私がしっている異世界トリップとだいぶ違うのだが誰かマニュアルを持ってきてくれないか

万雪 マリア

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閑話s

天使の名をを持つ大魔王

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 ガブリールは、自分でいうのもなんだが美青年である。
 薄い金の髪も、淡い青色の瞳も、整った眉目も、「かわいい」と形容されがちな顔立ちも。
 弟のラフィエールは、その顔でいい思いをしてきたこともあるようだが、やはり嫌な思いをしたことの方が多いだろう。ちなみにガブリール自身は意にも介せず、そもそも来た時にすぐ罵倒の散弾銃を持ってしとめている。
 女子にもてても全く嬉しくなかった。なんせ、仕事でもプライベートでも、女絡みのトラブルというものは恐ろしいものである。例えば、プレゼントみつぎものを持ってきた女が鉢合わせて刀傷沙汰にまで発展し、最終的にやってきたガブリールにどっちが好きなのよと逆切れしたり(ちなみに女とガブリールは初対面であり、ストーカーなどで訴えた)、職場で家具を買い替える旨を話したら、将来のことも考えて女性も使いやすい家具がいいのどうのこうの言ってきたりする人もいた。自分の性生活の妄想をつらつらと語られたり、恋人割引がどうのこうの言われたり、なんなら夜中にアポなしで家にやってきてお茶菓子を届けられたこともあった(ちなみにそのお茶菓子を食べたシルメリアが倒れた。関係ないが、シルメリアは薬が効きやすい体質である。なぜ倒れたのかは察せるだろう)。



 そんなガブリールの初恋は、黒色の髪の幼い少女である。
 あろうことか彼女は、執務室のど真ん中で眠っていた。最初はスパイかとも思ったが、スパイは部屋でいびきをかいて寝ないだろう。なんなら逆に、「毛布でもかけてやった方がいいだろうか」といらない心配までしてしまうくらいである。さまざまな脳内論議の末、ガブリールが導き出した結論は、「唯のバカ」であった。
 しかも、念のためにその少女に尋問してみても、おどおどと慌てふためき、わけのわからない事を言った。なんだ、「あいあむのっと忍者、まる」って。もうちょっと発音ってものがあるだろう。驚きの白さである。いい加減いらだって、監禁も辞さないとほのめかしてみれば、彼女はまずなんといったかって、「じゃあお腹がすいたときとかどうするんですか!」である。まずまっさきに空腹の心配。これにはさすがに、絶対零度の王子とまで呼ばれたガブリールも憐れみのまなざしをむけた。ガブリールの中の少女の評価は、「唯のバカ」から「絶望的なまでの間抜け」に格上げされた瞬間であった。






「どうしたのガブ、元気ないネェ」
「少々頭の痛くなる案件があっただけです」
 蛍光色がきらめく中央制御室では、オペレーターが「ハッキングの形跡はありません」と答えた。
 逆探知にかけても白。プログラムの中身をのぞいても白。どうやって彼女はここに忍び込んだのだろうか……? 腕をくみため息をつく兄を見て、にやにやと笑う弟。これ見よがしな舌打ちをしたガブリールは、天使の名前を冠するとは思えないほど憔悴しきっていた。 
「先ほど執務室で侵入者を捕えました」
「わお、超大胆。ねえそれどこのどいつ? 強い?」
「落ち着きなさい、そいつは泥棒ではありませんので」
「なんでわかるの?」
「執務室のど真ん中でアホ面さらして寝こけてたので」
 弟が笑顔のまま固まった。マジ? と問おうとしたが、いまだかつてこの兄が自分に対して嘘をついたことを見た事がない。つまりきっとこれは真実なのだろう。にしても侵入した先のド真ん中で眠るって……逆にラフィエールはその泥棒の身を案じたくなった。
 とりあえず仕事に戻ろうと、詰所に帰る途中に、脳裏にうかぶのは少女の事であった。さすがにやりすぎたか、と少し後悔した。一番の問題は、エコノミー症候群にでもなられたら面倒だ、という事なのだが。面倒だが、拘束を緩めてやろう、と思い、詰所に戻った時、茶髪の部下がボス、とつぶやいて、

