恐怖日和

黒駒臣

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山路譚

中継

  
  
 こちらヘリからの中継、リポーターの川瀬冬美です。
 先ほどから国道R号線を逃走し続ける武谷容疑者の車両を追跡しております。見えますでしょうか。
 はいそうです。あの青い車両が前科六犯の武谷容疑者が乗っている車です。再び強盗、今回は殺人まで犯して逃走しています。
 ついさっきまでパトカーが追跡していたのですが、他の車両への安全面を配慮し、いったん離れたもようです。
 いえ。見失っているわけではありません。
 はいそうです。我々の協力で追跡は続けられております。
 はいっ、がんばります。
 この国道R号線の先はW県との県境なんですが、峠の手前で他のパトカーが待機しているという情報も入っております。
 あ、林道で三台のパトカーが待機しているのが見えました。竹谷容疑者の車両をブロックする手筈でしょうか。
 うまくいくといいのですが――
 ああっ、先走ったのでしょうか――一台のパトカーが発進してしまいました。竹谷容疑者の車両はまだだいぶ手前です。この山道にはいくつか横道がありますが、パトカーに気付かれたらそちらのほうに逃げてしまう可能性があります。
 あっ気付かれたかもしれません。見えますでしょうか――竹谷容疑者の車両がバックし始め――よ、横道に逃走しましたっ。
 雑木林の陰が邪魔で、わたしたちからはこの道がどこに続いているのかまったくわかりません。
 竹谷容疑者の車両も隠れてしまって確認することができなくなりました。後を追ったパトカーも見えません。
 あ、一瞬ですが木々の隙間から容疑者の車両と追いかけるパトカーが見えまし――あ、もう見えなくなりました。
 山道を上っているようですが、いったいどこへ続いているのでしょうか。
 それにしても深い山です。どこまでも木、木、木しかありません。
 はい。はい、そうです。今はまったく何も――どこにいるのかさえわかりません。
 え? あ、はい。いったんスタジオへ――はい、わかりました。新しい状況がわかり次第連絡します。

「スクープが撮れると思ったんだけど、一体どこに行っちゃったのかしら。マジでまったく見えないわね」
 冬美は舌打ちしながら旋回するヘリの窓から木々に覆われる山へと目を凝らした。
「あ、ちょっと待って。ね、あれパトカーじゃない?」
 視線を外さず、カメラマンの安原に手で合図を送る。
「下りて来てるよね? 行き止まりだったのかしら? 竹谷容疑者の車は見える?」
「見えないな」
 安原の返事に「まさかパトカーだけ? もしかして、もう確保したってこと? うそでしょ、決定的瞬間取りたかったのにぃ」
 傍受している警察無線からノイズ混じりに声が流れて来る。途切れながらも「危険」「撤収」は聞こえたが、「逮捕」や「確保」は聞こえない。
「まさか山中が危険だからって見逃したわけじゃないわよね?」
 眉をしかめる冬美に「さあ」と安原が首を傾げた。
「せっかくここまで追い詰めといて? ウソよね? 懲りずに犯罪繰り返すやつよ。逃したらまた何しでかすか――
 ねえ、もうちょっと先まで飛んで。もしかして行く先わかるかも」
 パイロットに指示を出す。
「もうちょっと高度下げられる? 
 あっ、いた。いたわっ。ほら、あそこ。全然追いかけられるじゃない。なんで逃したのよ」
 青い車が木々の間から見えた。道がどこに続いているのかは不明だが、すぐ先は雑木林の陰が途切れ、大きな岩の飛び出た山肌が見えている。
 その岩にかけられた注連縄の白紙垂が風になびいていた。
「警察の失態もスクープできそうだわ。スタジオ呼ぶ?」
 安原に問うたその時、大岩が動いた。崩落かと思ったがそうではなく、まるで生き物のように身震いし、ぱかっと岩面が赤く縦に裂けた。
 竹谷容疑者の青い車が雑木林の陰から出て来た。
 大岩が首を伸ばすようにぬうっと動いて、赤い裂け目が車の前に立ち塞がる。
 瞬間ブレーキランプが灯ったが、時すでに遅し、あっという間もなく車は裂け目に呑みこまれていった。
 冬美は安原の顔を見た。
 彼は信じられないという表情を浮かべていたが、きっと自分の顔もそうだろう。
 警察無線からノイズに紛れて「任務完了」という声が聞こえた。
「おい、あれ見ろ」
 安原が山の中腹にカメラを向けた。視線を向けると木々の陰にパトカーの潜んでいるのが見える。なにをしているのかわからないが、ヘリの動きを窺っているような気がして冬美の背すじに悪寒が走った。
「そっちは映さないでっ。今撮ったものも消去して。竹谷は山に入り込んでそのまま逃げてしまったのよ。スタジオには今からそう報告するわ」
「いやでも――」
「それでいいのよ。わたしたちはスクープをものにできなかったの。さっさと局に帰って謝罪しましょう」
 納得できない表情の安原を無視して、冬美はパイロットに帰還の指示を出す。
 このことは忘れよう。いや忘れなければいけない。
 警察が何かの力で犯罪者の『始末』をしていることもスクープには違いないが命あっての物種だ。
 どうせやられたのはどうしようもないクズなのだ。これで平和が保てるならいいことではないか。
 遠く下界に広がる街には沈んでいく夕日がビルを眩しく照らしていた。
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