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第二章 ムゾウ
よもぎクッキー 1
ムゾウは、ククル以外のあやかしと仲良くした経験がないようだ。彼がこれまで、いかに階級が上のあやかしたちに虐げられてきたのかが垣間見えて、私は哀しい気持ちになった。
ククルも花湯屋に手紙を届けに来てくれたとき、カラスたちにいじめられていた。半妖の彼女も、今まで哀しい目に遭ってきたに違いない。
せめて花湯屋では、ムゾウとククルに心地好く過ごしてもらいたかった。
「花湯屋では階級は関係ありませんから。みなさんは等しくお客様ですからね」
「ははあ。それは若女将さまが『あやかし使い』という上級の身分なので言えることでありまして、ぼくのような最下級のあやかしには超えられない壁というものが……ん? どうした、ククル」
話が長くなりそうなムゾウを、ククルが軽く嘴で突いた。先程はひどく疲れていたククルだけれど、少々休んだら回復したようだ。
「クルッポ、クルルル」
「そういえば、凜子さんへのお土産を作るために花湯屋を訪れたんだったな。ぼくのアイデンティティについて話してる場合じゃなかった。若女将さま、どうかお菓子作りをさせてください。……といっても、ぼくはお菓子なんて作ったことがないのですが」
「大丈夫ですよ。みんなで作りましょう」
その言葉に、茜と蒼龍は目を煌めかせて立ち上がった。
「あたしも手伝うね!」
「オレもやる! どんなお菓子を作るんだ?」
「そうですね……。明日持っていくわけですから、保存できて、食べやすいものがいいでしょうか。とりあえず厨房に行ってみましょう。圭史郎さんが準備してくれていると思いますよ」
みんなで厨房へ向かうため、談話室を出る。ククルは疲労が溜まっているだろうから、私が腕に抱えた。ところがムゾウはソファの座面から落下するように、ぼとりと床に下りた。泥の体なので怪我はしないようだが、懸命に体を揺らしても扉に辿り着くまで時間がかかる。
「はあはあ……ぼくは愚鈍な泥なので……みなさん、先に行ってください」
「あたしたちが連れていってあげる。よいしょ」
「泥の体はどろどろするね。よいしょ」
茜と蒼龍はふたりでムゾウの体を持ち上げた。変幻自在な泥のムゾウは大きく広がり、まるで雨よけのシートのようになって頭上に掲げた子鬼たちに運ばれる。
「わあああ⁉ ちょっと、ぼくは持ち上げられるなんて初めてなんですけども⁉」
驚くムゾウを連れて、ふたりは厨房への廊下を駆けていった。私は微笑みながらククルとともについていく。
厨房へ入ると、圭史郎さんはすでにいたが、料理人の遊佐さんと何やら話し込んでいた。
ククルを抱えている私に気づいた遊佐さんは、丁寧に頭を下げる。
「いらっしゃいませ、お客様。今日は土産用のお菓子作りだそうですね」
「クルッ……ポゥ」
「ラッピング用品はいろいろとありますから、お好きなものをお使いください」
そう言って遊佐さんは、綺麗な柄が印刷された小袋やリボンを引き出しから取り出し、作業台に並べた。ほかにも型抜きやお菓子作り用のパウダーなどが用意される。
歓声を上げた子鬼たちはムゾウを抱えながら作業台へジャンプする。ククルも私の腕から羽ばたき、みんなでファンシーなラッピング用品を眺めた。
どうやら遊佐さんは、ククルが凜子さんへプレゼントするお菓子を作るのだと思っているらしい。彼には半妖であるククルしかあやかしが見えていない。圭史郎さんの説明が曲解して伝わってしまったようだ。
「あたし、ピンクのリボンね。遊佐、ありがと。あっち行って」
「オレはこのでっかい袋がいい。遊佐、ありがと。あっち行っていいぞ」
感謝を伝えながらも、子鬼たちは人間である遊佐さんには辛辣である。
彼らの言葉は聞こえていないはずなのに、遊佐さんは察知したかのように黙して厨房を出て行った。
「圭史郎さん……遊佐さんは少し誤解してませんでした?」
「今日の泊まり客から、土産の菓子作りをしたいという要望が出ている……と話しただけだ。遊佐さんのアドバイスにより、作成するのはクッキーになった」
気怠そうな圭史郎さんは、やる気がないようだ。凜子さんは存在しないと断言していたので、お土産を作っても渡す相手がいないと思っているのだろう。
クッキーと聞いた子鬼たちは、喜んで飛び跳ねた。
「わぁい、クッキーだね。おいしいよね」
「おいしいよね。プレゼントしてもらう人も、きっと喜んでくれるぞ」
心なしか、ククルの表情も和らいでいるように見える。
けれどムゾウは不安げに体を揺らめかせた。
「クッキー……聞いたことはありますけど、それはいったいどんなお菓子なのでしょうか。いえ、どんなお菓子かというより、凜子さんが喜んでくれるような物体なのでしょうか……」
ムゾウはクッキーを見たことも食べたこともないらしい。
腰に手を当てた茜は、端的に解説した。
「さくさくだね。あたしは大好き」
同じポースをした蒼龍も、楽しげに言う。
「オレ知ってる。小麦粉と砂糖で作るんだぞ」
「べーきんぐぱうだーもね。まずはそれを混ぜ合わせるの。優香、ボウルを出して」
「はい、わかりました」
今日は子鬼たちが主導してくれそうだ。クッキーなら私も作ったことがある。
大きめのボウルを取り出し、それに計った小麦粉と少々の塩、ベーキングパウダーを投入する。茜と蒼龍は、ひっくり返した茶碗の上にのり、泡立て器をかまえた。うんしょうんしょと、ふたりで懸命に粉を混ぜ合わせる。
