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姫の不貞 1
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支度を終えたので出仕しようと寝室を出たが、廊下から話し声が聞こえてきたので慌てて扉に身を隠す。リネンを交換するために訪れたメイドが残っていたらしい。彼女たちが去ってくれないと裏口に行けないのだが、メイドたちは噂話に興じているようだ。
「どこが病弱なのかしら。お食事はすべて召し上がるし、おまけにハルア侍従まで引き込むなんて」
「そうなのよ。なんて恥知らずなんでしょう。異国の姫は大胆なのねえ」
どうやら紗綾姫への不満らしいが、ハルア侍従と名指しされたので、ぎくりとする。
なぜキラ・ハルアの名が、メイドたちの口から出るのだろう。ハルア侍従としては紅宮殿のメイドたちとは何の繋がりもないのに。
ふと振り向くと、後ろに立っていた志音が無言で目配せをしてきた。志音は堂々と廊下を横切りながら、わざとらしく咳払いをする。途端に口を閉ざしたメイドたちは早足で去って行った。
「もう大丈夫ですよ、煌さま」
裏口への路を確保してくれた志音に促されて「行ってくる」と言いかけたが、ふと踏み止まる。
「志音。メイドたちが妙なことを話してたけど、ハルア侍従を引き込むって、どういう意味なんだ?」
視線を彷徨わせた志音だが、意を決して煌の顔を見上げた。
「実は、宮廷で噂になっているのです。紗綾姫と皇子の特別侍従キラ・ハルアが恋人関係にあると」
「え……、ええっ⁉」
「わたくしも驚きました。どうやらキラ・ハルアが紅宮殿の裏口から出入りしているのを、メイドが目撃したようなのです。それが誤解されて、姫と逢瀬を重ねているという噂が広まったようです」
しまった。毎日裏口から騎士団の制服を着て出入りしているので、いつ誰に見られてもおかしくなかった。裏口から続く塀沿いの路は狭く、誰にも遭遇したことはないのですっかり油断していた。
「まずいな。逢引きと思われても困るけど、真実を知られるわけにもいかないしな」
「そうなんです。でも事実を知られるよりは良いと思うんですよね。だって逢引きといっても、紗綾姫とキラ・ハルアが会っているところは絶対に誰にも見られないわけですから。あくまでも噂に過ぎませんよ」
理屈としてはそういうことになるわけだが、果たしてこの問題は噂だけで無事に済むだろうか。
皇帝の婚約者と皇子の侍従が恋人関係にあるだなんて、あるまじき醜聞だ。アレクの耳にも届いているかもしれない。
「煌さま、出仕のお時間です。遅れちゃいますよ」
「そうだな。とりあえず、行ってくる。この問題は帰ってから話し合おう」
「了解しました。いってらっしゃいませ」
後を志音に任せて紅宮殿の裏口から出る。今後は更に気をつけて出入りしなければならないだろう。
眩い朝陽に目を眇めて裏門を出ると、人影が目に入った。
ぎくりとして立ち止まる。現れたのは意外な人物だった。
「や、やあ。おはよう、エフィム。偶然だね、どうしたの?」
ぎこちなく声をかけたが、エフィムの驚愕を宿した顔つきを見れば、紅宮殿から出てきたところを見られたのは明白だった。騎士団員の彼は宿舎に寝泊まりしているはずだ。騎士団の宿舎は紅宮殿からは遠い場所にあり、偶然通りかかるということは有り得ない。なぜ、ここにいるのだろう。
エフィムはごくりと息を呑んで煌の傍にやってきた。
「キラ。おまえ、よく堂々としていられるな」
「え?」
「もう勅令は出てるはずだ。俺も報告するのは心苦しいが、一緒に将校室へ行こう」
どういうことだろう。勅令とは何だろう。
疑問符が浮かんだが、ひとまずエフィムと共に官邸へ赴く。
ノックをして将校室へ入ると、既にイサークとルカが険しい顔つきで待ち構えていた。
「エフィム。報告しろ」
イサークの威圧的な声音は誤魔化しを許さないことを言外に含んでいた。エフィムは戸惑いを浮かべて、ちらりと隣に立つ煌に目をむけたが、硬い表情で淡々と告げる。
「キラ・ハルアは昨夜、紅宮殿の裏門を通って裏口より侵入しました。そして今朝、同じ裏口より出てきたことを確認いたしました」
「……え」
何と、エフィムに張り込まれていたらしい。全く気づかなかった。
