みちのく銀山温泉

沖田弥子

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第三章 地獄の道具師

秘密の銀鉱へ

「内側は無事でしょうか。もしかして銀粒が引っかかって……」

 ひょうたんの口に顔を突き出し、中を覗いたそのとき。
 ぐらりと傾いだ私の体が宙を舞う。

「あっ……」

 漆黒の闇の中、落ちていく。子鬼たちが私を呼ぶ声が、遠くに聞こえた。
 失神したのだろうか……
 天地の感覚がない。けれど意識は明瞭だった。瞬きをすると、瞼は私の意思に応えた。
 やがて視界に、きらきらと星空のような眩い煌めきが広がる。まるで山の頂上で見る天の川みたいだ。
 綺麗……と、ぼんやり思いながら手をつく。
 ふと気づくと、私は洞窟のようなところに座り込んでいた。

「ここは……? 神棚の小部屋にいたはずなのに……」

 立ち上がってみると、洞窟はそれほど広くはなく、こぢんまりとした場所だった。身を屈めなくともよいくらいの天井高である。曲がりくねる洞窟の向こうは暗くてよく見えない。
 洞窟内は暗闇ではないことに気づき、はっとした。
 見上げると、辺りは燦爛とした輝きに満ちている。洞窟の天井や壁、そして床までも、星の明かりのように光り輝いているのだ。

「もしかして、これは銀……?」

 鉱石そのものが、宝石のように光るなんてことがあるのだろうか。
 不思議なその光は、そっと壁に触れてみると、ふいに掻き消えた。

「あ……消えた?」

 私が手を触れたところのみが、褐色の壁に変化している。触ってはいけないらしい。
 そのとき、洞窟を柔らかく振動させるかのような声が響いてきた。

『人間の手は熱すぎる……私の体には、あやかししか触れられないのだよ……』
「どなたですか? もしかして、あなたは……」

 母を思わせる慈愛に満ちた声の持ち主に、心当たりがあった。
 秘密の銀鉱の主として、幾度となくあやかしたちから名の出た、上級あやかしを超える存在。

「銀山さん……あなたは、銀山さんなのですね?」
『そうだね……私は名もなき者だけれど、あやかしたちがそう名づけてくれたよ……』
「私は花湯屋の若女将、花野優香です。銀山さんのことは、あやかしたちから聞いていました」

 銀山さんは開業したときから花湯屋を、そして銀山温泉を見守っていてくれたあやかしなのだ。ようやく銀山さんに会えたことで、感激が胸に広がる。
 洞窟内は銀山さんの声に合わせるように、眩く光り輝いた。

『近頃は子鬼たちが訪れて、若女将の話をしてくれるよ。ここを訪れた人間は、おゆうのほかにはあなただけ。私は若女将の優香に会えて、嬉しいよ……』

 きっと初代当主のおゆうさんが花湯屋を開業するにあたって、銀山さんから銀を借りる約束事を取り交わしてくれたのだろう。彼女がいてくれなければ、今日の花湯屋も存在しなかった。何百年も前のご先祖様なので、もちろん会ったことはないけれど、感謝の念に堪えない。

「私も銀山さんに会えて嬉しいです。するとここが、あやかしたちが銀を採取している秘密の銀鉱なのですね」
『ああ、そうだね……優香が今いるところは、私の体内なのだよ。あやかしたちに貸している銀粒は、私の体の欠片ということだね……』

 お代として頂戴していた銀粒は、銀山さんの体の一部だったのだ。人間でいえば、髪や爪にあたるのだろう。鉱石ではなく完成した銀の状態なので不思議に思っていたけれど、あやかしの欠片だったと知り、納得した。

「そうだったのですね。でも、どうして人間の私があやかししか出入りできないはずのところに来られたんでしょう?」

 秘密の銀鉱には、あやかしのみが出入りできるという噂だった。銀山さんに会えて嬉しいけれど、手が触れると熱いということは、人間の私が長居しては銀山さんの体によくない影響を与えるかもしれない。こうなったのもやはり、あのひょうたんが原因なのだろうか。
 銀山さんは物憂げに声をひそめた。

『どうやら、ひょうたんが壊れてしまったようだね……そのせいで銀粒が戻らず、代わりに優香が吸い込まれてしまったのだよ』
「やっぱり、ひょうたんの故障なんですね。急いで花湯屋に戻って、修理してみます」
『修復は、作り上げた者に任せるといいよ。ほら、そこに……』

 ふと振り向くと、洞窟の向こうに人影があった。秘密の銀鉱に、ほかにも誰かいるのだ。
 おそるおそる近づいてみると、それは大きな荷物を背負った男性のようだった。古風な和装を纏っているのに、髪は銀色に光り輝いている。そのアンバランスさが斬新に目に映り、また奇妙でもあった。
 口元をストールで覆い隠したその男性は、私の姿を瞬きもせずに見つめると、こう呟いた。

「おゆう……」
「えっ?」

 初代当主であるおゆうさんの名を口にしたこの人は、何者だろう。
 ここには、あやかししか入れないはずだけれど、彼の佇まいは人間のように見える。
 男性はためらいもせず大股で近づき、私の前に立つ。彼は見開いていた双眸を細めた。不遜を匂わせるそんな仕草が、なぜか圭史郎さんを彷彿とさせた。

「いや、そんなはずはない。おゆうは遙か昔に死んだのだから。そなたは何者だ?」
「私は花湯屋の若女将です。名前は優香といいます」
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