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【39】それぞれの道

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「糞ババァとは言うではないか。貴様の兄は妾の虜になっておったぞ」

「アイツは脳ミソも目玉も腐ってただけだ。俺の目にはボロ雑巾の糞ババァにしか見えんわ」

「ボロ雑巾だと?……きさ……」

「おい。口喧嘩をしに来たんじゃねーんだよ。さっきも言ったよな?殺しに来たって。さっさと死合しあおうや」

「妾と話せる機会など、然う然うそうそうないというのに。よかろう。
 喜べ人間。この世界最高の魔女ルミエラが究極魔法で貴様を消してやろう」



 そう言い放つとルミエラから禍々まがまがしいオーラが解き放たれ、城全体を包み込んでいった。
 地表全体が揺れ動き激しい雷鳴を轟かせ、周囲の物が崩れ始めていた。



「全軍耐えるでちゅ!時宗が戻るまで、何としても耐えるでちゅ!」



 久我の声が響き渡るが兵士は動揺を隠せなくなっていた。

 この時、隠や雷玄・時定までもが後退すべきか判断に悩んでいた。
 それほどまでにルミエラの魔法が強力であり、正常に意識を保っている事が困難になるレベルであった。



「このままじゃ危険だよ……分かってるけど。
 でも殿が……」



 この状況に躊躇していた隠に大きな声で時宗が指示を出した。


「隠!全員を城外へ後退させろ!」

「しかし、それでは殿が!」

「わしは大丈夫だ」

「し、承知しました。……殿、死なないでくださいね……」

「安心せい。わしは必ず、お涼の元へ戻る。行け!」



 時宗より最後の命令を受け取り時定の指揮により、全軍が城外へと退避した。

 これにより城内はラスボス2人のみ残された形となった。


 魔女ルミエラ。

 傾き者:浮島時宗。


 世界の命運をかけて化け物2人が対峙する。



 時宗が全軍を城外へ退避させたのには理由があった。
 ルミエラの究極魔法発動の障害で城内にいる全ての者が、ルミエラの奴隷へと変えられることが瞬時に理解できたからである。

 魔法を回避するには時宗とリンクする必要があるが、それを行うにはルミエラの目の前に姿を現さなければならず、現実的にリスクしかないと考えた上での最善策であった。



「よし。後顧の憂いは絶った。
 これでわしも本腰入れて戦えるわい」



 時宗が指示を出し全軍が城外へ退避している間に、ルミエラはこの世界を更地に出来る程の魔力を、ただ1人の人間であり眼前にいる男へ一点集中攻撃を仕掛けた。

 その魔法はとても強力であり、時宗以外の人間であれば塵も残さず消滅するほどの魔法であった。



 ーしかしー


 ご存知の通り、この男に魔法は無意味なのである。



「魔法が効かないというのは、どうやら本当らしいな」

「分かってても使うところが、アホだよな。
 やはりお前たちはよく似ている。
 似た者同士、アイツを俺自身の手で葬ってやろうと思うておったが、同化したのであれば手間が省ける」

「調子に乗るなよ人間。妾が魔法だけの魔女だと思うてか?何のために同化したと思うのだ」

「なるほどの」

「予想外であったか?恐ろしいか?逃げ出したいか?」

「否!なれば興じようぞ!」


 まずルミエラから仕掛けてきた。
 武器は細剣。

 スピードを重視した戦いかたで、体を靭やかに動かし時宗に勢いよく打ち込んでいく。


 一方時宗は刀で全てを受け止めている。
 躱すことも出来たが、敢えてしなかった。

 ルミエラの力量とルミエラの思いを刀で感じたかったのである。



「なぜだ!なぜ!通らぬ!
 貴様は何者なんだ!!」

「何者でもない。お前はお前で背負ってるものがあるんかもしれない。
 だがお前のそれは歪んだ思いだ。
 憎しみという牢獄に囚われた者の思いより、仲間と力を合わせて進む未来の思いの方が、余程強い!」

「何が未来だ!何が仲間だ!大切な者を奪われ続けた妾の気持ちなど理解できぬだろう!」

「分かる!俺たちの世界では殺し合いが当然の世界だった。妻や子・親や兄弟・主や国も奪い奪われる世界だった。
 恨んで過去に囚われ続けても、また直ぐに戦が始まる。
 だから俺たちは皆、失ったものを心に刻み前へ進み続けるのだ!」

「それでは死んでいった者たちが報われん!
 報復をせねば報われんだろうが!!」

「否定はせん。だがお前も気付いているのではないのか?
 報復は新たな報復しか生まぬことを。
 そして報復に囚われたものの周りには、いつの間にか誰もいなくなることも」


 ……………
 …………
 ………


 ルミエラは言葉を返せなかった。

 ルミエラにも仲間や友が居た。しかし報復という怨念に囚われすぎたルミエラの周りから、1人また1人と離れて行き、結局は恐怖で支配するしかなくなった。

 自分が間違っている。
 それも既に分かっていたこと。
 だが、ここまで膨れ上がった怨念にルミエラ自身も抗えなくなっていたのだ。


「時宗とやら。私もまた作らない笑顔で笑ってみたいものだよ」

「笑えるさ。来世で死ぬほど笑え。
 ここまで辛い思いをしたんだ。やってきた事の責任は取らなきゃいけねーが、それは現世で償えばいい。俺が見届けてやる」


 ルミエラは手に持っている剣を下に落とした。


 ルミエラが死を受け入れた瞬間であった。



「ルミエラ、惣一郎の事をよろしく頼むぞ」

「気付いておったのか……」

「当然だ。本当に惚れていたんだろ?
 俺は二度とアイツの顔は見たくねー。今アイツが目の前に現れたら筆舌に尽くし難いほどの地獄を見せなぶり殺しにしてしまうだろう。
 最期まで1人で戦い抜いたお前へ俺から渡せる、せめてもの情けだ。
 アイツを出さず、今の姿で逝け」

