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第一章 カマクラコモリ
同級生からの依頼 1
運転席から降りてきた男性は、圭史郎さんの姿を目にして笑みを弾けさせる。
「圭史郎! 久しぶりだな。俺のこと、覚えてるか?」
どうやら彼は圭史郎さんの友人らしい。三十代くらいの男性だが、私とは初対面だ。
瞬きをひとつした圭史郎さんは双眸を細めた。
「誰だ?」
「おいおい。高橋雄生だよ。同じクラスだったろ」
「……ああ、思い出した。俺にいろいろと話しかけてきた奴のうちのひとりだな」
「おまえは高校生のときと変わらないな。話し方もそうだけど、若々しくて全然年をとってないみたいじゃないか」
邪気のない高橋さんの言葉に、ぎくりとした私は笑みを引きつらせる。
永遠の高校二年生である圭史郎さんにはこれまで数々の同級生がいたわけで、彼らは年を追うごとに高校を卒業し、成人していったのだ。再会した圭史郎さんが当時のままの姿なのは不思議に思うだろう。圭史郎さんの性格上、詳しい事情をクラスメイトに話しているとも思えない。
圭史郎さんが無愛想に視線を逸らすと、高橋さんは私に目を向けてきた。
「こちらは……? もしかして、圭史郎の彼女さんですか?」
「えっ⁉ いえ、彼女じゃありません! 私は花湯屋の若女将を務めております、花野優香と申します」
恋人と思い違いをされそうになったので慌てて否定すると、なぜか圭史郎さんの眉間の皺が深くなる。
せっかく同級生が訪問してくれたというのに、朝から険悪な雰囲気が形成されてしまいそうだ。
「若女将さんでしたか。失礼しました。ということは、もちろん……あやかしについてご存じですよね?」
声をひそめた高橋さんは周囲を気にしつつ問いかける。彼は花湯屋が、あやかしも訪れる宿ということは知っているらしい。圭史郎さんから聞いていたのかもしれない。
ただ、高橋さんにはどこか後ろめたさが漂っているのが少々気になった。
それにひどく憔悴しているようで顔色が悪く、無精ひげが伸び、睡眠不足なのか目が赤い。
「もちろんです。臙脂の暖簾の向こうは、あやかしのお客様が泊まれるお宿ですから」
「そうですか……。圭史郎から昔、ちらっと聞いたんですよ。あの頃は、あやかしだの妖怪だの信じていませんでしたが……」
言いにくそうに濁して視線をさまよわせる高橋さんは、何か事情を抱えているようだった。
そのとき、助手席にのっていた小さな子が窓越しに語りかける。
「ぱーぱ! わんわん!」
毛糸の帽子を被っている小さな子は笑顔でコロさんを指差している。やはり、この子にはあやかしが見えているようだ。
高橋さんは指差された方向にちらりと目を向けたが、苦々しい顔をして助手席のドアを開けた。チャイルドシートからふわふわのコートを纏った子を抱き上げる。
「この子は俺の息子で、光希という名前だ。三歳になったばかりだ」
「ぱーぱ、わんわん」
「わんわんがいるのか、そうか」
光希君がコロさんを指差して父親に伝えようとしているが、高橋さんは困ったように光希君の顔を眺めている。どうにか主張しようとしたのか、光希君は手をばたつかせた。
「ぱーぱ、ぱーぱ……」
腕を振り上げた拍子に、光希君が被っていた毛糸の帽子に手がぶつかる。星の模様が描かれた帽子は、ぽろりと落ちてしまった。
彼の頭を目にした私は瞠目する。
ふさふさの毛に覆われた褐色の耳がふたつ、ぴんと立っている。
もしかしてカチューシャかと思ったけれど、それを高橋さんの態度が否定した。
「だめだ、光希! 帽子を取るなと言っただろう!」
怒られた光希君は、顔を歪めてしまった。
直後に猛烈な泣き声が響き渡る。
「ふぎゃああああああぁ……ああああん」
私は慌てて帽子を拾い上げ、光希君の頭に被せる。けれど、彼は泣きやんでくれない。
嘆息した圭史郎さんはスコップを持つと、踵を返した。
「人目につくから中に入れよ。詳しい話を聞こう」
私たちは臙脂の暖簾をくぐり、談話室へと足を向けた。
ストーブの暖かな灯火に、ほっと一息吐いて防寒具を脱ぐ。
場所を移動して気分が変わったのか、光希君は泣き叫ぶのをやめたけれど、ぐずぐずとして涙を浮かべていた。
高橋さんは戸惑いを見せつつ、光希君のポンチョ型のコートを外す。すると小さなズボンからは、大きな尻尾がはみ出した。
ソファに腰を下ろした圭史郎さんは事も無げに指摘する。