 わずか一秒でダークブルネットを発見。

 頭の中の血管が勢いよく10本ぐらいまとめて切れた。ぶちっと重低音が聞こえたような気がした。氷像と固まる茶髪の部下。
 気付けば大股で闊歩していて、紅色の瞳アイスブルーが出会ったその瞬間、

 小娘はくるりと半回転して逃げ出したのでした。

 ガブリールよりずっと足は短いのに、なんたる逃げ足の速さ。なんだあれは、チーターが驚いて膝を折るレベルではないか。
 舌打ちしてインカムのスイッチをいれたガブリールは、全職員に通達した。

『全職員に告げます。現在ギアトニックバトルステイション部西改札口の階層をダークブルネットの少女が逃走中。とある重要な事件の参考人です、ただちに捕まえなさい』

 __なお、捕まえられなかった場合減給も辞しません。

 いやはや金の力とは偉大なもので、瞬時に出入り口はすべて封鎖され、3分も経たずにダークブルネットを追い詰める事に成功した。相対した娘はおびえながらも、果敢にバトルを挑んできた。可愛らしい小動物の姿をした暗殺者を__
 白兎 ポルポト。最高クラスの攻撃力と敏捷性を持ち、体内に毒と薬を有する兎。毒は一時間ですべての細胞を食い荒らし、全身から血を吐き出して殺す。薬はそんな毒を制御する。一時期体内から薬だけ取り出そうとする研究が流行ったが、そんなことはどうでもいいのだ。
 全力で叩き潰して差し上げる所存でした。

 そう意気込んだ次の瞬間、目の前で逃げられるとは誰が考えるでしょうか。

 重力操作を、他に類いを見ない使い方で利用して、とんと降り立った瞬間、絹のようなダークブルネットがさらりと揺れた。ほぼ同時に手を伸ばすが、ガブリールの手は勢いよく空を切った。
 理解できない不可思議な感情が湧きあがり、全身の血が沸騰したように、体が打ち震える。
 胸の奥がざわめき、地に足がついていないようだった。

「わぁ、怖い顔。童話の魔女のがよっぽど優しい顔してるよ?」
「ラフィー……、オマエ、今まで何をしていたのです」
「ン? ちょーっと、ね」

 あまりの不可思議な感情に、弟の呼び方が昔のものになっている事にも気づかず、ガブリールは自分とよく似た顔を見つめる。
 目の前でラフィエールはひらりひらりと長方形の紙を振った。目ざわりなそれをひったくり一瞬目を通す。
 そこには、

 名前:東条 茜(トウジョウ アカネ)

 と書かれたていた。それは間違いなく、市民権、犯罪歴、エトセトラが表示される__パーソナルカード。

「執務室に落ちてた。ガブのシンデレラのものでしょ」

 ……なんということでしょう。
 ガブリールの腹の底から、怒りとも悲しみともつかない感情が湧きあがる。例えるならそれは__愉悦。
 この娘、絶望的なまでの間抜けなどではなかった。

 伝説レベルのうっかり屋ではないか!

 口角が吊り上がるのも、口から不気味な笑いが漏れるのも、抑える事ができなかった。

 満天の夜空をまるごと宿したかのような、星屑をちりばめた漆黒の髪。

 透明な輝きを宿す、この世のどんな宝石であろうと勝てない紅色の瞳。

 躍動的に動く細い指、きゃしゃな体、心地よく耳をくすぐる声。

 あれら全てを自分の手に収めたい。いや、おさめてみせる。

 子供のころコレクションしたカードではない、なんだろう、この脳漿が痺れるような感覚は!

 未来を祝福するファンファーレのような、構内のうざったらしいほどの喧噪は、いまや止もうとしていた。
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