乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

文字の大きさ
32 / 54
第四章 古城の幽霊城主と乙女怪盗

星空の下

しおりを挟む
 すごい勢いで賛同する。
 アランと父上は気まずそうに俯くと、同時にグラスに口をつけた。
 フランソワは穏やかな笑みを浮かべて母上のグラスにワインを注ぐ。座りながら向かいのグラスにワインを注ぐのは初めて見るシチュエーションだが、さすが完璧執事はさまになっている。ワインボトルを注ぐ角度も美しく、赤い液体がとくりと流れた。

「アラン警部はどんなお子様だったのでしょうか? 警察本部では大変な実力者ですから、きっと幼少の頃より優秀だったのでしょうね」

 それ、私も聞きたいな。
 アランはすでに、額に手を宛てている。母上はワインの勢いも手伝い、上気した頬で楽しげに語りだした。

「あら、そんなことないのよ。その反対よ。学校サボってケイドロごっこばっかり! 先生から何度も注意されて反省するどころか『俺は刑事になる!』なんて威張ってるのよ呆れちゃうわ誰に似たのかしら。ねえ、あなた」
「う、うむ……」

 アランは父親似のようだ。きっと父上の子どもの頃も、そういった男の子の遊びに夢中になっていたのだろう。
 父と息子が頭を抱えるなか、母上の楽しい昔話は夜更けまで続いた。



 深夜、木製ベッドの中でコットンの上掛けに包まれたノエルはふと目を覚ました。
 トイレットに行きたい……。
 フランソワの眠っている客間は向かいなので、勇気を振り絞ってベッドから身を起こし扉を開ける。
 ぎい、と軋んだ音が暗い廊下に響いた。

「ひいい……」

 お化けなんていない、お化けなんていない。
 呪文を唱えながら暗闇のなか、向かいの扉をノックする。

「ねえ、フランソワ。トイレットに行きたいんだけど。付いてきてよ」
「合い言葉を言いなさい。むにゃ……」

 くぐもった声が返ってきた。合い言葉なんて決めていない。寝言だろうか。
 ノエルは思い当たる台詞をきっぱりと言い放った。

「フランソワの料理は世界一まずい」

 静寂。
 ノックを繰り返すが、返事はない。
 どうやら合い言葉を間違えたようだ。

「しょうがない……。ひとりで行こう」

 身を竦めて廊下を一歩ずつ進んでいくと、ふと窓越しに影を見つけて心臓が跳ね上がる。叫びそうになり慌てて口元を覆うが、月明かりを浴びて歩む姿はよく見慣れた人影だった。
 アランだ。こんな時間に何をしているのだろう。
 興味が湧いたノエルは、あんなにも怖れていた暗闇をものともせず一階へ下り、トイレットで用を済ませると、玄関を出た。
 気配に気づいたアランが、ふと振り向く。

「どうした。眠れないのか?」
「え、ええ……アランも?」

 隠れようにも出口は玄関しかないし、扉を開けたら目の前にいたのですぐに見つかってしまった。アランは怯んだ様子もなく寝巻姿だ。夜の散歩らしい。

「星を見ていたんだ。夕陽も美しいが、星も綺麗だろう」

 見上げれば、空には満天の星が瞬いていた。
 星が運河のように連なり、夜空はまるで大陸、海、川と、地図のごとく描かれている。
 まるで壮大な別世界のよう。

「わあ……すごい……」

 ノエルは感嘆の息を零して星空に見入った。
 父上の大切にしていた『天空の星』も、こんなふうに輝く宝石なのだろうか。
 隣で空を見上げていたアランが、ふいにノエルの横顔に目をむけた。

「俺は、ノエルが乙女怪盗かと予想していた」
「えっ? いえ、まさか……」

 突然の指摘に驚いて声が裏返ってしまう。
 まさにその通りなのだが、疑いはもう晴れているのだとばかり思っていた。パーティーでの硝子の破片は失態だったが、アランは何も言ってこなかったからだ。実はコンパクトが壊れたのを思い出したという台詞を用意していたのに。

「だがノエルを知れば知るほど、狡猾で俊敏な乙女怪盗とはかけ離れている。暑さでだらけているやら、門に挟まって鈍くさいやら。しかも無知で世間知らずときた。俺は自分の考えが間違っているのではないかと今更思い始めてきた」
「はあ……」

 褒め言葉かな? その通りですけど。
 計算しているわけではないけれど、幼い頃から男子として偽りの姿でいることが当たり前の生活を送ってきたので、ノエルとジョゼフィーヌというふたつの顔を上手に使い分けることが自然と身についてしまったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

【完結】あなた方は信用できません

玲羅
恋愛
第一王子から婚約破棄されてしまったラスナンド侯爵家の長女、ファシスディーテ。第一王子に寄り添うはジプソフィル子爵家のトレニア。 第一王子はひどい言いがかりをつけ、ファシスディーテをなじり、断罪する。そこに救いの手がさしのべられて……?

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~

しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。 豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。 ――食事が、冷めているのだ。 どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。 「温かいごはんが食べたい」 そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。 地下厨房からの高速搬送。 専用レーンを爆走するカートメイド。 扉の開閉に命をかけるオープナー。 ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!? 温かさは、ホッとさせてくれる。 それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。 冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、 食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ! -

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

おばちゃんダイバーは浅い層で頑張ります

きむらきむこ
ファンタジー
ダンジョンができて十年。年金の足しにダンジョンに通ってます。田中優子61歳

処理中です...