34 / 88
第一章 カマクラコモリ
同級生からの依頼 1
しおりを挟む
運転席から降りてきた男性は、圭史郎さんの姿を目にして笑みを弾けさせる。
「圭史郎! 久しぶりだな。俺のこと、覚えてるか?」
どうやら彼は圭史郎さんの友人らしい。三十代くらいの男性だが、私とは初対面だ。
瞬きをひとつした圭史郎さんは双眸を細めた。
「誰だ?」
「おいおい。高橋雄生だよ。同じクラスだったろ」
「……ああ、思い出した。俺にいろいろと話しかけてきた奴のうちのひとりだな」
「おまえは高校生のときと変わらないな。話し方もそうだけど、若々しくて全然年をとってないみたいじゃないか」
邪気のない高橋さんの言葉に、ぎくりとした私は笑みを引きつらせる。
永遠の高校二年生である圭史郎さんにはこれまで数々の同級生がいたわけで、彼らは年を追うごとに高校を卒業し、成人していったのだ。再会した圭史郎さんが当時のままの姿なのは不思議に思うだろう。圭史郎さんの性格上、詳しい事情をクラスメイトに話しているとも思えない。
圭史郎さんが無愛想に視線を逸らすと、高橋さんは私に目を向けてきた。
「こちらは……? もしかして、圭史郎の彼女さんですか?」
「えっ⁉ いえ、彼女じゃありません! 私は花湯屋の若女将を務めております、花野優香と申します」
恋人と思い違いをされそうになったので慌てて否定すると、なぜか圭史郎さんの眉間の皺が深くなる。
せっかく同級生が訪問してくれたというのに、朝から険悪な雰囲気が形成されてしまいそうだ。
「若女将さんでしたか。失礼しました。ということは、もちろん……あやかしについてご存じですよね?」
声をひそめた高橋さんは周囲を気にしつつ問いかける。彼は花湯屋が、あやかしも訪れる宿ということは知っているらしい。圭史郎さんから聞いていたのかもしれない。
ただ、高橋さんにはどこか後ろめたさが漂っているのが少々気になった。
それにひどく憔悴しているようで顔色が悪く、無精ひげが伸び、睡眠不足なのか目が赤い。
「もちろんです。臙脂の暖簾の向こうは、あやかしのお客様が泊まれるお宿ですから」
「そうですか……。圭史郎から昔、ちらっと聞いたんですよ。あの頃は、あやかしだの妖怪だの信じていませんでしたが……」
言いにくそうに濁して視線をさまよわせる高橋さんは、何か事情を抱えているようだった。
そのとき、助手席にのっていた小さな子が窓越しに語りかける。
「ぱーぱ! わんわん!」
毛糸の帽子を被っている小さな子は笑顔でコロさんを指差している。やはり、この子にはあやかしが見えているようだ。
高橋さんは指差された方向にちらりと目を向けたが、苦々しい顔をして助手席のドアを開けた。チャイルドシートからふわふわのコートを纏った子を抱き上げる。
「この子は俺の息子で、光希という名前だ。三歳になったばかりだ」
「ぱーぱ、わんわん」
「わんわんがいるのか、そうか」
光希君がコロさんを指差して父親に伝えようとしているが、高橋さんは困ったように光希君の顔を眺めている。どうにか主張しようとしたのか、光希君は手をばたつかせた。
「ぱーぱ、ぱーぱ……」
腕を振り上げた拍子に、光希君が被っていた毛糸の帽子に手がぶつかる。星の模様が描かれた帽子は、ぽろりと落ちてしまった。
彼の頭を目にした私は瞠目する。
ふさふさの毛に覆われた褐色の耳がふたつ、ぴんと立っている。
もしかしてカチューシャかと思ったけれど、それを高橋さんの態度が否定した。
「だめだ、光希! 帽子を取るなと言っただろう!」
怒られた光希君は、顔を歪めてしまった。
直後に猛烈な泣き声が響き渡る。
「ふぎゃああああああぁ……ああああん」
私は慌てて帽子を拾い上げ、光希君の頭に被せる。けれど、彼は泣きやんでくれない。
嘆息した圭史郎さんはスコップを持つと、踵を返した。
「人目につくから中に入れよ。詳しい話を聞こう」
私たちは臙脂の暖簾をくぐり、談話室へと足を向けた。
ストーブの暖かな灯火に、ほっと一息吐いて防寒具を脱ぐ。
場所を移動して気分が変わったのか、光希君は泣き叫ぶのをやめたけれど、ぐずぐずとして涙を浮かべていた。
高橋さんは戸惑いを見せつつ、光希君のポンチョ型のコートを外す。すると小さなズボンからは、大きな尻尾がはみ出した。
ソファに腰を下ろした圭史郎さんは事も無げに指摘する。
「随分と立派な尻尾だな。高橋の嫁さんは、あやかしなのか」
「圭史郎! 久しぶりだな。俺のこと、覚えてるか?」
どうやら彼は圭史郎さんの友人らしい。三十代くらいの男性だが、私とは初対面だ。
瞬きをひとつした圭史郎さんは双眸を細めた。
「誰だ?」
「おいおい。高橋雄生だよ。同じクラスだったろ」
「……ああ、思い出した。俺にいろいろと話しかけてきた奴のうちのひとりだな」
「おまえは高校生のときと変わらないな。話し方もそうだけど、若々しくて全然年をとってないみたいじゃないか」
邪気のない高橋さんの言葉に、ぎくりとした私は笑みを引きつらせる。
永遠の高校二年生である圭史郎さんにはこれまで数々の同級生がいたわけで、彼らは年を追うごとに高校を卒業し、成人していったのだ。再会した圭史郎さんが当時のままの姿なのは不思議に思うだろう。圭史郎さんの性格上、詳しい事情をクラスメイトに話しているとも思えない。