「随分と立派な尻尾だな。高橋の嫁さんは、あやかしなのか」
「圭史郎! 久しぶりだな。俺のこと、覚えてるか?」
どうやら彼は圭史郎さんの友人らしい。三十代くらいの男性だが、私とは初対面だ。
瞬きをひとつした圭史郎さんは双眸を細めた。
「誰だ?」
「おいおい。高橋雄生だよ。同じクラスだったろ」
「……ああ、思い出した。俺にいろいろと話しかけてきた奴のうちのひとりだな」
「おまえは高校生のときと変わらないな。話し方もそうだけど、若々しくて全然年をとってないみたいじゃないか」
邪気のない高橋さんの言葉に、ぎくりとした私は笑みを引きつらせる。
永遠の高校二年生である圭史郎さんにはこれまで数々の同級生がいたわけで、彼らは年を追うごとに高校を卒業し、成人していったのだ。再会した圭史郎さんが当時のままの姿なのは不思議に思うだろう。圭史郎さんの性格上、詳しい事情をクラスメイトに話しているとも思えない。
圭史郎さんが無愛想に視線を逸らすと、高橋さんは私に目を向けてきた。
「こちらは……? もしかして、圭史郎の彼女さんですか?」
「えっ⁉ いえ、彼女じゃありません! 私は花湯屋の若女将を務めております、花野優香と申します」
恋人と思い違いをされそうになったので慌てて否定すると、なぜか圭史郎さんの眉間の皺が深くなる。
せっかく同級生が訪問してくれたというのに、朝から険悪な雰囲気が形成されてしまいそうだ。
「若女将さんでしたか。失礼しました。ということは、もちろん……あやかしについてご存じですよね?」
声をひそめた高橋さんは周囲を気にしつつ問いかける。彼は花湯屋が、あやかしも訪れる宿ということは知っているらしい。圭史郎さんから聞いていたのかもしれない。
ただ、高橋さんにはどこか後ろめたさが漂っているのが少々気になった。
それにひどく憔悴しているようで顔色が悪く、無精ひげが伸び、睡眠不足なのか目が赤い。
「もちろんです。臙脂の暖簾の向こうは、あやかしのお客様が泊まれるお宿ですから」
「そうですか……。圭史郎から昔、ちらっと聞いたんですよ。あの頃は、あやかしだの妖怪だの信じていませんでしたが……」
言いにくそうに濁して視線をさまよわせる高橋さんは、何か事情を抱えているようだった。
そのとき、助手席にのっていた小さな子が窓越しに語りかける。
「ぱーぱ! わんわん!」
毛糸の帽子を被っている小さな子は笑顔でコロさんを指差している。やはり、この子にはあやかしが見えているようだ。
高橋さんは指差された方向にちらりと目を向けたが、苦々しい顔をして助手席のドアを開けた。チャイルドシートからふわふわのコートを纏った子を抱き上げる。
「この子は俺の息子で、光希という名前だ。三歳になったばかりだ」
「ぱーぱ、わんわん」
「わんわんがいるのか、そうか」
光希君がコロさんを指差して父親に伝えようとしているが、高橋さんは困ったように光希君の顔を眺めている。どうにか主張しようとしたのか、光希君は手をばたつかせた。
「ぱーぱ、ぱーぱ……」
腕を振り上げた拍子に、光希君が被っていた毛糸の帽子に手がぶつかる。星の模様が描かれた帽子は、ぽろりと落ちてしまった。
彼の頭を目にした私は瞠目する。
ふさふさの毛に覆われた褐色の耳がふたつ、ぴんと立っている。
もしかしてカチューシャかと思ったけれど、それを高橋さんの態度が否定した。
「だめだ、光希! 帽子を取るなと言っただろう!」
怒られた光希君は、顔を歪めてしまった。
直後に猛烈な泣き声が響き渡る。
「ふぎゃああああああぁ……ああああん」
私は慌てて帽子を拾い上げ、光希君の頭に被せる。けれど、彼は泣きやんでくれない。
嘆息した圭史郎さんはスコップを持つと、踵を返した。
「人目につくから中に入れよ。詳しい話を聞こう」
私たちは臙脂の暖簾をくぐり、談話室へと足を向けた。
ストーブの暖かな灯火に、ほっと一息吐いて防寒具を脱ぐ。
場所を移動して気分が変わったのか、光希君は泣き叫ぶのをやめたけれど、ぐずぐずとして涙を浮かべていた。
高橋さんは戸惑いを見せつつ、光希君のポンチョ型のコートを外す。すると小さなズボンからは、大きな尻尾がはみ出した。
ソファに腰を下ろした圭史郎さんは事も無げに指摘する。
「随分と立派な尻尾だな。高橋の嫁さんは、あやかしなのか」
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