「全く武士というものは義理と人情の塊だな」


 この言葉を最期にルミエラは穏やかな笑みを見せ時宗より斬首され絶命した。



 ルミエラの死と同時に屍兵たちも活動を停止し、本来あるべき姿の遺体へ戻った。
 空を覆い尽くしていた闇も消え光が差し込み、大きな戦争による被害はあるものの、そこには美しい光景が広がっていた。



「ふぅ……終わったな」

「とのぉーーー!!!」

「時宗!」

「兄上!!!」


 気が付くと時宗の周りには大切な仲間と家族が取り囲んでいた。
 そして時宗は笑顔でこう言った。



「最後の大戦おおいくさ馳走になった!
 この戦い!我ら武士軍の完全勝利だー!!!」

「おぉぉぉーーー!!!」



 元居たこの世界の人間たちであるリグリット王たちに地べた擦り付けるレベルで礼を言われたが、何だかんだ最終的には宴になっていた。

 相変わらず空気の読めない痛い王女に対しては、最早誰も触れることなく完全なる放置プレイが完成した為か、ヒューズとの仲が凄まじく進行しているように思える。

 そろそろベロチューくらいあるんじゃね?って思えるほどに……

 パミラはリグリットと正式に離婚したようだ。
 戦バカと共に居たいらしい。
 利光も本気っぽいし、まぁいいんじゃなかろーか。

 パミラから言われた。

「彼ね、夜が凄いの」


 ……きっつ。まじ、興味ねーわ。



 あの大戦から数ヶ月が過ぎようとしていた。


 実は俺たちには選択肢がある。


 世界を救うために転生させられたに過ぎなかった俺たちは、元の世界に戻るか・この世界に残るかの選択肢。


 で、結論から言うと結局俺たち武士はあるべき世界に戻ろうと決意した。
 この世界で死んでいった者たちは、残念ながら戻れないが、俺たちはその魂を受け継ぎ俺達の世界に帰ると決めた。


 久我や利光が残らない選択肢をしたのは少し驚いた。
 まぁでも、あんなおしゃぶり姿で一生を過ごすのはごめんだろうな。

 しかし何度見てもジワる。


 パミラは利光に着いていくらしい。
 利光と離れたくないというのも間違いなくあるが、体裁の面もあるらしい。

 確かに王と離婚したものが同じ世界で別の男とイチャコラサッサは出来んでしょうな。


 俺たちを元の世界に戻すのは勿論、ルーヴェル。

 何か凄い魔法を使ってって思った人もいるかも知れないが、そうではない。
 現状が召喚魔法を掛けられている状態なので単純に解除するだけなのだ。

 寧ろアイツ自身が楽になるだけである。



 そうそう。俺たちが帰る年代なんだが、久我が天下取りに動き出すタイミングになった。
 俺たちは戻り次第、久我に国を預ける算段が出来ている。
 言わば戻った瞬間に久我の天下になり、久我家の治世の元に1つになる。


 もう戦は御免ですたい!


 俺は戻り次第、少しいとまを貰うことにしている。
 帰った直後に1つ大事な事をして旅に出る予定だ。


「皆さま、ご準備はよろしいですの?」

「ああ。宜しく頼む」

「時宗殿、皆々様も誠に感謝致します。
 国王として深く礼を申します。またルミエラのような悲劇を起こさぬように、是正を敷きより良き世界を作って参る所存であります」

「あんたなら大丈夫だ。それに次の世代もヒューズが居れば安心だ。逆に言えば、あの暴走王女を止められるのはアイツしかいねー。ヒューズ、頼むぞ」

「勿論です。時宗殿、達者でな」

「ああ。皆もな!」




 こうして俺たちはファンタジーの世界に別れを告げ元の世界に戻ってきた。


「うむ。やはりこちらのほうが落ち着くな。
 さて、久我よ。後のことの一切を任せた」

「ああ。任せよ。体も無事元に戻ったし……今は何よりこれが嬉しい」

「ハッハッハ。御館さま、1年か2年か……時宗と隠は、しばし留守に致します」

「あいわかった。くれぐれも体には気を付けるんだぞ時宗」

「ありがたきお言葉。時定、頼んだぞ」

「お任せください」

「隠、参るぞ」

「承知」



 俺と隠は暫く歩き、ふと俺は立ち止まり隠を見た。


「隠、いや……お涼。」

「はい」

「わしの伴侶になり生涯、わしの側にいてほしい」


 お涼は、号泣して返事をした。

「はい!勿論です!」

「うむ。では今後は妻として忍びとして、わしの側で色んなものを見て回ろう。
 よろしく頼むぞ。お涼」



 まぁこんな感じで俺の俺達の不思議に満ちた物語は終結した。
 今後はお涼とおバカな事もしながら楽しく生きていこうと思う。
 実に壮大な冒険じゃったわい!
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