圭史郎さんが無愛想に視線を逸らすと、高橋さんは私に目を向けてきた。
「こちらは……? もしかして、圭史郎の彼女さんですか?」
「えっ⁉ いえ、彼女じゃありません! 私は花湯屋の若女将を務めております、花野優香と申します」
恋人と思い違いをされそうになったので慌てて否定すると、なぜか圭史郎さんの眉間の皺が深くなる。
せっかく同級生が訪問してくれたというのに、朝から険悪な雰囲気が形成されてしまいそうだ。
「若女将さんでしたか。失礼しました。ということは、もちろん……あやかしについてご存じですよね?」
声をひそめた高橋さんは周囲を気にしつつ問いかける。彼は花湯屋が、あやかしも訪れる宿ということは知っているらしい。圭史郎さんから聞いていたのかもしれない。
ただ、高橋さんにはどこか後ろめたさが漂っているのが少々気になった。
それにひどく憔悴しているようで顔色が悪く、無精ひげが伸び、睡眠不足なのか目が赤い。
「もちろんです。臙脂の暖簾の向こうは、あやかしのお客様が泊まれるお宿ですから」
「そうですか……。圭史郎から昔、ちらっと聞いたんですよ。あの頃は、あやかしだの妖怪だの信じていませんでしたが……」
言いにくそうに濁して視線をさまよわせる高橋さんは、何か事情を抱えているようだった。
そのとき、助手席にのっていた小さな子が窓越しに語りかける。
「ぱーぱ! わんわん!」
毛糸の帽子を被っている小さな子は笑顔でコロさんを指差している。やはり、この子にはあやかしが見えているようだ。
高橋さんは指差された方向にちらりと目を向けたが、苦々しい顔をして助手席のドアを開けた。チャイルドシートからふわふわのコートを纏った子を抱き上げる。
「この子は俺の息子で、光希という名前だ。三歳になったばかりだ」
「ぱーぱ、わんわん」
「わんわんがいるのか、そうか」
光希君がコロさんを指差して父親に伝えようとしているが、高橋さんは困ったように光希君の顔を眺めている。どうにか主張しようとしたのか、光希君は手をばたつかせた。
「ぱーぱ、ぱーぱ……」
腕を振り上げた拍子に、光希君が被っていた毛糸の帽子に手がぶつかる。星の模様が描かれた帽子は、ぽろりと落ちてしまった。
彼の頭を目にした私は瞠目する。
ふさふさの毛に覆われた褐色の耳がふたつ、ぴんと立っている。
もしかしてカチューシャかと思ったけれど、それを高橋さんの態度が否定した。
「だめだ、光希! 帽子を取るなと言っただろう!」
怒られた光希君は、顔を歪めてしまった。
直後に猛烈な泣き声が響き渡る。
「ふぎゃああああああぁ……ああああん」
私は慌てて帽子を拾い上げ、光希君の頭に被せる。けれど、彼は泣きやんでくれない。
嘆息した圭史郎さんはスコップを持つと、踵を返した。
「人目につくから中に入れよ。詳しい話を聞こう」
私たちは臙脂の暖簾をくぐり、談話室へと足を向けた。
ストーブの暖かな灯火に、ほっと一息吐いて防寒具を脱ぐ。
場所を移動して気分が変わったのか、光希君は泣き叫ぶのをやめたけれど、ぐずぐずとして涙を浮かべていた。
高橋さんは戸惑いを見せつつ、光希君のポンチョ型のコートを外す。すると小さなズボンからは、大きな尻尾がはみ出した。
ソファに腰を下ろした圭史郎さんは事も無げに指摘する。
「随分と立派な尻尾だな。高橋の嫁さんは、あやかしなのか」
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつもりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。
婚約者の幼馴染?それが何か?
仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた
「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」
目の前にいる私の事はガン無視である
「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」
リカルドにそう言われたマリサは
「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」
ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・
「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」
「そんな!リカルド酷い!」
マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している
この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ
タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」
「まってくれタバサ!誤解なんだ」
リカルドを置いて、タバサは席を立った
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。