つがいの薔薇 オメガは傲慢伯爵の溺愛に濡れる

沖田弥子

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耽溺の別荘 10

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「僕は……」

 澪は自らの心の奥に問いかけた。
 晃久の、傍にいたい。誰よりも晃久の近くにいて、彼の呼吸を感じ、声を聞き、表情や仕草のひとつひとつを眺めていたい。
 今まで澪は母のため、大須賀家のため、藤子のため、そして晃久のためと、人のことを考えてばかりで自分の願望を押し通すようなことはしなかった。
 それでいいと思っていた。
 周りの人々が幸せなら、澪も幸せだ。
 その結果不遇な目に遭っても、愛人の子なのだから仕方がないのだと諦められた。
 でも晃久は、澪自身がどうしたいのか訊ねる。
 自分の気持ちに正直に。
 澪は心が赴くまま、晃久に答えた。

「若さまの傍にいたいです。僕は薔薇になって、若さまをずっと見守っていたいです……」
「……澪」

 晃久はカップを置いた。眸を潤ませながら懸命に本心を訴える澪と、視線が絡み合う。
 やがて、ふっと口元を緩ませた晃久は嬉しそうに頷いた。

「俺の傍にいろ。大須賀家に帰るぞ」
「……はい」
「心配しなくていい。先ほども言ったが、おまえは大須賀伸介の実子なんだ。実はお爺さまの体調が思わしくない。お爺さまにとっておまえは孫なんだから、会って励ましてやってくれ」

 幸之介は一度も澪を実の孫などと認めたことはなく、これまでずっと伯爵家の当主と使用人として接してきた。澪にとっては雲の上の人なので、偶然屋敷で通りかかったときも頭を下げているのみで、まともに会話したことはない。
 幸之介が孫と認めてくれるかはともかくとして、体調が優れないのなら見舞いに窺いたい。もう齢八十を超える幸之介が、いつ体調が急変してもおかしくはなかった。

「分かりました。大旦那様をお見舞いします」

 ふと、澪は不思議に思う。
 晃久は澪を、大須賀伸介の実子だとか、幸之介の孫だとか、まるで人ごとのように語っている気がする。その立場は晃久だって同じはずなのに、自分は除いているように感じられた。
 そういえば晃久は、父上という呼び方をしない。故人だからだろうか。

「俺の弟という方向ではなく、お爺さまの孫という形で周りを説得する。すべて俺に任せろ。おまえは必ず俺が守る」

 けれど澪に対して話すときだけなのかもしれない。晃久は幸之介を尊敬しているし、両親にも如才ない態度を取り続けてきた。心の中では反抗心もあるのかもしれないが、彼が幸之介や父母に向かって声を荒げるところなど一度たりとも見たことがない。

「はい。若さまについていきます」

 こくりと頷くと、晃久は満悦して珈琲を飲み干し、飽くことなく澪の顔を眺めていた。
 優秀な伯爵家の御曹司という仮面は、このときだけは外されていた。



 翌日、別室の鏡の前に立った澪は自分の姿に驚いた。
 上質なシャツとスラックスという支度のせいかもしれないが、娼館にいた一ヶ月ほど前とはまるで別人に変化している。
 黒髪は艶々と濡れるように輝き、頬はしっとりとして陶器のように滑らかだ。皮が剥けて赤く腫れていた指は綺麗に元通りになり、浮いていたあばらにもほどよく肉がついている。住環境が良いせいか風邪も治った。
 別荘で手厚く扱われたおかげだ。毎日の美味しい食事と質の良い睡眠は、澪の美貌を蘇らせた。
 そして晃久との濃厚なセックスが、元からの楚々とした美しさに華を添えて、澪をより可憐に磨き上げていた。それは野の鳳仙花が温室の薔薇に変化したようであった。

「よくお似合いです。ネクタイを締めます」

 トキが眼前に立ち、藍色のネクタイを澪の首元にかける。

「あ……」

 鏡越しに映る己の首筋に、紅い痕がシャツの襟元から覗いている。
 昨夜も当然のように抱かれたので、情事の痕跡は体の至る所に残されていた。
 気づいたらしいトキは平静に澪の襟元を直した。
 襟を摘まんだ指先が、ほんの少し肌に触れる。
 そのわずかな接触に、澪はぴくりと肩を跳ねさせた。

「……っ」

 甘い声が漏れそうになり、咄嗟に唇を噛みしめる。
 晃久に連日抱かれた体はすっかり感度が良くなり、触れられただけで淫らな反応を示すようになっていた。

「大丈夫です。こうすれば見えませんから」
「は、はい」

 トキはすべてを知っているわけだが、彼は一切の好奇を見せない。無表情に黙々と仕事をこなすので、とても忠実な下男だ。
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