つがいの薔薇 オメガは傲慢伯爵の溺愛に濡れる

沖田弥子

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伯爵家の真実 3

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 びくりと肩を跳ねさせる澪の手を、晃久はしっかりと握りしめる。
 澪を守るように抱きながら真っ直ぐに幸之介を見返す晃久に、大須賀家の隆盛を築いた老獪から嘆息が漏れる。

「それは無理だ。晃久の心は決まっておる」
「そんな、お義父さま、大須賀家がどうなっても良いというのですか! この愛人の子に大須賀家を乗っ取られてしまいますわ!」

 榊侯爵はたまりかねたように咳払いをして立ち上がった。大須賀家の騒動に付き合いきれないといった表情が顔に表れていた。

「もう結構。晃久君が娘と結婚する意思はまるでないと分かりました。婚約は破棄させていただく。何も榊侯爵家と婚姻を結びたいと願っているのは、大須賀伯爵家だけではありませんのでね。それでよろしいですかな、幸之介様」

 幸之介は鷹揚に頷いた。それを認めた榊侯爵は一礼して部屋を出て行く。

「お待ちください、榊様!」

 藤子は必死な声を出して榊侯爵を止めたが、その場からは一歩も動かない。やがて足音が遠ざかると、きつい眼差しで晃久と澪を睨みつける。

「なんということをしてくれたの! 私がどんなに苦心して侯爵家に嘆願したと思っているの。すべては大須賀家のためなのよ!」

 晃久は片眉を跳ね上げた。

「大須賀家のためと仰るなら、なおさら澪の子が必要なはずです。お爺さまの血を引く、正統な大須賀家の子どもが」

 その台詞は藤子の文句を封じ込めた。体を戦慄かせた藤子は、信じがたいものを見るような目で晃久を見つめ、歯噛みした。

「あなたは……知って……なんということなの……」

 澪はふと疑問に思う。
 晃久の子ならば、相手が澪でなくても誰でも、幸之介の血を引いているはずである。澪の子でなければならないという理屈がよく分からなかった。
 晃久は幸之介に向き直る。

「お爺さま。澪を大須賀家の人間として認めてください。今まで明確にしていませんでしたが、澪は伸介氏の子であり、お爺さまの唯一の孫なのです。子が生まれれば、その子が当主となり大須賀家を継いでくれます。お爺さまの子孫が大須賀家を守ってくれるんです」

 唯一の孫とは、どういうことだろう。
 だが幸之介は特に疑問視せず、晃久の言い分に深く頷いた。

「なるほど。そうきたか。理に適っておるな。……澪、こちらに来なさい」

 手招きされて、咄嗟に立ち上がる。澪はおそるおそる車椅子に座る幸之介に近づいた。

「顔を見せてくれ」

 車椅子の傍らに跪いて幸之介を見上げる。澪を見遣る双眸は懐かしいものを見るように細められていた。

「伸介によく似ておる目だ。一途で優しく、気弱だ。澪よ、おまえは当主になることを望むか?」
「いいえ、大旦那様。当主になるのは若さまです。僕は若さまのお側にいられるだけで充分です」

 明確に、幸之介に自分の想いを告げることができた。幸之介はひとつ頷くと、もうひとつの質問をする。

「晃久の子を産みたいか?」

 はっとして眸を見開く。
 それは罪ではないのだろうか。
 澪のせいで、今ここで藤子と榊侯爵を傷つけたのに。
 けれど、子どもに罪はない。
 周りを傷つけて、自分も傷つきながらも、晃久との子を守りたかった。

「はい……。若さまの子を、産みたいです」

 澪は長い旅路の果てに、終着点に辿り着いたことを意識した。
 雨の日に晃久に口づけられたときから、自分は長い旅をしていた。すべては晃久の子を産むという未来に辿り着くための行程だったのだ。
 幸之介は皺の刻まれた手を澪の頭に乗せた。乾いたその手のひらからは、お爺さんの温もりを感じた。

「おまえは、儂の孫だ。澪に大須賀の姓を与える。今後は大須賀澪と名乗り、晃久と共に大須賀家を支えていくのだ」
「大旦那様……ありがとうございます」

 幸之介が認めてくれた。澪を孫として見てくれて、大須賀の姓を名乗ることを許してくれた。頭を撫でる幸之介の手から祖父の愛情が染み渡り、澪の頬を一筋の涙が伝う。
 晃久は澪の後ろに立ち、幸之介に伺いを立てた。

「では、お爺さま。結婚を認めてくださるのですね」
「儂は老いた。もうすぐ逝く。今こそ晃久に伯爵家当主の座を譲ろう。当主たるものとして最良の選択をせよ。大須賀家のため、そして皆の幸せのために」

 言外に幸之介は結婚を了承してくれた。同時に伯爵の座も、晃久に譲られる。

「肝に銘じます、お爺さま。ありがとうございます」

 晃久が礼を述べると、疲弊したように幸之介は溜息を吐いた。人と話したので病に障ったらしい。
 サノに命じて車椅子を移動させ、寝室に戻った幸之介は深い眠りに就いた。
 昏睡状態に陥った大須賀家の老獪は、数日後に還らぬ人となった。
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