ククルも花湯屋に手紙を届けに来てくれたとき、カラスたちにいじめられていた。半妖の彼女も、今まで哀しい目に遭ってきたに違いない。
せめて花湯屋では、ムゾウとククルに心地好く過ごしてもらいたかった。
「花湯屋では階級は関係ありませんから。みなさんは等しくお客様ですからね」
「ははあ。それは若女将さまが『あやかし使い』という上級の身分なので言えることでありまして、ぼくのような最下級のあやかしには超えられない壁というものが……ん? どうした、ククル」
話が長くなりそうなムゾウを、ククルが軽く嘴で突いた。先程はひどく疲れていたククルだけれど、少々休んだら回復したようだ。
「クルッポ、クルルル」
「そういえば、凜子さんへのお土産を作るために花湯屋を訪れたんだったな。ぼくのアイデンティティについて話してる場合じゃなかった。若女将さま、どうかお菓子作りをさせてください。……といっても、ぼくはお菓子なんて作ったことがないのですが」
「大丈夫ですよ。みんなで作りましょう」
その言葉に、茜と蒼龍は目を煌めかせて立ち上がった。
「あたしも手伝うね!」
「オレもやる! どんなお菓子を作るんだ?」
「そうですね……。明日持っていくわけですから、保存できて、食べやすいものがいいでしょうか。とりあえず厨房に行ってみましょう。圭史郎さんが準備してくれていると思いますよ」
みんなで厨房へ向かうため、談話室を出る。ククルは疲労が溜まっているだろうから、私が腕に抱えた。ところがムゾウはソファの座面から落下するように、ぼとりと床に下りた。泥の体なので怪我はしないようだが、懸命に体を揺らしても扉に辿り着くまで時間がかかる。
「はあはあ……ぼくは愚鈍な泥なので……みなさん、先に行ってください」
「あたしたちが連れていってあげる。よいしょ」
「泥の体はどろどろするね。よいしょ」
茜と蒼龍はふたりでムゾウの体を持ち上げた。変幻自在な泥のムゾウは大きく広がり、まるで雨よけのシートのようになって頭上に掲げた子鬼たちに運ばれる。
「わあああ⁉ ちょっと、ぼくは持ち上げられるなんて初めてなんですけども⁉」
驚くムゾウを連れて、ふたりは厨房への廊下を駆けていった。私は微笑みながらククルとともについていく。
厨房へ入ると、圭史郎さんはすでにいたが、料理人の遊佐さんと何やら話し込んでいた。
ククルを抱えている私に気づいた遊佐さんは、丁寧に頭を下げる。
「いらっしゃいませ、お客様。今日は土産用のお菓子作りだそうですね」
「クルッ……ポゥ」
「ラッピング用品はいろいろとありますから、お好きなものをお使いください」
そう言って遊佐さんは、綺麗な柄が印刷された小袋やリボンを引き出しから取り出し、作業台に並べた。ほかにも型抜きやお菓子作り用のパウダーなどが用意される。
歓声を上げた子鬼たちはムゾウを抱えながら作業台へジャンプする。ククルも私の腕から羽ばたき、みんなでファンシーなラッピング用品を眺めた。
どうやら遊佐さんは、ククルが凜子さんへプレゼントするお菓子を作るのだと思っているらしい。彼には半妖であるククルしかあやかしが見えていない。圭史郎さんの説明が曲解して伝わってしまったようだ。
「あたし、ピンクのリボンね。遊佐、ありがと。あっち行って」
「オレはこのでっかい袋がいい。遊佐、ありがと。あっち行っていいぞ」
感謝を伝えながらも、子鬼たちは人間である遊佐さんには辛辣である。
彼らの言葉は聞こえていないはずなのに、遊佐さんは察知したかのように黙して厨房を出て行った。
「圭史郎さん……遊佐さんは少し誤解してませんでした?」
「今日の泊まり客から、土産の菓子作りをしたいという要望が出ている……と話しただけだ。遊佐さんのアドバイスにより、作成するのはクッキーになった」
気怠そうな圭史郎さんは、やる気がないようだ。凜子さんは存在しないと断言していたので、お土産を作っても渡す相手がいないと思っているのだろう。
クッキーと聞いた子鬼たちは、喜んで飛び跳ねた。
「わぁい、クッキーだね。おいしいよね」
「おいしいよね。プレゼントしてもらう人も、きっと喜んでくれるぞ」
心なしか、ククルの表情も和らいでいるように見える。
けれどムゾウは不安げに体を揺らめかせた。
「クッキー……聞いたことはありますけど、それはいったいどんなお菓子なのでしょうか。いえ、どんなお菓子かというより、凜子さんが喜んでくれるような物体なのでしょうか……」
ムゾウはクッキーを見たことも食べたこともないらしい。
腰に手を当てた茜は、端的に解説した。
「さくさくだね。あたしは大好き」
同じポースをした蒼龍も、楽しげに言う。
「オレ知ってる。小麦粉と砂糖で作るんだぞ」
「べーきんぐぱうだーもね。まずはそれを混ぜ合わせるの。優香、ボウルを出して」
「はい、わかりました」
今日は子鬼たちが主導してくれそうだ。クッキーなら私も作ったことがある。
大きめのボウルを取り出し、それに計った小麦粉と少々の塩、ベーキングパウダーを投入する。茜と蒼龍は、ひっくり返した茶碗の上にのり、泡立て器をかまえた。うんしょうんしょと、ふたりで懸命に粉を混ぜ合わせる。
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