つがいの薔薇 オメガは傲慢伯爵の溺愛に濡れる

沖田弥子

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誤解 3

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 苦闘しながら硝子戸を嵌める姿を、紅茶を飲み干しながら悠々と眺める。
 やがて無事に硝子戸を直した鴇の表情は苦渋に塗れていた。何か困った案件でもあるのだろうか。安珠は風にそよぐ藤を愛でながら、優美な仕草でカップを卓に戻す。

「晃久は儲からせてやると言ってたぞ。金のことは心配ない」

 安珠自身が投資を決断したわけではないが、鴇の心配事は資金繰りのことしかない。ヒロの背を撫でながら優しく諭したのだが、鴇はいっそう眉間の皺を深くした。

「……それで、儲からせてやるという条件でまさか晃久さまが何かを要求したのですか? 呑ませるだとか、しゃぶるだとか不穏な会話が交わされていたようですが?」

 詰問するような口調で低く問いかける鴇は、籐椅子に座る安珠の眼前に跪く。肘掛けに両手をついて、安珠を椅子に縫い止めるようなことをする。
 怒りすら滾らせる鴇に、むっとして唇を尖らせた。盗み聞きされて不愉快なのはこちらのほうだ。

「鴇には関係ないだろう」
「関係あります。先ほどの会話は見過ごせません。詳細を述べるまで、この椅子から出しません」

 ぐっと身を乗り出して膝の間に割り込んでくる。安珠は背凭れに身を寄せて逃げを打った。たまらず白状する。

「晃久が要求してきたわけじゃない。僕から、しゃぶらせてくれと頼んだ」
「なぜです」

 全身から切迫さを漲らせて、鴇は瞬きもせずに安珠の答えを待つ。
 隠すようなことでもないが、今さら羞恥が込み上げてきた。

「……練習しないと、呑めないと思ったから」
「呑む? 何をです」
「だから、精を」

 鴇は唖然として呼吸を止めている。なぜこの話をすると男たちは驚くのだ。誰もが閨でする行為ではないのか。
 衝撃を受けたように俯いた鴇はすぐさま安珠に向き直り、きつく言い聞かせた。

「俺以外の誰にも呑ませてはいけないと命じましたが、逆もいけません。今後一切、他の人との性的な交流を禁じます。外出する際は、必ず誰とどこに行くのか俺の許可を取ってください」
「なんだそれ。子どもじゃないんだぞ。大体、満足させろと言ったのは鴇じゃないか。練習して何が悪いんだ」

 一方的に指図する鴇に不満を覚える。ピアノだって上達のために様々な講師の元でレッスンを行うものだ。晃久に頼んだのも、鴇に満足してもらうためなのに。
 鴇は漆黒の双眸を怜悧に眇めた。安珠の耳元に唇を寄せて声を落とす。

「分かりました。俺の満足の意味を教えてさしあげます。今夜は俺の寝室に来てください」

 ごくりと息を呑んで、決意の込められた双眸を見つめる。
 鴇の覚悟の基盤が理解できない。
 けれど彼が本気だということは、よく分かった。所詮安珠には断ることなどできないのだ。安珠は心の隅で怯えながらも小さく頷いた。



 その日の夕食は気まずい思いでカトラリーを握った。
 安珠と鴇のふたりきりになってしまった椿小路公爵家の食卓は、大理石の長いテーブルに向き合う形で座るのが互いの定位置となっている。
 専属の料理人が作った彩り豊かなローストビーフと旬の野菜の付け合わせに、安珠は俯きながらフォークを操り、バルサミコソースを絡ませた。
 晃久とのことで、鴇を怒らせてしまったようだ。
 練習の何がいけないのか未だに分からないが、今夜はひどい目に遭わされるらしい。その証拠に、鴇は食事が始まったときから逐一こちらに目を配り、安珠を監視するかのように厳しい眼差しをむけてくる。
 今後は外出も自由にできなくなるようだが、家の中で逃亡するわけはないので看守のように眺めてくるのはやめてほしい。まるで囚人になった気分だ。
 互いに無言で食事を終えると、すぐさま鴇は席を立った。
 テーブルを回り込むと安珠の腕を掴み、立つよう促す。食後の珈琲を乗せた盆を携えたキユがやってきたが、緊迫したふたりの様子を目にして足を止めた。

「不作法だぞ。まだ食後の珈琲が……」
「立ちなさい、安珠。立たないなら米のように俵担ぎにします」

 無様に担がれるなんて御免だ。安珠は無言で従った。頭を下げるキユの前を、腕を取られたまま通り過ぎる。
 鴇は、よほど昼間のことで立腹しているようだ。廊下を進むごとに、嫌なふうに鼓動が高鳴る。力が籠もる鴇の手は、安珠の腕に布越しに食い込んでいる。
 改装を終えた新たな公爵の部屋へ、初めて足を踏み入れた。
 手前に円卓の置かれた談話室があり、奥が寝室という続き部屋に造られている。充分な広さの寝室には暖炉があり、天蓋付きの重厚なベッドには薄布が垂らされている。調度品はアンティークで纏められ、壁紙は落ち着きのある藍のシルクだ。華美ではないが当主に相応しい品格の保たれた部屋だった。
 壁際にある寝椅子の隣にピアノが置かれているのを目にして銘を確認する。
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