時もある。そやけど――
「代々続いてきたもんやで、儂の代でやめんのは怖いんや」
最近ずっと降り続いている雨にも不穏を感じている善太郎は心中の続きを口にした。
「お父さんの性格やったらそうやろね。けど、そんなやからいつまでも変な噂が消えやんのよ。『大倉家のおはしらさん』やなんて、うちらを鬼みたいに――こないだ圭ちゃんに『おはしら』てなんや訊かれた時ひやっとしたわ。教育にも悪いさけ、そんな時代錯誤なもん、もうやめて――」
「わかった。わかった――けど今年はもう住職に頼んでしもたさけ、また来年考えるわ」
そう言うと、伶花は善太郎を睨みつけたまま腰を上げ、「それ去年も聞いたわっ」と鼻息荒く座敷を出て行った。
もうこの手も使えんようなって来たな。
これでは自分亡き後、伶花に法要の続行を期待することは無理だ。
善太郎は大倉家もとい沢路村の先行きに不安を感じるしかなかった。
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