エフィムは申し訳なさそうに眉を下げた。
「すまない、キラ。大尉の命令なんだ」
「謝る必要はない。キラ・ハルア。紅宮殿に一晩中いて、何をしていたんだ?」
「……それは」
イサークの詰問に答えることができない。煌は唇を噛んで俯いた。
「どこが病弱なのかしら。お食事はすべて召し上がるし、おまけにハルア侍従まで引き込むなんて」
「そうなのよ。なんて恥知らずなんでしょう。異国の姫は大胆なのねえ」
どうやら紗綾姫への不満らしいが、ハルア侍従と名指しされたので、ぎくりとする。
なぜキラ・ハルアの名が、メイドたちの口から出るのだろう。ハルア侍従としては紅宮殿のメイドたちとは何の繋がりもないのに。
ふと振り向くと、後ろに立っていた志音が無言で目配せをしてきた。志音は堂々と廊下を横切りながら、わざとらしく咳払いをする。途端に口を閉ざしたメイドたちは早足で去って行った。
「もう大丈夫ですよ、煌さま」
裏口への路を確保してくれた志音に促されて「行ってくる」と言いかけたが、ふと踏み止まる。
「志音。メイドたちが妙なことを話してたけど、ハルア侍従を引き込むって、どういう意味なんだ?」
視線を彷徨わせた志音だが、意を決して煌の顔を見上げた。
「実は、宮廷で噂になっているのです。紗綾姫と皇子の特別侍従キラ・ハルアが恋人関係にあると」
「え……、ええっ⁉」
「わたくしも驚きました。どうやらキラ・ハルアが紅宮殿の裏口から出入りしているのを、メイドが目撃したようなのです。それが誤解されて、姫と逢瀬を重ねているという噂が広まったようです」
しまった。毎日裏口から騎士団の制服を着て出入りしているので、いつ誰に見られてもおかしくなかった。裏口から続く塀沿いの路は狭く、誰にも遭遇したことはないのですっかり油断していた。
「まずいな。逢引きと思われても困るけど、真実を知られるわけにもいかないしな」
「そうなんです。でも事実を知られるよりは良いと思うんですよね。だって逢引きといっても、紗綾姫とキラ・ハルアが会っているところは絶対に誰にも見られないわけですから。あくまでも噂に過ぎませんよ」
理屈としてはそういうことになるわけだが、果たしてこの問題は噂だけで無事に済むだろうか。
皇帝の婚約者と皇子の侍従が恋人関係にあるだなんて、あるまじき醜聞だ。アレクの耳にも届いているかもしれない。
「煌さま、出仕のお時間です。遅れちゃいますよ」
「そうだな。とりあえず、行ってくる。この問題は帰ってから話し合おう」
「了解しました。いってらっしゃいませ」
後を志音に任せて紅宮殿の裏口から出る。今後は更に気をつけて出入りしなければならないだろう。
眩い朝陽に目を眇めて裏門を出ると、人影が目に入った。
ぎくりとして立ち止まる。現れたのは意外な人物だった。
「や、やあ。おはよう、エフィム。偶然だね、どうしたの?」
ぎこちなく声をかけたが、エフィムの驚愕を宿した顔つきを見れば、紅宮殿から出てきたところを見られたのは明白だった。騎士団員の彼は宿舎に寝泊まりしているはずだ。騎士団の宿舎は紅宮殿からは遠い場所にあり、偶然通りかかるということは有り得ない。なぜ、ここにいるのだろう。
エフィムはごくりと息を呑んで煌の傍にやってきた。
「キラ。おまえ、よく堂々としていられるな」
「え?」
「もう勅令は出てるはずだ。俺も報告するのは心苦しいが、一緒に将校室へ行こう」
どういうことだろう。勅令とは何だろう。
疑問符が浮かんだが、ひとまずエフィムと共に官邸へ赴く。
ノックをして将校室へ入ると、既にイサークとルカが険しい顔つきで待ち構えていた。
「エフィム。報告しろ」
イサークの威圧的な声音は誤魔化しを許さないことを言外に含んでいた。エフィムは戸惑いを浮かべて、ちらりと隣に立つ煌に目をむけたが、硬い表情で淡々と告げる。
「キラ・ハルアは昨夜、紅宮殿の裏門を通って裏口より侵入しました。そして今朝、同じ裏口より出てきたことを確認いたしました」
「……え」
何と、エフィムに張り込まれていたらしい。全く気づかなかった。
エフィムは申し訳なさそうに眉を下げた。
「すまない、キラ。大尉の命令なんだ」
「謝る必要はない。キラ・ハルア。紅宮殿に一晩中いて、何をしていたんだ?」
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