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第三章 地獄の道具師
青菜漬け 2
「放っておけ。作業中に話しかけても黙殺されるだけだ。終わったらアカザから声をかけてくる」
「そうですね。邪魔にならないよう、静かにしていますね」
それから三日三晩が経過した。
アカザは寝食をとらず、ずっと小部屋に籠もってひょうたんを修理していた。あやかしとはいえ、すごい集中力だ。
子鬼たちと小豆は鬼ごっこをして仲良く遊んでいる。室内のストーブにかけられたやかんから噴き出した真っ白な蒸気が、談話室の窓に映る、ちらちらと降る雪の白さと重なり合う。もうすぐ冬が終わりを迎えることを、私は少し寂しく思った。
そのとき、すらりと隣室に続く戸が開いた。
作務衣のような上衣とズボン姿のアカザは平然として私たちに声をかける。
「終わったぞ」
「直ったんですか⁉」
「無論だ。おれが終わったというからには、完全に修復したのだ」
慌てて腰を上げ、隣室へ赴く。
ひょうたんの姿は以前と変わらなかったが、亀裂が入っていた部分を見てみると、すっかり綺麗になっていた。まるで何事もなかったかのように、表面はつるりとしている。
「すごいですね! ヒビがなくなってます」
「銀粒を入れてみよ」
アカザが差し出した銀粒を受け取り、ひょうたんの口にそっと近づける。
銀粒を指先から離すと、リーン……という流麗な音色を奏でた。銀は無事に吸い込まれ、銀山さんのもとへ戻ったのだ。
「よかった。いつもどおりの音がしました」
「この音色は、銀が共鳴している証なのだ。わかりやすく言うと、あるべきところへ帰れた銀の喜びの声ということだな」
「そうだったんですね。ひょうたんを修理していただいて、ありがとうございました」
丁寧に頭を下げると、アカザはしばらく黙していた。どうしたのだろうと思い、顔を上げると、彼は瞬きもせずに私を見下ろしている。
「やはり、よく似ている。生き写しとは皮肉な言葉だ」
「え?」
「いや、礼には及ばない。死者の影を追うなど哀しきことだからな」
私が、おゆうさんに似ているということについてだろうか。彼女がすでに亡くなっているのは無論アカザも承知しているわけだけれど、私を見るたびにおゆうさんの面影を思い出すようだ。
アカザにとっても、おゆうさんは特別な存在だったのかもしれない。
談話室へ戻ると、圭史郎さんは器に盛りつけた青菜漬けをテーブルにのせていた。先日、本漬けした青菜が完成したのだ。
「圭史郎さん、ひょうたんが直りましたよ!」
「そうだろうな。音がやんだから、そろそろかと思っていた。やることが終わったなら、青菜を食べてさっさと地獄へ帰れよ、アカザ」
青々とした青菜漬けには鷹の爪が入っているので、食べるとピリリと辛いだろう。圭史郎さんの態度ほどではないと思えるけれど。
ソファに腰を下ろしたアカザは目を細めて青菜漬けを眺めた。
「影の腕はどれほど上がったであろうな。ひとつ食べてみるか」
「あのな。俺の名は圭史郎だ。おまえの嫌味は直球すぎるんだよ」
「さて。嫌味とは何のことやら。おれは年寄りゆえ、最近のことはわからぬな。そなたの名は影だと思ったが、違ったのか」
「年寄りなら帰って寝ろ」
応酬を繰り出した両者は箸を手にする。私もふたりに挟まれて視線を往復させつつ、小皿に手を伸ばした。
艶めいた深緑色の青菜を口に運ぶ。
シャキシャキとした歯ごたえとともに、口の中いっぱいに醤油の芳香と塩辛さが広がった。漬け物なのでしょっぱいのは当たり前なのだけれど、後味はまろやかで、甘さを感じる。
「んん……これ、癖になる味ですね。甘塩っぱいというか……おかわりしたくなります」
「そうであろう。青菜は深みのある味わいなのだ。これを食べると、山形の冬を実感できる」
アカザにとって青菜漬けは、山形を象徴する思い出の味なのかもしれない。
しばらくみんなで黙々と青菜漬けを食した。とにかく一度食べ始めると止まらないのである。途中、お茶を淹れて喉を潤したが、器に盛られた青菜漬けはすべてなくなってしまった。
箸を置いたアカザは、湯呑みの茶を啜る。
「美味であった。花湯屋は変わらず平穏なようだな。あやかしの見える若女将もいることだし、当分は安泰であろう」
「偉そうに言うな。もう来なくていいぞ」
どうにもこのふたりは仲がよいのか悪いのかわからない。
私は険悪にならないよう、明るい声を出した。
「そうだ。アカザにひょうたんを修理してくれたお礼をしないといけませんね」
そう言った途端、圭史郎さんが腰を浮かせる。余計なことを言うなという台詞が飛んでくる前に、微笑を浮かべたアカザはすぐに述べた。
「優香がそんなに言うのならば、礼をしてもらおうか。なに、とても簡単なことだ。実はな、おれがこのたび地上を訪れたのは、ひょうたんを修理するためだけではない。ある男との約束を実行するためでもあるのだ。だがそれが困難になったので、そなたたちに相談にのってほしいのだよ」
