私がしっている異世界トリップとだいぶ違うのだが誰かマニュアルを持ってきてくれないか

万雪 マリア

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妹☆登☆場

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 出社したミアットは盛大にせき込んだ。喘息症状でも起こしたのではと思うほどせき込んだ。それを見据えたエルメスがそっとカードリングに手をかけるくらいせき込んだ。

 ずびずびと鼻をすすると、誰かがわたしの噂でもしてるのでしょうかとそっとあたりを見渡した。もし本当に噂しているとしたら確実によくないものである。

 かくしてその声は当たっていることが昼過ぎに確認されるのだが、今彼女ができることはそっと鳥肌のたった腕をさするぐらいである。




 それは茜がテーブルを拭いているときにおこった。

 収支決算がどうとか言って、最近カフェに通い詰めていたガブリールとラフィエールは来ておらず、茜が暇を持て余していたところ、ミアットがやってきて、本日のランチを頼んだ。「本日のランチ」はまだガブリールに試食どくみさせていないので、作る事はできない。だからミアットと雑談していると、大きな音を立ててカフェの扉は開かれた。ハニーブラウンの木材でできたそれは、きぃとひとつ不穏な音をたてた。

「おねぇさまっ!」

 と叫ぶのは、茜より身長が低い、小学生高学年ぐらいに見える幼女であった。みつあみにした茶色の髪は、重力を受けずにふわりと広がって、それでも腰につく。まっすぐにしたらおそらく膝までいくのではなかろうか。夏の新緑のような、目にやさしい緑色の瞳はくりくりと輝き、石鹸を丁寧に削りだして作ったかのような、いっそ病的なまでに白い肌によくはえる。しかしその頬はふくれていて、よくアニメで見る「頬を膨らませて怒る美少女」を目の前で実演してくれた。瞳と同じ色のワンピースは、パニエか何かでふわりと広がり、白いブラウスと見事なコントラストを奏でる。

 まあとにかくとんでもない美少女であることには変わりないわけだが、どこか既視感を覚えた。しかし次の瞬間、その疑問は確信に変わる。

 ミアットは、苦虫を嚙み潰したような表情で「……マリーア」と言った。

 美少女の「おねぇさまっ!」。そしてミアットの「……マリーア」。

 それはつまり、あれじゃないか。感動の再開ってやつではないのか。この二人って姉妹じゃないのか。
 そこまで想像できた茜は、とりあえずしばらく静観していよう、と一歩引いた。ミアットにぎゅっと服の裾を握られて、逃がさないとものを言っていたので、それは未遂に終わった。

「そうですお姉さま、貴方のマリーア・シャルロットですっ!」

 と彼女が言ったことで、目の前の美少女の名前が「マリーア・シャルロット」であることを知った。







 それからしばらくマリーアによる状況説明タイムが続いた。

 茜の事が見えているのかいないのか、親切丁寧に1から10まで教えてくれた、「シャルロット家」について、簡単に説明しようと思う。

 「シャルロット家」は、何代も前から続く名門貴族である。爵位でいえば侯爵家だが、その領地の肥沃さや、独自の発明などで、公爵家どころか王族にまで並ぶ資産を持つ御家柄。茜は、「ショーユ」とか「ミソ」とかいう単語が出てきたあたりから、シャルロット家転生者いるんじゃね説を持ち始めた。

 ミアットはその次女である。とはいえ、長女と年が離れ、跡継ぎである長男も生まれたミアットは溺愛されて育ったために、マナーから立ち振る舞いまで完璧にこなし、「社交界の華」とまで呼ばれるようになった。え? そのパーティーミアット様でないの? じゃあいいわ。そういう感じで、ミアットがパーティーに出るという事が一種のステータスとなりつつある程度には、「華」として機能し続けた。

 ここでミアット目線になるが、本人は社交より経済の勉強やマジバトに興味があったらしい。しかもそれも、才覚を発揮して、15歳になる頃には、父親に剣術で勝ち、学校では成績をトップで維持する、とんでもない天才児としてささやかれていた。当然少しは誇張もあり、勝ったのは父親ではなく長男であり、成績的には、通知表のようなものでは、苦手な教科で4、得意な教科で5をとっていた。しかしそうすると跡継ぎの立場が危うくなる。長男が廃されたり、長男に逆恨みされて刺されないように、ついでに長男に跡継ぎが確定するように、ミアットは家を捨て、一市民として生活しているそうだ。

 またマリーア目線に戻ろう。「社交界の華」を失ったシャルロット家は、ある事ない事噂され、さらにそこに尾ひれ背ひれ胸びれをつけられていい笑いもの。今は「社交界の華」の立場はマリーアに引き継がれているものの、幼い容姿のせいでなめられがちだとか。ちなみにマリーア、その年齢は自称15歳である。見えない__

 さらに、ミアットがいなくなったことで、母親である正妃は何がいけなかったのと部屋でずっと自問していて、一向に出てこないうえ、子爵家からきた側妃(シンデレラの継母のように語られた)が正妃面しているとか。さらにその側妃、長男と同じ年回りの次男を生んでいるため、そちらを跡継ぎにと声高に叫んでいるらしい。

 茜には政治がわからない。メロスじゃないけどわからない。でも「なんかシャルロット家とやら大変そうだなぁ」という事だけはなんとなくわかった。実際は「大変そうだなぁ」と呑気に言えるところを通り越して、その先の「今すぐなんとかしなければならない」まで来ている。have to ではなく must である。もはや貴族として守らなければいけない義務的な何かなのである。そうマリーアは言った。

 ミアットはそこまで聞くと、はぁ、と息を吐きだした。

「だから、言ったでしょ? 私が戻れば、また私を当主にとか言い出す人がいないとも限らないの。なんでかわかるかな、マリーア。私が当主になれば、その人たち今度は女が当主になんてとか言い出して、自分ちの男差し出してくるよ。私が戻らないのは、入り婿に家を乗っ取られないように、という意味もあるの、わからない?」

 マリーアは押し黙った。そして、しばらくして「また来ます」とだけ言ってから、一回だけ私の目をじっと見て、カフェから出ていった。

「ごめんね? うちの親族、みんなあんなのだから」

 申し訳なさそうに笑うミアットの顔は、先ほど扉を壊しかけた少女と明確な血の繋がりを感じさせる。

 そして茜が寒気を感じたのは、マスターが「シャルロット家か、弁償はそこだな」とつぶやいてからではない、多分。
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