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閑話s
バレンタイン 記念SS
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「ガブリールさんガブリールさん」
「二か月前にも同じようなことをした覚えがありますが、一応聞きましょう。なんですか?」
「今日はバレンタインですよ、チョコください」
「その手の平が切り落とされたくなかったら今すぐにその真顔をやめなさい」
「すいませんちょっとした出来心だったんですぅ!」
正月と似たようなやりとりをしている自分たちのボスと妹分を見て、「またか……」とため息をつくものは少なくない。そしてやはり、ラフィエールは満面の笑みをたたえている。それは愉悦に近い顔。だってラフィエールは知っているから。絶望的なまでの料理音痴である兄(この前はスコーンを黒い炭へと焼き上げた)がひと月前から台所でなにやら本とにらめっこしていることを。マカロン(らしきもの)をガスオーブンにつっこんで爆発させて、ボンボンショコラ(らしきもの)を作ろうとして表面のブラックチョコレートが白く変わったり(プルーム現象にもほどがある)、フォンダンショコラを切ってとろりとでてくるはずのホワイトチョコレートが見事な紫色に発光していたりしたのだから、それはもはや料理音痴なんてレベルではないのかもしれない。
やがて逃げるように茜がカフェのバイトにへとかけていった直後、ラフィエールに(無謀にも)挑戦するというアナウンスが聞こえてきたので、鼻歌混じりにスキップした。どうやら今日は手加減も手抜きもできそうにない。今日の挑戦者に合掌したエルメスは、たまりにたまった書類の山を見てげんなりした。
それからカフェに行った茜は、今日バイトしなくてもいいよ、と言われた。
「え、もしかして首切られました?」
とつぶやいた茜に対して、
「今日は全商品チョコレートに変わるからね、まだ青ボスさんにあじ……毒見させてないだろう? 僕の首が飛ぶのはいやだからね」
と肩をすくめたのは、いつもより若干やつれたマスターである。
「どうしました、マスター? クマがひどいです」
眼尻のあたりをぽんぽんと指さしながら、茜がたずねた。
それに対してマスターは、ふるふると首を振りながら、くたびれたサラリーマンと同じ声音で言った。
「チョコレートはテンパリングとか管理とかが死ぬほど大変だから。昨日から寝てないんだぁ……」
「……がんばってくださいね、マスター。お給料減らしていいですから、配膳ぐらいさせてください……」
茜に同情に満ちた目でみられる日がくるとは、思いもしなかったマスターであった。
そして帰り道。
「あーかーねーさんっ!」
唐突に背中に重量を感じて、げふっと口の中の空気を押し出す。
あわてて振り返ると、そこにはマリーアとリエージュが赤い立方体の箱をもっていた。
どうやら茜はマリーアに飛びつかれた上に箱で頭を強打されたようだ。痛い。とんでもなく痛い。なんてったてとがった角で殴られている。結構な強さで。頭がぐるぐるする。
「なにやってんですかマリーア様! ミスアカネが死んでしまいます!」
まったくもってその通りである。というかなぜリエージュとマリーアが一緒にいるのか。寒いせいかすぐに痛みはなくなって、だんだんと意識も鮮明になってくる。
「大丈夫ですよ、茜さんに限らず平民は『こーてつぼでぃ』と『だいあもんどはーと』を持っているってクソ上姉様が言ってました。あ、でもお姉さまは『茜さんは年相応の娘で、事情持ちだから、優しくしてあげてね』って言ってたような」
「ミアット様のいう事に従ってください、お願いだからあの平民を無条件で見下してるブタの言う事には耳を傾けないで!」
「え? でも、リエージュさんも茜さんの事ボロクソいってましたよね?」
「あの時はミスアカネが私の一番嫌いな人種だと思っていたので。今は対等に見ていますよ、多分」
「たぶん!」
つい反射的に言ってしまった茜は、次いでその失態に気付いた。なんてことだ。領地持ちの大貴族に対して敬語なしとか、実はやばいのでは?
