恐怖日和

黒駒臣

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口禍~くちわざわい~

  
  
 職場の新人男子岩田君には、すでに新築一軒家で共に暮らす結婚間近の彼女がいるという。
 岩田君の実家は裕福らしく、なので二十歳そこそこでも、新人という立場でも、結婚の二文字に躊躇することがないのだろう。さらに高級車で通勤までしているし――
 職場の駐車場で見る度に古い軽自動車の自分は羨ましく思っていた。
 毎日が、仕事ですら楽しそうに、岩田君は人生を謳歌おうかしている。そこもとっても羨ましかった。

 ある日の休日、ショッピングに行くために軽自動車を走らせていると、見覚えのあるナンバーの車が前方を走っていた。
 あれ? 岩田君と同じ?
 だが、彼の車はシルバーのセダンだが、前を走る車は丸っこくて可愛らしいピンクの車だ。もちろん分類番号等は同じではないが、一連指定ナンバーはまったく一緒。
 あ、彼女さんだ。
 ピンときた。きっと同じ番号で登録しているのだ。
 その車は自分と同じ行先のショッピングモールに入っていった。
 どれどれ、未来の嫁の顔でも拝んでやるか。
 興味津々で同じエリアの駐車場に止め、見失わないように急いで降りて、後を追った。
 後姿はかっこいい岩田君とお似合いな可愛らしい雰囲気をまとっている。
 もしかしてナンバーの一致はただの偶然かもしれないが、入口の手前で思い切って声をかけてみた。
「こんにちは、あのぉ――ぜんぜん違っていたらごめんなさい。もしかして岩田君の彼女さんですか?」
 呼びかけに、びっくりした顔で彼女が振り向いた。あまりに突然で、しかも見知らぬ女に声をかけられたのだから当然だろう。
「あ、わたし岩田君の同僚です。よく岩田君から惚気のろけ話聞かされてるんですよぉ。で、彼女さんで間違いないですか? 違ったら、わたしすっごい迷惑女なんで申し訳ないんですけど――」
 そう言うと訝し気いぶか げに歪んでいた彼女のきれいな顔に満面の笑みが咲いた。
「そうです。岩田の彼女です。彼の同僚さんですか――やだ、どうしてわたしのことわかったんですか?」
「車のナンバーが同じなの見かけて、もしかしてそうかなって――あ、たまたまわたしもここに買い物があって、追っかけてきたわけじゃないですよ」
 ゲスの勘繰りに思われるのが嫌で、慌てて言いわけした。
「そうなんですか」
 彼女は何も疑わず、にこやかに微笑んだ。
「で、きょうは岩田君と一緒じゃないの?」
「ええ。彼は用事があって――わたしも自分の買い物があったんできょうは別行動なんです」
「もうすぐ結婚式でしょ。もう新居にも住んでるんですって?」
 そこまで言って彼女の顔色が曇ったことに気づいて、
「ああごめんなさい――やだどうしよ。岩田君自身に聞いたとはいえプライベートなことをべらべらと。お喋りなわたしも悪いけど、会社でお喋りしている岩田君のこと叱らないであげて」
「大丈夫です。叱りません」
 そこでくすくす笑って、
「ほんと、男のくせにお喋りだなって思いましたけど――」
「だよね。でもよかったぁ。彼女さんが許してくれて。
 岩田君、すごく幸せそうに話してるんですよ。可愛い彼女さんと住む新居はお洒落でさらに新築、しかも誰もが憧れる一等地。そりゃ自慢もしたくなっちゃうわよね」
「え?」
「あ、やだまた喋り過ぎちゃった――」
「彼ったらそんなことまで喋ってるんですか――」
「うん。もう鼻の下、こーんな伸ばして、W市K町のS台なんだよって。あそこ高級住宅地だよね。普通あの若さじゃ買えないけど岩田君お金持ちだし、しかも親御さんが全部用意してくれたんでしょ?」
「ええそうなんです」
「ああうらやましい。わたしもあと二十年若ければね~岩田君を横取りして――なーんちゃって、冗談よ。二十年どころか三十年若くてもこの顔じゃ無理だわ。あなたみたいにきれいで、かわいくないと」
「とんでもない、そんなことないですよ」
 彼女は慌てて手をひらひらと横に振り苦笑を浮かべたが、まんざらでもなさが滲み出ている。
「あら、ごめんなさい、お忙しいのに引き留めて。じゃ、岩田君によろしくね」
 バイバイと手を振り店の中に入ると、
「ありがとうございました」
 後ろから明るい彼女の声が返って来た。
 わたし、何かお礼言われるようなこと言ったっけ? あ、きれいでかわいいって褒めたか。そんなぐらいで嬉しそうにお礼言ってくれるなんて、性格もなかなかかわいいじゃん。
 そう思いつつ笑顔で振り返ると、足早に車に戻っていく彼女の背中が見えた。

「おはようございます」
 職場に着いたが、挨拶しても異様に騒がしく、こっちを見る職員が誰もいない。
「どうしたの?」
 ロッカー室で隣にいた同僚に声をかけた。
「わたしも来たとこで詳しいことはわからないんだけど――岩田君がなにか事件に巻き込まれたらしいって――」
「ええっ? なにがあったの?」
「さあそこまでは――」
「襲われたんだって、彼女と一緒に」
 ロッカーの陰から別の同僚が顔を出して教えてくれる。
「彼女のほうは亡くなったみたいだよ」と、声を潜めて続けた。
「なんでっ――」
 きのうの嬉しそうな彼女の笑顔を思い出して声が詰まった。
「それがさ、ずっとストーカーに狙われていたんだって」
「ええっ! 彼女さんが?」
 再び彼女の微笑む顔が思い浮かぶ。
「違う。違う。岩田君が」
「え?」
「わたし前に、岩田君が課長に話してるの聞いたことあるんだ。彼、全然知らない女にずっとストーカーされていたんだって。結構ひどい女らしくて。警察が警告してもへっちゃらだし、ストーカー法違反で逮捕してもまた戻ってくるしで。で、彼の両親がいずれ恋人と結婚するんだからって、ひっそり遠く離れた土地に新居準備してくれて、職場も変えて。ストーカーにばれずにうまく逃げられたんだって。
 せっかく喜んでたのに、なーんでばれちゃったんだろう。きっと岩田君、安心して油断しちゃったんだね」
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