煌めく氷のロマンシア

沖田弥子

文字の大きさ
59 / 59

皇帝と花嫁の婚姻 2

しおりを挟む
「誓います」

 煌はもう、三十番目の王子という称号を気に病む子どもではなかった。これからはロマンシア妃、キラ・ロマンシアとして新たな人生を歩んでいく。
 そのためにはどんな困難も厭わない。
 向かい合い、互いの視線を交わす。アレクは優しい眸で見つめてくれていた。まるで世界に、煌ひとりしか存在しないかのように。
 アレクは微笑みを浮かべた唇を、そっと開いて言葉を紡いだ。

「愛している。必ずあなたを守り、幸せにする」

 僕は今、世界一幸せです。
 心を込めて碧の眸を見上げる。

「僕もです。アレクを生涯、愛します」

 台座に用意された白銀に煌めくふたつの指輪。
 内のひとつを手にしたアレクは煌の右手をそっと掲げ、薬指に嵌めた。続いて煌も同じように白銀の指輪を摘まみ、大きな右手の薬指に通す。
 ロマンシアの風習で結婚指輪は右手の薬指に嵌めるとされている。

「結婚の絆により結ばれたふたりに、満ち溢れる祝福のあらんことを」

 新たなロマンシアの歴史が刻まれる。
 ふたりはそっと誓いの口づけを交わした。
 大聖堂は皇帝と新しい花嫁の結婚を祝福して、歓声に包まれた。



『兄さま、お久しぶりです。私は無事に出産して、赤ちゃんと旦那様と共に平和に暮らしております。兄さまがロマンシアへ旅立ったときに、母上にはすべて打ち明けました。やがてロマンシアの使者が婚約破棄と多額の慰謝料を携えてきましたら、血相を変えた父上は母上に連れられて私たちの住む家へやってまいりました。赤ちゃんと旦那様を見た父上は、たいそう呆けておりましたのよ。あのような瑠璃王の顔を見たのは私たちだけでしょう。兄さまに身代わりを務めてもらったことを話しましたら、難しい顔をされていました。きっと国王の苦悩がおありなんでしょうね。私たちは何と罪深いのでしょう、と赤ちゃんと笑っております。……私がこうして愛する人と暮らせるのも、すべて兄さまのおかげです。とても感謝しております。兄さまは異国の地で様々な困難に遭遇したのだろうとお察し致します。どうかこれからは、ご自分の幸せを一番にお考えくださいませ。時々星を見上げては、兄さまのことを想っています。私は永遠に、兄さまの妹です。――紗綾より』

 母が持参してくれた紗綾からの手紙を読み終えた煌は、綴られた文字をしばらく目で撫でていた。ふと手紙から顔を上げれば、眩い新緑を風が愛でるように吹き抜けていく。ロマンシアは短い夏を迎えようとしている。
 身勝手で子どもだった紗綾は、いつの間にか思いやりのある大人の女性に変貌していた。生れてくれた子どもと旦那様のおかげだろう。
 報われたのだと実感して、胸が熱くなった。
 自分の行いは正しいことではなかったが、大切な人を幸せにすることができたのだ。
 丁寧に手紙を畳み、小さな宝箱に仕舞う。繊細な彫刻が施された宝箱には、アレクから贈られた刻印入りの鉤針、そして幼い頃に編んだ氷の花が入れられている。それに紗綾からの手紙が加えられた。
 庭園を見渡せば、新緑のむこうにはロマンシアの帝都が広がる。見上げた蒼穹の空はアレクの眸と同じ勿忘草色よりも、ほんの少し濃いけれど、また冬が訪れるのは遠くない。それまでは温かな夏を謳歌しよう。
 テラスでお茶を嗜む煌の前では、ユーリイが犬と走り回っていた。毛足の長い大型犬はユーリイによく懐いている。動物好きのユーリイは自ら餌をやったり散歩をしたりと、積極的に世話をしているのだ。生き物のお世話をするということが、ユーリイの心の成長も促していた。

「キラ、見て! シロとむこうの木まで走るよ」
「転ばないように気をつけてね」

 手を振って笑いかければ、ユーリイはシロと名付けられた純白の犬とかけっこを始めた。瑠璃国より寄贈されたシロは大人しくて聡明だ。ゴールである大木の手前で立ち止まり、ユーリイが追ってくるのを待っている。一緒にゴールしたさまを微笑みながら見守っていると、ふいに優しい仕草で、肩に手が置かれた。大きな掌は愛しげに肩をなぞっていく。

「シロはまるでユーリイの兄弟のようだな。寝るときも離れないのだから」
「アレク。会議は終わったのですか?」
「ああ。この暑さで大臣たちも身が入らないようだ」

 アレクが蔓模様の椅子に腰掛けると、傍に控えていた志音が紅茶を提供した。
 暑いといっても煌には春くらいの気候なのだが、寒さに慣れた身としては真夏のように感じるのだろう。
 紅茶のカップに口を付けながら、アレクは煌にむけて微笑む。