しかしリエージュはそれに気付いた様子はなく、マリーアにそれをいさめる様子はない。二人は、しばらく言い争った(?)あと、茜に赤い箱を押し付けて帰っていった。なんだったんだ一体………。人知れずつぶやいた茜への返信はなかった。
ポスト確認。これはもはや日課である。
その日も大量に熱烈なファンレターが入っていた。なんの感慨もなく、手紙たちは開けられることもなくゴミバコ行きである。手紙は捨てる。謎の物体Xも捨てる。あとこのなんかハート形の容器に入っている奇麗にラッピングされた箱も捨てる………。
今日は大漁であった。帰り道に買った自分用チョコレート(日本円にして一粒200円のちょっと高いやつ)をつまみながら、ガブリールにもらった仕事のノウハウマニュアルをパラパラとめくるのだった。
ガブリールは、普段飲んでいるのよりちょっと高いワインを開けた。
今日は祝杯である。機嫌がいいガブリールは、弟のグラスに一杯入れた。
今頃茜は、自分が用意したチョコレートを食べているだろうか。がんばって作ったチョコレートマカロンを、ハートの容器に詰め込んで、女の子が好きそうなイメージでラッピングして、我ながらイイ感じにできた……と思う……はず。
力作が捨てられているとは露知らず、奮発して買ったワインを下で転がすと、ちょっぴり甘い味がした。
「二か月前にも同じようなことをした覚えがありますが、一応聞きましょう。なんですか?」
「今日はバレンタインですよ、チョコください」
「その手の平が切り落とされたくなかったら今すぐにその真顔をやめなさい」
「すいませんちょっとした出来心だったんですぅ!」
正月と似たようなやりとりをしている自分たちのボスと妹分を見て、「またか……」とため息をつくものは少なくない。そしてやはり、ラフィエールは満面の笑みをたたえている。それは愉悦に近い顔。だってラフィエールは知っているから。絶望的なまでの料理音痴である兄(この前はスコーンを黒い炭へと焼き上げた)がひと月前から台所でなにやら本とにらめっこしていることを。マカロン(らしきもの)をガスオーブンにつっこんで爆発させて、ボンボンショコラ(らしきもの)を作ろうとして表面のブラックチョコレートが白く変わったり(プルーム現象にもほどがある)、フォンダンショコラを切ってとろりとでてくるはずのホワイトチョコレートが見事な紫色に発光していたりしたのだから、それはもはや料理音痴なんてレベルではないのかもしれない。
やがて逃げるように茜がカフェのバイトにへとかけていった直後、ラフィエールに(無謀にも)挑戦するというアナウンスが聞こえてきたので、鼻歌混じりにスキップした。どうやら今日は手加減も手抜きもできそうにない。今日の挑戦者に合掌したエルメスは、たまりにたまった書類の山を見てげんなりした。
それからカフェに行った茜は、今日バイトしなくてもいいよ、と言われた。
「え、もしかして首切られました?」
とつぶやいた茜に対して、
「今日は全商品チョコレートに変わるからね、まだ青ボスさんにあじ……毒見させてないだろう? 僕の首が飛ぶのはいやだからね」
と肩をすくめたのは、いつもより若干やつれたマスターである。
「どうしました、マスター? クマがひどいです」
眼尻のあたりをぽんぽんと指さしながら、茜がたずねた。
それに対してマスターは、ふるふると首を振りながら、くたびれたサラリーマンと同じ声音で言った。
「チョコレートはテンパリングとか管理とかが死ぬほど大変だから。昨日から寝てないんだぁ……」
「……がんばってくださいね、マスター。お給料減らしていいですから、配膳ぐらいさせてください……」
茜に同情に満ちた目でみられる日がくるとは、思いもしなかったマスターであった。
そして帰り道。
「あーかーねーさんっ!」
唐突に背中に重量を感じて、げふっと口の中の空気を押し出す。
あわてて振り返ると、そこにはマリーアとリエージュが赤い立方体の箱をもっていた。
どうやら茜はマリーアに飛びつかれた上に箱で頭を強打されたようだ。痛い。とんでもなく痛い。なんてったてとがった角で殴られている。結構な強さで。頭がぐるぐるする。
「なにやってんですかマリーア様! ミスアカネが死んでしまいます!」
まったくもってその通りである。というかなぜリエージュとマリーアが一緒にいるのか。寒いせいかすぐに痛みはなくなって、だんだんと意識も鮮明になってくる。
「大丈夫ですよ、茜さんに限らず平民は『こーてつぼでぃ』と『だいあもんどはーと』を持っているってクソ上姉様が言ってました。あ、でもお姉さまは『茜さんは年相応の娘で、事情持ちだから、優しくしてあげてね』って言ってたような」
「ミアット様のいう事に従ってください、お願いだからあの平民を無条件で見下してるブタの言う事には耳を傾けないで!」
「え? でも、リエージュさんも茜さんの事ボロクソいってましたよね?」
「あの時はミスアカネが私の一番嫌いな人種だと思っていたので。今は対等に見ていますよ、多分」
「たぶん!」
つい反射的に言ってしまった茜は、次いでその失態に気付いた。なんてことだ。領地持ちの大貴族に対して敬語なしとか、実はやばいのでは?
しかしリエージュはそれに気付いた様子はなく、マリーアにそれをいさめる様子はない。二人は、しばらく言い争った(?)あと、茜に赤い箱を押し付けて帰っていった。なんだったんだ一体………。人知れずつぶやいた茜への返信はなかった。
ポスト確認。これはもはや日課である。
その日も大量に熱烈なファンレターが入っていた。なんの感慨もなく、手紙たちは開けられることもなくゴミバコ行きである。手紙は捨てる。謎の物体Xも捨てる。あとこのなんかハート形の容器に入っている奇麗にラッピングされた箱も捨てる………。
今日は大漁であった。帰り道に買った自分用チョコレート(日本円にして一粒200円のちょっと高いやつ)をつまみながら、ガブリールにもらった仕事のノウハウマニュアルをパラパラとめくるのだった。
ガブリールは、普段飲んでいるのよりちょっと高いワインを開けた。
今日は祝杯である。機嫌がいいガブリールは、弟のグラスに一杯入れた。
今頃茜は、自分が用意したチョコレートを食べているだろうか。がんばって作ったチョコレートマカロンを、ハートの容器に詰め込んで、女の子が好きそうなイメージでラッピングして、我ながらイイ感じにできた……と思う……はず。
力作が捨てられているとは露知らず、奮発して買ったワインを下で転がすと、ちょっぴり甘い味がした。
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