緋黒の焔〜ヒトラー異世界戦記〜

影山ろここ

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第一章

少年期20

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「冒険者になりたい気持ちは理解した。むろん条件はあるが、お前がこんな場で公言するほど本気だとは知らなかったよ。頭ごなしに否定はしない。自分の夢に説得力をもたせられるよう、まじめに生きて、心を入れ替えなさい」

 町長も、ヤーヒムが亜人族を従えるなど、悪ガキとして振る舞っていたことを持て余していたのだろう。そこに反省を促しつつ彼は、夢を尊重する姿勢をとった。

 アドルフの思惑どおりに事は進んでいくが、そこには彼の達観がある。

 ヤーヒムの父親である町長は、結局のところ息子に甘い男なのだ。亜人族を子分にし、冒険者の真似事を許したことからそれは明らかだ。つまりヤーヒムが勇気を振り絞りさえすれば、彼の問題は解決する公算が大なのだった。

 そうなると今度は、ヤーヒムに授けた最後の言葉がどう働くかである。不況という現実とむきあうに際し、アドルフに全てを委ねよ。そんな文句をヤーヒムが口にするなどと、少し前までは想像もつかなかったが、改心した彼はアドルフの肩を持ち、町長の顔をまっすぐに見上げて言うのだった。

「お父さん、おれはアドルフのおかげで本心を打ち明けられた。いままで知らなかったけど、こいつはすごいやつだ。さっきアドルフは市場の出店料の話をしていたけど、お父さんはいつも言っていたじゃないか、景気が悪いからそろそろ出店料を値上げしたいと。亜人族を平等に扱うことで景気を良くする知恵を得られるなら、ヒト族は亜人族と仲良くすればいい。おれはアドルフを頼るのが正解だと思う」

 そう、アドルフは教会に立てこもって早々、景気を改善する代償に亜人族差別の撤廃を突きつけた。町長によって一度はにべもなくはねつけられたが、息子がアドルフを推したことで彼の様子に変化が起きた。苦々しい表情は困惑へと変わり、町長の視線は近くにいた院長先生にむけられる。

「アンタ、このガキは何なんだ。ただのガキじゃなかったのか?」

 大人を相手取っても一歩も退かないどころか着々と得点を重ねていく。そんなアドルフにたいする違和感が滲み出た疑問だったが、院長先生は肩をすくめ、少々呆れたように答える、

「私も……驚きだ」

 そのひと言はおそらく、教会に集った大人たちの心境を代弁したものであっただろう。そして次に発せられたひと言も、彼らの願望と寸分違わなかったに違いない。

「どうやら計算ずくのようだし、子供の意見と馬鹿にせず、ひとつ聞いてみようじゃないか。景気が本当に良くなるのか、私も興味がある」

 噛みしめるように言った院長先生は、壇上のアドルフに視線をむけた。その動きに同調し、町長もまたアドルフを見た。そして町長は、バツが悪そうな様子で言葉を絞り出す。

「一応断っておくが、差別と言っても、就けない仕事があるくらいで、この町は到って平和だ。ただ、さっき金鉱労働者に厳しいことを言ったのは、少し言い過ぎた。そういう思い上がった発言は、今後慎みたい。だから君の言う解決策とやらを教えてくれ。もう子供扱いはしないかわりに、現実味がなければきっちり批判させて貰うがな」

 子供扱いしないと言ったわりに、依然抵抗感があったのか、発言を促し終えた途端、町長の顔は憮然とした色に染まる。

 しかしアドルフにとってそれは些事に過ぎない。ほんの少し前なら、亜人族の差別をなくすと言っても鼻で笑われたに違いない。

 だがこの瞬間、ヒト族を代表する町長は、アドルフの提案に説得力があれば、心を入れ替えたいと言った。たった一〇分にも満たない攻防で、望んだ状況を手に入れたアドルフ。あとはもう、ガラ空きのゴールに球を蹴り込むだけだ。

 おのれの勝利を九分九厘確信した彼は、ついに壇上を降り、眼差しを人々に突きつけながら階段を一歩ずつ下って言う。

「諸君、いま我々は景気の悪化、すなわち不況に苦しんでおる。じりじりと物価が上がり、人々は出費を節約し、モノが徐々に売れなくなる。くわえて見聞する限り、失業まで増えておる。長年繁栄を享受していたこの国家がなぜ立ち行かなくなったか、《主》に見放されたと思う者もいるだろう。しかしこの苦境は人災である。政治が間違えたために起きたことだ」

 静まり返った教会内に、アドルフの声だけが響く。彼は何から順に話そうか、演説の内容を即興で考える。まずは自分たちが暮らす国の前提条件だ。いかにしてここまで来て、どこでみちを間違えたのかを、彼は澄みきった声で語りだす。

「我が学んだところによると、ここ二〇〇年あまり、連邦国家を富ませた理由はふたつあった。ひとつは旺盛な領地開拓と新たな植民政策。そしてそれが終わると、経済の原動力は魔法石を使った技術とその発展に移った」