「今年の夏の休暇は、青の離宮へ行こう。湖の畔で涼しく過ごせる。ピクニックもできるぞ」
「楽しそうですね。皆で行きましょう。ユーリイさまとシロも沢山遊べて喜びます」

 頷いたアレクは、眩しいものを見るように双眸を眇めた。
 日々、愛する人の妃となった喜びを噛みしめている。とても幸せだ。
 アレクはふと呟いた。

「やはり、夫として隠し事をするのは良くないな。私は今のうちに、キラに真実を告げよう」

 突然の宣言に瞠目する。何か隠し事があるというのだろうか。

「え。何でしょう?」
「実はな、気づいていた。キラ・ハルアが紗綾姫だということを」
「ええ⁉ そうだったんですか?」
「あくまでも可能性のひとつとしてだが。始めに違和感を持ったのは、ユーリイと剣で対決したときだ。キラは『ツァーリさま』と言ったのだ。紗綾姫が謁見の際に言い間違えたのと同じ言葉だ」
「え……そうでした?」

 それはキラ・ハルアとして初めてアレクと顔を合わせたときだった。無意識に呼んだので、全く覚えていない。

「それに、アレクという呼び名は紗綾姫にしか与えていない。なぜ特別侍従のキラ・ハルアは私をアレクと親しげに、まるで恋人のように呼ぶのだろうかと不思議に思っていたのだ」

 指摘されて初めて気がついた瑕疵に、今更ながら青ざめる。始めは「ツァーリさま」で、慣れてきたら「アレク」と呼び捨てだとは考えてみれば不自然だ。つい紗綾姫のときの癖で通してしまっていた。平然としていた過去の自分を揺さぶりたい。

「どうしてあのときに仰ってくださらなかったんですか……! 僕は何という不敬を堂々としていたんでしょうか。お許しください」

 居たたまれない煌に、アレクは華麗に片眼を瞑ってみせる。

「あれは私に気づいてほしいという合図だったのだろう?」

 必死に隠していたつもりが、結果としてアレクに真実を伝えることになっていたらしい。

「そういうつもりではなかったのですが……いいえ、そういうことでした。僕はアレクに気がついてほしかったんです。僕だけを見てほしかったのです……」

 言ってしまえば恥ずかしくて、紅茶のカップを翳して顔を隠す。そうしても赤くなった顔は見えているのだが。快活に笑うアレクの金の髪を、風が攫っていった。

「素直なキラは可愛らしい。もう、互いに隠し事はないか?」
「ええ。もう何もありません」
「では改めて教えてほしい。あなたの名は?」

 席を立ったアレクは掌を差し出す。煌は微笑みながらその手をとる。

「僕の名は、キラ・ロマンシアです」 

 繫いだ手は緑の芝生の元で、体温を確かめ合う。
 過酷な運命の果てに結ばれたふたりの絆は、決して溶けることはない。
 ロマンシア帝国の皇帝と異国の花嫁を数奇な運命により結びつけた氷の花の奇蹟は、後世の人々に語り継がれた。
しおりを挟む
感想 4

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(4件)

りこぴん
2019.07.09 りこぴん

毎日、更新お疲れ様です!
煌とアレクが、無事に結ばれて良かったです(^^)
もうそろそろお話は終わってしまうのでしょうか?
できれば、もっとエロを読みたいです(>_<)

2019.07.10 沖田弥子

コメントありがとうございます。
お話はあと1回更新で終わります。
エロにつきましては、他作品の続編を執筆中です。
そちらで盛り込んでいますので公開の際はお読みいただければ幸いです。

解除
kasumo
2019.06.29 kasumo

はじめまして。
しばらく前に一気読みして、更新を楽しみにしています(o^v^o)
ユーリィさまかわいいし、煌も良い子で大好きです(*^_^*)
煌が不在の間、志音は何をして過ごしてるのか、ちょっと気になります(*^-^*)

ここ数日、嫌な予感のする展開でハラハラ((( ;゚Д゚)))
煌さん頑張って!!!(>_<)

2019.06.30 沖田弥子

コメントありがとうございます。
志音は煌の下着を洗濯したりと忙しく過ごしてから昼寝をしております。
これから山場に突入しますが最後まで楽しんでいただければ幸いです。

解除
きっき
2019.06.29 きっき

毎日の更新ありがとうございます。キラを慕うユーリーがとても可愛くて、3人で幸せになれたらいいのに!と、でも、どうやって⁈と、悶々としていますね。
これからの展開を、楽しみにしていますね。

2019.06.30 沖田弥子

コメントありがとうございます。
もしかするとコメントの重複でしょうか……?
最後はハッピーエンドですので安心してお読みください。

解除

あなたにおすすめの小説

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

何故か正妻になった男の僕。

selen
BL
『側妻になった男の僕。』の続きです(⌒▽⌒) blさいこう✩.*˚主従らぶさいこう✩.*˚✩.*˚

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

愛され少年と嫌われ少年

BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。 顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。 元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。 【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】 ※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。