つがいの薔薇 オメガは傲慢伯爵の溺愛に濡れる

沖田弥子

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晃久との出会い

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「触るな!」

 びくりと肩が跳ねて、手を引く。
 鋭い恫喝に驚いて振り返れば、澪より少し年上の男の子がこちらを睨み据えていた。

「あ……ごめんなさい」

 勝手に触れようとしたので怒られたのだ。
 澪は体を小さくして頭を下げた。
 男の子は気が強そうな鋭い眼差しをしていて、薄い唇を引き結んでいる。灰色のスーツを身につけて、首元には浅葱色のネクタイを締めていた。
 
 もしかして彼は、お屋敷の坊ちゃんだろうか。
 旦那様と母との会話で、『あきひさ』という男の子の名前が漏れ聞こえてきたことがあるのだ。その子はお屋敷で旦那様と奥様と、共に暮らしているらしい。
 坊ちゃんらしき男の子は怒った形相で歩み寄り、薔薇を触ろうとした澪の手を取った。

「怪我をしなかったか? この薔薇は棘が細かくて沢山ついているから危ないんだ」

 大事な薔薇を勝手に触ろうとしたから怒ったのではなく、彼は怪我をしないか心配してくれたのだ。

「あ……大丈夫。ありがとう」

 じっくりと澪の白い手を検分すると、彼は満足したのか笑顔を見せてくれた。

「気をつけろよ。きみは、あの家の子だろ? 最近引っ越してきたんだろう」

 庭園の向こう側にある家屋を指さされて、澪は頷いた。

「うん。僕は澪……です。坊ちゃん……ですよね?」
「俺は晃久だ。行こう、澪。俺と遊ぼう」

 ぐい、と腕を引かれて走り出す。
 やはり、お屋敷の坊ちゃんだ。
 一緒に遊んでも良いのだろうかという一抹の不安が過ぎるが、晃久の力強い腕に引かれて風のように走れば、不安などすっかり掻き消えてしまった。
 ふたりで追いかけっこをしたり虫を探したり、納屋を探検したりして沢山遊んだ。今まで友だちがいなかった澪は、嬉しくて楽しくて時間を忘れて晃久と過ごした。
 けれど楽しい時はいずれ終わりを告げる。

「そろそろ帰らないと……」

 茜色が射していた空は、いつの間にか厚い雲に覆われていた。辺りは急速に薄暗くなる。
 ふと、母が心配しているんじゃないかと気になった。
 晃久は不服そうに唇を歪ませる。

「もう少しいいだろ。家はすぐそこなんだからいつでも……」

 言い終わらないうちに、大粒の雨が曇天から零れ落ちる。見上げれば、次々に冷たい雨粒は頬を叩いた。遠雷が轟き、瞬く間に豪雨となって降り注ぐ。

「こっちだ」

 晃久に手を引かれて近くの納屋に走り込む。窓枠から見える外の景色は、雨に煙っていた。
 肩が濡れたせいか、ぶるりと体が震える。ふいに轟音が鳴り響き、納屋が揺れた気がした。

「ひゃ……!」
「近くに落ちたな」

 耳を塞いで座り込む。すぐ近くに雷が落ちた音らしい。怖がる澪と対極に、晃久はけろりとしている。

「なんだ、澪。こわいのか?」
「こ、こわい……」
「俺にしがみつけ」

 晃久に、ぐいと肩を抱かれる。頬を埋めた彼の上着は雨の匂いがした。まだ雷は遠くで鳴っている。震える澪の耳元で、晃久はぽつりと零した。

「接吻したことあるか?」
「……え?」

 突然だったので、何を言われたのか、よく分からなかった。
 澪は接吻という言葉の意味も知らなかった。

「せっぷん、ってなに?」

 無垢な眸で問いかける澪の眼前に、晃久の頬が、目が迫ってくる。
 視界いっぱいに彼の顔が映り、ぼやけたかと思うと、唇が柔らかいもので塞がれた。
 ちゅ、と小さな音がして、すぐに熱は離れていく。

「えっ?」

 何をしたのだろう。
 今のが接吻なのだろうか。
 温かくて、柔らかくて、ふしぎな感じがした。
 晃久は澪の反応を見定めるかのように凝然と眼差しを注いでいる。
 その表情はとても大人びていた。

「今の……接吻、なの?」
「そうだ。初めてか?」
「は、はじめてだよ!?」
「俺も」

 何だかとても恥ずかしいことをしてしまったと、澪は頬を朱に染めた。
 男の子同士でこんなことをしては、いけないんじゃないかという罪悪感も芽生えた。
 俯いて黙り込む澪に、晃久は笑みをむける。
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