恐怖日和

黒駒臣

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ミスリード

  
  
「――というわけで大変だと思いますが、きょうも頑張ってください」
「はいっ」
 店長が朝のミーティングを閉め、一同返事をする。
 どちら側も連日の気苦労で覇気が感じられない。
 依美は心の内でため息を吐いた。
 レジ袋廃止でマイバッグなどの持参が決まってから、それを利用した万引きが横行するようになった。
 防犯カメラの設置や店内放送での注意喚起、従業員の目視などで被害防止に努めるものの万引きがなくなることはなく、日々神経をすり減らされ疲労が溜まっていた。
 ただでさえそんな状況なのに、きょうは諸事情でさらに従業員数が少ないという。規模の小さなドラッグストアだし、休日ではないので客足は少ないだろうが、神経をすり減らされるのは辛かった。
 それでもやるしかない。
 依美は重い足を引きずって自分の持ち場へとついた。

「いらっしゃいませー」
 その声に視線を向けるとトートバッグを肩に掛けた女性客が入って来た。
 従業員たちの緊張が伝わってくる。
 空っぽのマイバッグではなく普段使いのバッグのようだが、だからと言って万引きしないとは限らない。マスクをつけているのもご時世とはいえ、なんだか怪しそうに見えた。
 きっと店長は事務室の防犯カメラで目を光らせているだろう。その証拠に「マイバッグはレジで使用するまで折りたたんでおいてください」という店内放送が流れ始めた。
 あれマイバックじゃないけど、どっちにしても注意喚起にはなるか。
 依美は心の内で独り言ちた。
 メモを見ながらカートをつくくだんの女性が依美の横を通り過ぎる。
「いらっしゃいませ」
 依美の挨拶に会釈が返ってきた。人の良さそうな眼差しがマスクの上に見える。
 怪しいそぶりもなく、普通に商品を選んでカートに入れている女性客に依美は、この人はだいじょうぶだと安心した。
 だが、執拗に万引き防止の放送が流れ続け、依美は店長に異常を感じ始めた。
 隣の通路にいた同僚が陳列棚の切れ間から顔を出す。
「ね、店内放送ヤバくない? お客様たちが不快に感じちゃうかも」
 言葉通り、通路にいる客たちに不穏な空気が流れ始めた。
「わたし止めてくるわ」
 事務室に向かって走る同僚の背中を依美は見守った。
 突然事務室のドアが開き、飛び出てきた店長に驚き同僚が「きゃっ」と悲鳴を上げた。
 それを気にも留めず店長は血相を変えてレジに向かう。
 そこではあの女性客が精算している最中だった。
「あのお客様。バッグの中を見せていただけますか?」
 店長は大声を出して女性客のバッグをつかんだ。
「なにするんですかっ」
 驚きと怒りを隠せず、女性がバッグを引っ張り戻す。
 依美を含め従業員が駆けつけ、客も何事かと騒ぎに注目した。
「店長、やめてください」
 レジ担当が止めようとするも店長は一歩も引きさがらず、
「マイバッグはたたんでおけっつーてんのに、この女はっ」
 と顔を紅潮させ目を剥いて女性を罵った。
「店長、それマイバッグじゃありませんよ。それにそのお客様はなにもしてません。わたしたちが確認しています。ねっ」
 同僚が同意を求めたので、依美もうなずいた。
 それでも女性のバッグを離さない。
「わかりました。気の済むまで見たらいいでしょ」
 女性がバッグを離し「何もなかったら許さないわよ。こんな恥かかせて」と頬を流れる涙を拭った。
 果たしてバッグの中には仕事関係の書類の束、手帳や筆記具、化粧ポーチなどが詰まっていて商品を盗み入れるスペースなどなかった。事実、彼女の持ち物以外何も入っておらず、マイバッグはきちんとたたまれ、財布の横にあった。
 店長は憑き物が落ちたように青ざめ平謝りしたが、すでに手遅れだった。
 女性は絶対許さないと店長を怒鳴りつけ、レジを通した商品のかごを突き返し、こんなところ二度と来るかと吐き捨てて店を出て行った。
 他の客も非難の声を上げ、店内は大騒ぎになった。
 かごやカートをその場に置いて出て行く客が続き、依美や他の従業員たちはただおろおろするばかりだった。

 結局、悪評の立ったドラッグストアは閉店を余儀なくされ、依美は現在求職中だ。
 だが、それだけで潰れたのではないとわかっている。
 あの後、店から大量の商品が万引きされていたことに店長はじめ従業員一同、みな気付いた。
 騒ぎに気を取られ過ぎて誰も注意していなかったのだ。頼りの防犯カメラには怪しい動きをする大勢の客たちが映ってはいたものの、うまく死角を利用され、顔や手元など映っておらず、決定的な犯行証拠は何一つ残っていなかった。
 たまたま騒ぎに便乗した個々別々の犯行なのか、グループの計画的犯行なのかもわからず、もし計画的なグループの犯行だったなら、あの女性客がグルだったのかどうかも今となっては知る術もない。
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