恐怖日和

黒駒臣

文字の大きさ
97 / 147

道這う霊と真相

  
  
 明日から中間テストが始まる。
 日頃からまじめに勉強していないわたしは毎回一夜漬けでテストに臨むのだが、いつもぎりぎりになって後悔する。毎日コツコツやっておけば一夜漬けなどしなくてもいいのに――と。

 わたしはどちらかというと夜中のほうが集中できるタイプだ。だから一夜漬けでいいのだとはならないが、中学校からずっとそうやってきた。
だが、高校一年になってから夜中に集中できなくなってしまっていた。
 毎日コツコツ云々、と反省する間があれば勉強しろと思うのだけれど――ほら、うだうだ考えていたら、今夜も安アパートの廊下を慌てて走ってくる靴音が聞こえてきた。
 靴音は隣の部屋の前で止まり、激しいドアの開閉音がした後、壁越しにおじさんの恐怖に怯えた大声が聞こえてくる。
 これ。この騒がしい声がわたしの一夜漬けの邪魔をする――

 何の仕事をしているのか知らないが、わたしが両親とともにここに入居した小学生の頃、すでにおじさんは毎夜遅くに帰宅していた。
 高一の一学期中間テストまでは、こんな騒がしい帰宅ではなかったのに、期末テスト前日の一夜漬けしていた深夜、激しい靴音にドアの開閉音、怯えた大声が聞こえてきてから、毎夜続くようになった。
 安普請の薄い壁を通す大声は夜道でお化けを見たと騒いでいた。
「俺、見てもたっ。今バイクであそこ通ったんや。ほいたら道うてるお化けおった。あれただの噂やなかった。ほんまやったんや」
 心底怯えて震えている声におじさんの恐怖が伝わってくる。
 道這うお化け?
 そう言えばそんな噂があったことを思い出した。母から真相を聞いていたので心霊系とは認識していなかった話だ。
 実は道這うお化けは、お化けではなく『人』だ。
 一人暮らしの足の不自由な老婆が、夜中に自宅前の道を這い、向かいの田んぼの用水路に残飯を捨てに行く。
理由は誰にもわからないし、逆にお化けよりも怖い。
 最初の目撃で幽霊騒動になったが、すぐ近隣の住人が真相を解明し、いったん噂は落ち着いた。
だが、老婆が奇行を止めず、目撃者が続出し、中には真相を知らずに噂が本物だと信じている者も少なくない。
 隣のおじさんはその中の一人だろう。暗い夜道を這う老婆を見た恐怖はいかばかりか。
 あれは人なんですよと教えてあげたい。
 だが、もうそれは無理だった。
 なぜなら、隣のおじさんは老婆を目撃したその夜すぐ、猛スピードを出したバイクで塀に衝突し、事故死してしまったからだ。きっと驚きと恐怖でパニックったに違いない。
 老婆が幽霊ではなく、おじさんが幽霊なのだ。
 彼は自分自身が幽霊だと気付かないまま、家族がとうの昔に引っ越して誰もいない部屋に、いまだばたばたと帰って来ては大声でまくし立てている。
 一夜漬け勉強の度に、いや勉強しない夜でもおじさんの大声を聞き続けているからか、わたしも体調が悪い。
これがいわゆる霊障というものなのか?
 こんなアパート早く引っ越してしまいたいけれど、両親に訴えても信じてくれないし、先生や友人に相談してもみな笑うばかりだ。
 壁の向こうでは大声が続いている。
「なあ聞いてくれっ、ほんまなんや。道うてるお化けがいてたんや。ほんまやほんまやったんやっ」
 ああもうっ、うるさすぎて勉強できない。

                 *

「まあくん。引っ越し屋さんの邪魔したらあかんで」
 そう言うとあがり口に立っていた三歳の息子がきゃっきゃ笑いながら奥へと走っていった。
 夫が探し出したこのアパートは家賃が格安だった。理由はここが幽霊物件だからだ。
 本当は気持ち悪くて嫌だったけど、息子の教育資金に将来戸建てを買うための貯金もしたいので、しぶしぶ承諾した。
 夫ははなから乗り気で、心霊動画を撮って一旗揚げるなんてしょうもないことを言っている。
 ま、わたしたちに霊感なんてないし、何も起こるはずがない。そう考えれば倹約が出来てラッキーなことかもしれなかった。
「まあくん、どうしたん?」
 息子が日当たりのいい六畳間をじっと覗いている。
 子供部屋だったのか、お隣に面したほうの壁に学習机を置いてあったかのような擦れて剥げた跡がついていた。
うちもここを子供部屋にしようか。うるさくするかもしれないが、お隣はずっと空き室のままらしいし、気遣う必要がない。
 息子が小さな人差し指で中を指さした。
 この子もここが気に入ったのか――
「そやね。まあくんの部屋にしよね」
 わたしがそう言って笑うと、息子は空っぽの六畳間とわたしの顔を交互に見て、再び中を指して訊いてきた。
「ママぁ、そこにおるおねえたんだぁれ?」

感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話