「そうですね。邪魔にならないよう、静かにしていますね」
それから三日三晩が経過した。
アカザは寝食をとらず、ずっと小部屋に籠もってひょうたんを修理していた。あやかしとはいえ、すごい集中力だ。
子鬼たちと小豆は鬼ごっこをして仲良く遊んでいる。室内のストーブにかけられたやかんから噴き出した真っ白な蒸気が、談話室の窓に映る、ちらちらと降る雪の白さと重なり合う。もうすぐ冬が終わりを迎えることを、私は少し寂しく思った。
そのとき、すらりと隣室に続く戸が開いた。
作務衣のような上衣とズボン姿のアカザは平然として私たちに声をかける。
「終わったぞ」
「直ったんですか⁉」
「無論だ。おれが終わったというからには、完全に修復したのだ」
慌てて腰を上げ、隣室へ赴く。
ひょうたんの姿は以前と変わらなかったが、亀裂が入っていた部分を見てみると、すっかり綺麗になっていた。まるで何事もなかったかのように、表面はつるりとしている。
「すごいですね! ヒビがなくなってます」
「銀粒を入れてみよ」
アカザが差し出した銀粒を受け取り、ひょうたんの口にそっと近づける。
銀粒を指先から離すと、リーン……という流麗な音色を奏でた。銀は無事に吸い込まれ、銀山さんのもとへ戻ったのだ。
「よかった。いつもどおりの音がしました」
「この音色は、銀が共鳴している証なのだ。わかりやすく言うと、あるべきところへ帰れた銀の喜びの声ということだな」
「そうだったんですね。ひょうたんを修理していただいて、ありがとうございました」
丁寧に頭を下げると、アカザはしばらく黙していた。どうしたのだろうと思い、顔を上げると、彼は瞬きもせずに私を見下ろしている。
「やはり、よく似ている。生き写しとは皮肉な言葉だ」
「え?」
「いや、礼には及ばない。死者の影を追うなど哀しきことだからな」
私が、おゆうさんに似ているということについてだろうか。彼女がすでに亡くなっているのは無論アカザも承知しているわけだけれど、私を見るたびにおゆうさんの面影を思い出すようだ。
アカザにとっても、おゆうさんは特別な存在だったのかもしれない。
談話室へ戻ると、圭史郎さんは器に盛りつけた青菜漬けをテーブルにのせていた。先日、本漬けした青菜が完成したのだ。
「圭史郎さん、ひょうたんが直りましたよ!」
「そうだろうな。音がやんだから、そろそろかと思っていた。やることが終わったなら、青菜を食べてさっさと地獄へ帰れよ、アカザ」
青々とした青菜漬けには鷹の爪が入っているので、食べるとピリリと辛いだろう。圭史郎さんの態度ほどではないと思えるけれど。
ソファに腰を下ろしたアカザは目を細めて青菜漬けを眺めた。
「影の腕はどれほど上がったであろうな。ひとつ食べてみるか」
「あのな。俺の名は圭史郎だ。おまえの嫌味は直球すぎるんだよ」
「さて。嫌味とは何のことやら。おれは年寄りゆえ、最近のことはわからぬな。そなたの名は影だと思ったが、違ったのか」
「年寄りなら帰って寝ろ」
応酬を繰り出した両者は箸を手にする。私もふたりに挟まれて視線を往復させつつ、小皿に手を伸ばした。
艶めいた深緑色の青菜を口に運ぶ。
シャキシャキとした歯ごたえとともに、口の中いっぱいに醤油の芳香と塩辛さが広がった。漬け物なのでしょっぱいのは当たり前なのだけれど、後味はまろやかで、甘さを感じる。
「んん……これ、癖になる味ですね。甘塩っぱいというか……おかわりしたくなります」
「そうであろう。青菜は深みのある味わいなのだ。これを食べると、山形の冬を実感できる」
アカザにとって青菜漬けは、山形を象徴する思い出の味なのかもしれない。
しばらくみんなで黙々と青菜漬けを食した。とにかく一度食べ始めると止まらないのである。途中、お茶を淹れて喉を潤したが、器に盛られた青菜漬けはすべてなくなってしまった。
箸を置いたアカザは、湯呑みの茶を啜る。
「美味であった。花湯屋は変わらず平穏なようだな。あやかしの見える若女将もいることだし、当分は安泰であろう」
「偉そうに言うな。もう来なくていいぞ」
どうにもこのふたりは仲がよいのか悪いのかわからない。
私は険悪にならないよう、明るい声を出した。
「そうだ。アカザにひょうたんを修理してくれたお礼をしないといけませんね」
そう言った途端、圭史郎さんが腰を浮かせる。余計なことを言うなという台詞が飛んでくる前に、微笑を浮かべたアカザはすぐに述べた。
「優香がそんなに言うのならば、礼をしてもらおうか。なに、とても簡単なことだ。実はな、おれがこのたび地上を訪れたのは、ひょうたんを修理するためだけではない。ある男との約束を実行するためでもあるのだ。だがそれが困難になったので、そなたたちに相談にのってほしいのだよ」
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