 魔法石を使った技術とは、いわゆるコヴィエタである。それは時間にして約三〇年。人々の暮らしを一変させ、この国の最後の経済成長を支えた。

「しかし諸君、それによる豊かさの代償として、我々の社会は魔法石に依存するようになった。そしてここ数年顕著なのは、魔法石の価格の上昇だ。自然の鉱物には限りがあるため、新たな鉱脈が見つからなければ生産量は下がる。必然的に価格も上がる。さて諸君、魔法石の価格が上がれば何が起きるであろ?」

 壇上から降りたアドルフは、そのまま大人たちのほうにむかい、町長の前に進み出て軽く手を振った。「答えろ」という意志表示である。

「まあ、魔法石の高騰は他の物価にも及ぶな。農業は魔法石のマナを肥料に利用することで生産量を増やしたが、それと引き換えに魔法石の価格に値段が左右されるようになった。ここにいる商店主の皆の努力で何とか値段を抑えているが、それにも限度がある」

「満点の回答だ。魔法石の高騰で原価が上がったのに売上が下がるため、市場価格に転嫁できない。それらは当然、商店主の負担となり、商人たちの収入は減る。彼らは商売の規模を拡大して新たな富を生み出すよりも、現在の生活を守る以外なくなった。よって経済成長は止まり、むしろ頭打ちがはじまった。その顕著な例は失業者の増大である」

 町長の発言を引き取り、アドルフは話を展開させる。

 魔法石、及びコヴィエタの価格上昇によって景気にブレーキがかかり、人減らしがおこなわれていること。アドルフの知る限りでも、〈開拓〉の最前線にいる冒険者の解雇が起こっていること。

「我々の町もまた例外ではない。遠くない将来、工作機の稼働が止まり、金鉱労働者は減らされ、町の需要を大幅に下げるはずだ。そうした物価の高騰と需要減が両方起こることは、経済にとってきわめて危険な兆候と言って差し支えない」

 アドルフの生きた時代には定義されなかったが、後の時代において、インフレと不況が同時に起こることをスタグフレーションと呼び、一度は繁栄を享受した先進諸国を大いに苦しめた。

 つまり彼の知識にはないが、いま連邦国家が直面しているのはまぎれもないスタグフレーションであり、何らかの有効な手を打たない限り、それを根治することは不可能なのだった。

 しかし裏を返せば、正確な概念は持たずとも、ドイツ経済再建に辣腕を振るったアドルフには不況の本質を掴む炯眼があり、また他方で経済活動に関わる者たちもその脅威を実感している。町長がアドルフの意見に耳を傾けようと思ったのも、連邦国家を覆う不況の危険度を皮膚感覚で実感していたからに他ならない。

 たとえ子供でも、いや子供だからこそ、ひょっとしたら《主》の導きによって何か有益な知恵を授けてくれるのではないか。科学より信仰が重きをなす社会では、そうした不合理が意味をもつ。

 だからこそ町長、そして彼と列をなす商店主たちは、アドルフの発する言葉に全神経を注ぎ、彼らの期待をひしひしと感じたアドルフもまた、おのれの言葉に全精力をこめるのだった。

「根本的な原因は、魔法石の値上げによってモノを生産するコストがあがっていることだ。その上昇分を価格に反映できないために商人たちは利益を落としている。そして、それが回りまわって景気を悪化させている。入ってくる金が減れば、使う金も減るからな。さてこうした状況の解決策だが、答えは到ってシンプルだ。誰か思いついた者はおるかね?」

 子供のアドルフが、まるで教師のような口ぶりで大人たちを見まわすが、それがわかれば彼らは困っていない。

「ワシらはお手上げだ。焦らさずに教えてくれ」

 大人たちを代表するように、町長が肩をすくめて言った。その横にいる院長先生も、小さく頷き、アドルフのほうをじっと見つめている。

「いいだろう。景気が悪化するのは使う金が減ったことにある。だとすれば、それを増やしてやれば問題は解決する。つまり需要を増やせば、商人たちの利益もあがり、彼らが使う金も増え、魔法石の価格上昇によるコストを相殺できる。ここトルナバでそれができる者は金鉱労働者しかおらん。そう、答えは彼らをクビにせず、賃金を増やし、モノを買う力をあげてやればよいのだ」

 きわめて重要な提言を、アドルフはあえて淡々と口にした。気持ちをこめた結果、言葉が上滑りするのを避けるためだ。

「金鉱労働者の給料を?」

 小さくない反応が大人たちからあがり、ざわめきが教会に沸き起こる。それは彼らにとって予想外だったが、理屈はすぐさま理解できたらしく、「なるほど」「それは妥当だ」などといった声が次々と聞こえてくる。

 しかし当然のことながら、大人たちにとって肝心なのは提言の正しさ以上に、その実現可能性である。
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