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買い物に行くことになりました

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「アカネ、カードリングを出しなさい」
 へ? と聞き返した。

 カードリング? 茜はおもいだす。ゲーム中でステータスを確認する超高性能端末の存在を。元の世界でいうところの携帯電話のようなもので、主に右腕に装着しておく、見た目はまんま腕時計だが、最新機種のスマホよかずっと高性能で、なんとホログラムを使用した対面式テレビ電話が可能。しかも装着している人の生体電流を増幅して利用しているので充電いらず。まあ、いろいろな機能を追加すると、電池のかわりにいらなくなったモンスターカードをつけて充電するのだが__

 とにかくそんな高性能カードもっているはずもない、と思ってスクールバックを漁ってみる____ときに思い出したのだ。下が白紙のカードの存在を。
 ペンケースの蓋を開け、静電気なのかなんなのか定規に張り付いていたそれを取り出してみる。

「おや、それは__30年前の型のものではありませんか。これではだめですね」


 その声を聴いたとき、職員一同に新たな幻影が映る。
 父親に虐待を受け、母親とともに離婚調停を結び逃げてきた東条茜。そしてこの地方にくる途中になんらかの形で母親と別れてしまい、今は父親から逃げつつ母を探しており、その過程で誘拐され、気付いたらボスの執務室におり、今こうして不当(?)な扱いを受けている__


 この国ではどちらかというと男尊女卑であり、夫が妻を虐待する事は割と当たり前である。茜の幼い姿は栄養失調なのではないかと無駄な勘繰りをするミアット。この幼い(?)少女がこうして働くという事は可哀想だと憐れむエルメス。自分たちの妹分がそんなひどい目にあったとしたら? と思うとぞっとした。


「まあでも大丈夫ですよ、昔の人は携帯電話なんて持ってなくても生活できたんですし」
「アカネ、キミ『昔の人は服着てなかったんだから』っていって裸で生活できんの?」
「いやさすがにそれは無」
「そんな事神が許してもわたくしが許しません!」

 沸騰したようにぽっぽこ頭から湯気を出して憤るガブリール。まずそもそも茜はそんな事しないのだが。というかそんな事したら警察が出動する事になりかねない。公然わいせつで逮捕します。青い服の警備員のお縄にかかるところまで想像できた茜は、そっとイメージをぬぐった。その時の仕草がどう見えたのか、職員は、いたいけな少女になんてこと言うんだ、と至極真っ当な意見から始まり、イケメンだからって何言ってもいいと思うなよ、有休よこせ。そんな八つ当たりまで叫んだ。口に出すと自分の首が二重の意味で飛びかねないので心の中で、であるが。そんなガブリールの後ろではガブ必死過ぎ(笑)と言わんばかりの顔でにまにまと笑うラフィエールがいた。さりげなく金的をキメるガブリール。甘くも酸っぱい話だと理解していない茜は怪訝に首を傾げた。

「まあとりあえずぼくのカードリングに……うっ急に頭が……」

 頭痛というより、頭痛の種がこちらをにらんでいらっしゃる。見えて居なくてもなんとなく空気が冷えてくるような気がする。涼し気なアイスブルーの瞳は今や嫉妬から弟と同じ色の瞳に錆びついている。まるでシベリアに裸で放り出されるような冷気に身をさらされた、哀れシルメリア。遺骨は地中海にでも捨ててやんよ、そもそもここに地中海があるかどうかは知らないけど。茜は思った。あれだ。鬼と化したガブリールの額からにょきにょきと竹のごとく生える角と牙(幻覚)。出る杭は打て、生える角も押し戻せ。

「じゃあボスが保護者としてリング買ってきたら?」
「そうですね、仕事などでもリングは必要ですし、老人から赤ん坊まで持っているのだから茜も持った方がいいのです!」

 「いいのです!」から心なしか弾むようなウキウキを感じる。気のせいであろうか。いいや違う。実際瞳孔は開き、頬は紅潮して、隠しきれない興奮がわかりやすく体に現れている。一部の特殊な方が見たら喜びそうだ。それもこれもガブリールの顔立ちが可愛いせいである。確かに切れ長の双眸ではあるものの、いまはぱっとかっぴらいているおかげて、普段より大きく丸くみえる。これが20代後半だというのだから詐欺だ。そう考えている茜も茜で150届くか届かないかなのだから日本で見ると一般的には中学一年生の平均身長なのだが__

「え、でも、ただでさえ借金があるのにさらにカードリングの維持費まで」
「いいのです、今のわたくしはお前の上司なのですから!」

 なんとも嬉しそうな顔である。身長があるエルメスからしたら、自分の娘息子がじゃれているようで可愛く見える。仮にも上司なのだが、本当にそうとしか見えないのだから__

 ガブリールの興奮もかくや、大都市の見学に来た田舎の観光客のようである。硬くも甘い決意をにじませる上司を止めるすべなど茜は持っていない。泳ぐ視線をどう解釈したのか、自分のポケットマネーから出すから安心しろ、と胸を張ったガブリール。それにますます気を重くした茜は、こんなに重いのが財布だったらなぁ、と思った。

「じゃ、ガブは昼からキャッスルヴィーの駅に視察、アカネはその補佐ってことでいい?」
「え、いやでも補佐って何するんですか」
「えっと」

 ラフィエールは考え込んだ。すぐに思い当たった。この兄はいかんせん短気すぎて、カップラーメンができるのも待たずに机を真っ二つにするような男だ__素手で。

「じゃあアレだ。赤信号でも構わず渡ろうとするガブをいさめる係」
「やったね大義じゃん。がんばれ、我が義妹よ」

 やっつけにもほどがある。ミアットに頭を撫でられながら茜は思った。ハンカチとティッシュは持った? はぐれたらお店の前で待ち合わせするんだよ。いっそすがすがしいほど甲斐甲斐しく世話をやくミアット。まだ頭痛が収まらないのかシルメリアは机に突っ伏している。職員一同、心が一つになった。この少女のカードリングデビューを応援しよう、と。__仕事で心を一つにしてほしいものである。


 かくして臨時休業の札が下がったマジレセオ本部。それが一人の少女のカードリングデビューのせいであったなどという誰かに知られようものなら右ストレートが入りそうな理由であったことは、職員以外に知らされる事はなかった。
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