乙女怪盗ジョゼフィーヌ

沖田弥子

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第四章 古城の幽霊城主と乙女怪盗

睡眠薬入りの紅茶

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「二個あるけど?」
「アラン警部と、ラ・ファイエット侯爵に飲んでいただきます。おふたりが眠ってしまえば我々とメイの三人になりますから、じっくりと対決なり話し合いなりできましょう。石版の謎はメイを交えて現場で解決いたします」
「了解」

 ノエルは頷いた。メイが宝石について詳しい事情を知っているのは明らかだ。手荒な真似はしたくないが、乙女怪盗としての対決もある。
 乙女怪盗の装束を着て現れるメイを想像して、ノエルは気を引き締めた。
 油断してはいけない。あの装束を纏えば、ノエルでなくても誰でも、女の子は強くなれるのだから。



 フランソワの計らいにより、ラ・ファイエット城の一室でお茶会が催されることとなった。お茶会といっても、ティーバッグの紅茶と最後の食糧であるクッキーを振る舞うだけのささやかなものである。
 アランも渋々塔から出てきて、ソファに長い足を組んで座り、王者のような貫禄をみせている。上座には侯爵がいつものように背を丸めて腰掛けていた。メイはというと、部屋の隅に黙って立っている。ぼんやりしているので、どこを見ているのかわからない。

「お待たせいたしました、皆様。どうぞ、コレット家の紅茶をご堪能ください」

 五人分のティーカップを銀盆に乗せたフランソワが入室してきた。侯爵はくぐもった笑いを零す。

「ほう……楽しみだ。お茶会など何年ぶりだろう……」

 五つのうち、ふたつは睡眠薬入りである。フランソワは計画通りに、まずは侯爵の前に睡眠薬の入ったカップを置こうと……近づいたところ、さっと足元を横切ったメイに気を取られて絨毯につんのめった。

「ああッ⁉」

 咄嗟に体勢を立て直そうとするも、メイは前を塞ぐように蹲ってしまう。避けようと体を捻らせて、銀盆からティーカップが宙を舞った。
 転んでもいいからティーカップは守って――‼
 ノエルは腕を伸ばしたが到底届かない。すべてのティーカップは飛散すると思われたが、華麗なスライディングを見せたフランソワによって救済された。一滴も零れず、飴色の紅茶はカップの縁に留まる。
 お見事。
 ぱらぱらと静かな拍手が起こる。
 蹲っていたメイは、のそりと起き上がった。

「……ゴミがあったにゃん」

 物ぐさなのにどうしてこのタイミングで掃除するんですか。
 ノエルは額の汗を拭いながら着席した。

「ハプニングがありまして、申し訳ございませんでした。紅茶はこの通り、無事でございま……」

 銀盆を掲げたフランソワの笑顔が固まる。
 ノエルはその理由に気がついた。
 宙に投げ出されたので、睡眠薬入りの紅茶の位置が入れ替わっているのだ。
 五つのティーカップはすべて同じデザイン。どのカップに睡眠薬を入れたかは、フランソワにしかわからない。今の騒ぎで、どれが該当するカップなのか定かでなくなってしまったらしい。
 笑顔を保ったフランソワは後ずさりする。

「ティーカップが汚れてしまいましたね。すぐに新しいものと交換して参ります」
「構わないよ、フランソワ君。紅茶は無事なんだろう……?」

 侯爵は手招きをする。フランソワの美麗な顔に苦笑いが浮かんだ。

「いえ、しかし、お見苦しいところをお見せいたしました」
「素晴らしい技を見せてもらったよ。さながら、乙女怪盗のようじゃないか……フフ。紅茶もさぞかし美味なのだろうね……」
「滅相もございません」

 完全に逃げ道を塞がれてしまったフランソワは、硬い表情でティーカップを配る。
 ノエルはごくりと息を呑んだ。
 もし、自分に当たってしまったらどうしよう。
 ノエルの脳裏には乙女怪盗に扮したメイとアランが戦う姿が浮かぶ。その頃、本物の乙女怪盗はベッドで高いびきだなんて許されない。
 目の前で、琥珀色をした液体がゆらゆらと揺れている。
 メイもテーブルの末席に付いた。ティーカップ越しに、皆を隻眼で見遣る。

「ロシアンルーレット……にゃん」

 不穏な台詞が呟かれ、皆は思い思いにカップの取っ手を握る。
 ノエルは覚悟を決めて、一息に紅茶を喉に流し込んだ。
 空のカップをソーサーに戻す。
 隣に座っているフランソワから、恐ろしいほどの緊張が伝わってきた。澄ました顔を取り繕っているが、彼も睡眠薬入りの紅茶を飲んだ可能性があるのだ。
 すると、ノエルの身に、猛烈な欠伸が込み上げてきた。
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