みちのく銀山温泉

沖田弥子

文字の大きさ
82 / 88
第三章 地獄の道具師

青菜漬け 2

しおりを挟む
「放っておけ。作業中に話しかけても黙殺されるだけだ。終わったらアカザから声をかけてくる」
「そうですね。邪魔にならないよう、静かにしていますね」

 それから三日三晩が経過した。
 アカザは寝食をとらず、ずっと小部屋に籠もってひょうたんを修理していた。あやかしとはいえ、すごい集中力だ。
 子鬼たちと小豆は鬼ごっこをして仲良く遊んでいる。室内のストーブにかけられたやかんから噴き出した真っ白な蒸気が、談話室の窓に映る、ちらちらと降る雪の白さと重なり合う。もうすぐ冬が終わりを迎えることを、私は少し寂しく思った。
 そのとき、すらりと隣室に続く戸が開いた。
 作務衣のような上衣とズボン姿のアカザは平然として私たちに声をかける。

「終わったぞ」
「直ったんですか⁉」
「無論だ。おれが終わったというからには、完全に修復したのだ」

 慌てて腰を上げ、隣室へ赴く。
 ひょうたんの姿は以前と変わらなかったが、亀裂が入っていた部分を見てみると、すっかり綺麗になっていた。まるで何事もなかったかのように、表面はつるりとしている。

「すごいですね! ヒビがなくなってます」
「銀粒を入れてみよ」

 アカザが差し出した銀粒を受け取り、ひょうたんの口にそっと近づける。
 銀粒を指先から離すと、リーン……という流麗な音色を奏でた。銀は無事に吸い込まれ、銀山さんのもとへ戻ったのだ。

「よかった。いつもどおりの音がしました」
「この音色は、銀が共鳴している証なのだ。わかりやすく言うと、あるべきところへ帰れた銀の喜びの声ということだな」
「そうだったんですね。ひょうたんを修理していただいて、ありがとうございました」

 丁寧に頭を下げると、アカザはしばらく黙していた。どうしたのだろうと思い、顔を上げると、彼は瞬きもせずに私を見下ろしている。

「やはり、よく似ている。生き写しとは皮肉な言葉だ」
「え?」
「いや、礼には及ばない。死者の影を追うなど哀しきことだからな」

 私が、おゆうさんに似ているということについてだろうか。彼女がすでに亡くなっているのは無論アカザも承知しているわけだけれど、私を見るたびにおゆうさんの面影を思い出すようだ。
 アカザにとっても、おゆうさんは特別な存在だったのかもしれない。
 談話室へ戻ると、圭史郎さんは器に盛りつけた青菜漬けをテーブルにのせていた。先日、本漬けした青菜が完成したのだ。

「圭史郎さん、ひょうたんが直りましたよ!」
「そうだろうな。音がやんだから、そろそろかと思っていた。やることが終わったなら、青菜を食べてさっさと地獄へ帰れよ、アカザ」

 青々とした青菜漬けには鷹の爪が入っているので、食べるとピリリと辛いだろう。圭史郎さんの態度ほどではないと思えるけれど。
 ソファに腰を下ろしたアカザは目を細めて青菜漬けを眺めた。

「影の腕はどれほど上がったであろうな。ひとつ食べてみるか」
「あのな。俺の名は圭史郎だ。おまえの嫌味は直球すぎるんだよ」
「さて。嫌味とは何のことやら。おれは年寄りゆえ、最近のことはわからぬな。そなたの名は影だと思ったが、違ったのか」
「年寄りなら帰って寝ろ」

 応酬を繰り出した両者は箸を手にする。私もふたりに挟まれて視線を往復させつつ、小皿に手を伸ばした。
 艶めいた深緑色の青菜を口に運ぶ。
 シャキシャキとした歯ごたえとともに、口の中いっぱいに醤油の芳香と塩辛さが広がった。漬け物なのでしょっぱいのは当たり前なのだけれど、後味はまろやかで、甘さを感じる。

「んん……これ、癖になる味ですね。甘塩っぱいというか……おかわりしたくなります」
「そうであろう。青菜は深みのある味わいなのだ。これを食べると、山形の冬を実感できる」

 アカザにとって青菜漬けは、山形を象徴する思い出の味なのかもしれない。
 しばらくみんなで黙々と青菜漬けを食した。とにかく一度食べ始めると止まらないのである。途中、お茶を淹れて喉を潤したが、器に盛られた青菜漬けはすべてなくなってしまった。
 箸を置いたアカザは、湯呑みの茶を啜る。

「美味であった。花湯屋は変わらず平穏なようだな。あやかしの見える若女将もいることだし、当分は安泰であろう」
「偉そうに言うな。もう来なくていいぞ」

 どうにもこのふたりは仲がよいのか悪いのかわからない。
 私は険悪にならないよう、明るい声を出した。

「そうだ。アカザにひょうたんを修理してくれたお礼をしないといけませんね」

 そう言った途端、圭史郎さんが腰を浮かせる。余計なことを言うなという台詞が飛んでくる前に、微笑を浮かべたアカザはすぐに述べた。

「優香がそんなに言うのならば、礼をしてもらおうか。なに、とても簡単なことだ。実はな、おれがこのたび地上を訪れたのは、ひょうたんを修理するためだけではない。ある男との約束を実行するためでもあるのだ。だがそれが困難になったので、そなたたちに相談にのってほしいのだよ」
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつもりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。