煌めく氷のロマンシア

沖田弥子

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将校の疑念 2

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 ルカに構わず、イサークは机の抽斗から書類を取り出した。

「君の身上書なんだがな。住所の欄が空白なんだが。どこに住んでるんだ?」
「あっ……」

 正式に入団する際に事務上の手続きとして身上書を書かされたのだが、まさか紅宮殿に住んでいるとは明かせないので、住所は空白にして提出してしまったのだ。出身が遠方の団員は宿舎に住んでいるが、煌の場合は宿舎に泊まることもできない。仕事が終われば駆け足で帰っているので、仲間内では煌は近所に住んでいると思われている。
 口ごもる煌に、イサークは訝しげに眉を寄せた。

「住所を言えない事情があるのか?」
「あります」
「だが、そこに住んでいるんだよな? しかも君の暮らし向きは裕福で恵まれているのだと分かる。騎士団の任に就く者は身元を明らかにする必要があるんだ。皇子の特別侍従という特別職となれば尚更だ。俺の見たところ、君は貴族の屋敷に雇われた召使といった風情なんだが、どこの貴族なんだ?」

 傍目にも王子には見えないらしい。その理屈でいえばロマンシア皇家ということになるのだが、もちろん言えない。煌は必死に取り繕った。

「そのとおりです。貴族の屋敷に雇われた召使なんですが、さる事情から主人の名は明かせません。でも名の通った高名な御方ですので、主人も僕も決して怪しい者ではありません」

 黙して訊いていたルカは鼻で嗤う。彼くらい貴公子然としていると、鼻で嗤う姿も優雅に見えるからすごい。

「そんなに身分が高い貴族なら限られているよね。どうして言えないの? 召使という名の愛人だったりしてね」
「下世話な詮索はよせ。キラも気にするな。いつもの中尉の戯れ言だ」

 イサークは嗜めてくれたが、ルカの指摘は真実の脇を掠めていたので弁解もできない。
 目を泳がせて冷や汗の掻いた額を拭う煌の姿は、いかにも図星を指されたといった格好だった。ふたりの将校の探るような視線が痛い。
 そのとき、廊下を駆けてくる小さな靴音が響いた。ノックもなく、勢いよく扉が開かれる。将校室の扉を無許可で開くような人物はただひとりしかいない。

「いた! さがしたんだぞ、キラ。どうしてボクの部屋に来ないんだ」

 ワガママ皇子ことユーリイは不機嫌な顔で煌に詰め寄る。勉強の時間は教師が付いているが、それが終われば特別名誉隊長としての任務と称したキラ・ハルアとの剣の稽古だ。キラに必ず勝つと努力する姿は微笑ましいが、今のところ煌の全勝である。手加減しているのに、なぜか勝ってしまうのだ。

「ユーリイさま。ただいま大尉とお話中です。それにトナカイの世話も途中ですので、お稽古はそれが終わってからにしましょう」
「ダメ」

 あっさり言い放つ無敵の天使にむけた微笑が引き攣る。ユーリイは制服の裾を小さな手で掴んで離さない。

「お聞きわけください、ユーリイさま」

 屈んで目を合わせる。同じ目線の高さになったユーリイは唇を尖らせて上目遣いをした。

「じゃあ、ボクも手伝う。トナカイにえさをやる」
「分かりました。では一緒に厩舎へ行きましょう」

 イサークに目をむければ、軽く掌で示唆される。もう良いので皇子のお守りに就けということらしい。

「失礼いたしました」

 ユーリイのおかげで、ひとまず助かった。腕を引かれながら将校室を退去する間際、刺すようなルカの視線に肝が冷えたが、気を取り直して厩舎へ向かう。
 手を繫いで飛び跳ねるユーリイは先ほどの不機嫌は吹き飛んだようで、とても楽しそうだ。
 広場を横切ると、吹きつける寒風に首を竦める。煌はポケットに仕舞っていた毛糸の帽子を片手で取り出した。ふと、ユーリイは帽子に目を留める。

「それ」
「これですか? この帽子は僕が編んだ自作のものなんです」

 七色の毛糸の帽子は、赤、橙色、黄、緑、水色、青、紫と、虹の配列で編まれている。頂点に付いたポンポンは七色の混色だ。派手なので雪原にとても映える。
 ロマンシアでは貂など毛皮の帽子が重宝されているが、煌は毛糸で編んだ自作の帽子を被っていた。毛皮は確かに暖かいのだが、既製品では頭に馴染まない気がするのだ。自作すればサイズも自分用に合わせられるし、何より好きな色を組み合わせて編めるので、自分だけのオリジナルを作れる。
 ユーリイは言い出しにくそうに俯いている。青の眸が帽子を羨ましそうに、ちらりと見た。

「この帽子がほしいんですか? これはサイズが大きいから、ユーリイさまに同じのを作ってあげますよ」

 ぱっと顔を上げたユーリイの眸には喜びの欠片が散りばめられている。

「作れるのか⁉ 本当か」
「ええ。帽子は輪編みなので簡単ですよ。ユーリイさまのサイズなら一日で出来ます。耳当ても付けましょうね」
「本当か……。じゃあ、明日できるのか」
「はい。帰ったら頑張って編みますね。その前にお部屋で頭囲を測らせてください」
「うん、うん……。やったぁ……ありがとう、キラ!」

 ユーリイは感動したように両手の拳を握りしめて、涙ぐんでいた。
 そんなに毛糸の帽子が欲しかったのか。値段でいえば毛皮の帽子のほうがずっと高価なのだが、金銭的価値とは異なるところにユーリイの価値基準があるのだろう。
 厩舎へ着くと、ユーリイは迸る笑顔でトナカイの餌遣りや水汲みを手伝ってくれた。
 いつもは我儘ばかり言う特別名誉隊長の突然の変貌ぶりにエフィムたちは驚いていたが、小さなユーリイのお手伝いを微笑ましく見守ってくれた。
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