48 / 54
第四章 古城の幽霊城主と乙女怪盗
宝石のありか
しおりを挟む
どうやら、もうひとつの睡眠薬は予定通りアランに当たったようだ。ラ・ファイエット侯爵は老齢なので発見されても何とかなるだろう。
宝石部屋は、がら空きだ。
「さあ、楽しいパーティーのはじまりよ」
闇を縫うように駆け、黒鳥のように階段を飛翔する。
暗闇は漆黒の衣装を溶け込ませるフォンダンショコラのよう。
ノエルは臆病者だが、ジョゼフィーヌは違う。闇を味方につけ、月明かりの輝きのもとに生き生きと飛び跳ねる。夜の闇が深いほど、いっそう乙女怪盗の心を弾ませた。
塔には仕掛けが施されているかと思ったが、拍子抜けするほど何もない。螺旋階段を上ると、鍵が外されたままの宝石部屋はいとも容易く開いた。
鎮座する宝石は、月明かりに仄青い輝きを纏わせている。ゆるりと水面がたゆたうような、優しい煌めきだ。
ジョゼフィーヌは台座に固定された石版に目をむける。
ばらばらに並べられた石版を、所定の位置にスライドさせなければならない。
漆黒の手袋に包まれた指先を、ついと差し出す。慎重に、一枚目の石版を空いた箇所に移動させた。
ラ・ファイエットは最後の文となるので下段に集める。
けれど石版を飛び越して移動するわけにはいかないので、順序を間違えれば一文字を入れ替えるのにすべてやり直しということもあり得る。先の先まで考えながら、ジョゼフィーヌは幾度も指先を往復させた。
やがて、予想した文章が完成した。
が、鍵が解除されるような物音は一切しない。ケースは開かなかった。
「間違えたのかしら。瞳(eye)はどこに入るの……?」
ふいに、背後に人の気配を察知した。飛び退きながらレイピアの剣柄に手をかける。
「瞳はどこに入るか? 目に入れるに決まってるだろうな」
いつからそこにいたのだろう。扉に凭れて腕組みをしながら様子を眺めていたアランは、自らの瞳を指差した。
眠っていると思ったのに。
どうやら、睡眠薬を飲んだのはアランではなかったようだ。寝たふりをして乙女怪盗の出方を窺っていたらしい。
「今晩は、アラン警部。まだ朝じゃないわよ。ゆっくりお休みになったらいかが?」
「マドモアゼルにばかり働かせて悠長に寝ているわけにもいかないんでな。今日が、乙女怪盗最後の夜だ、ジョゼフィーヌ。いや、ノエル・コレット」
ジョゼフィーヌの心臓がどくりと脈打つ。
静かに深呼吸をして、優雅な微笑を形作った。
「あの小さな伯爵さまのことかしら。私があんな愚鈍な男に見えるなんて心外だわ」
アランの深緑色の瞳は猛禽類のように炯々と光り、ジョゼフィーヌを見据えていた。腕組みは解いていないが、ジョゼフィーヌは剣柄から手を離せない。
「愚鈍か。よく知っているような口ぶりだな」
「敵を知るのは当然のことよ」
「まあいい。茶番は終わりだ。おまえの芝居は見事なものだ。天才的な女装だな。乙女怪盗だから女だと思い込んでいた俺が愚鈍だった」
ふう、と小さな呼気をこっそり吐く。
どうやらアランは真実は逆だということに気づいていない。
だが、この危機から逃れたわけでもない。その証拠に、アランは懐から取り出したものを高々と掲げた。
「それは――?」
ノエルの部屋に置いてあった狂気人形のひとつだ。
緑色の服を着た人形の名前はエリザベートで、パーティーのときに盗んだエメラルドが内包されている。各人形には、おなかに含まれている宝石にちなんだ服の色を着せて名前を付けていた。
部屋を出る直前までは、棚の上にあったはず。
ジョゼフィーヌは息を呑んだ。
「盗んだのね?」
私が部屋を出た後に。
すべて見透かされていたのだ。
「おまえに言われたくないな」
ふっと唇に笑みをのせたアランは改めて狂気人形を眺める。
「盗まれた宝石はどこに保管されているのか。泥棒は大抵、自分の家の床下に隠しておくものだ。宝物はいつでも取り出せるように手元に置いておく。つまり、ノエルの場合は狂気人形の腹の中というわけだ。この気味の悪い人形なら、誰も手に取ろうとしないだろうからな」
言い訳も、冗談も言い返せなかった。
いつかカフェで、狂気人形とは何だと訊ねたときから、アランの脳裏に宝石の隠し場所の候補として植え付けられていたのかもしれない。
絶句するジョゼフィーヌに追い打ちをかけるように、扉が開いて新たな人物が現れた。
「ラ・ファイエット侯爵⁉」
侯爵は両手いっぱいに狂気人形を抱えていた。すべて客間に置いていたノエルのものだ。腕から零れ落ちた人形が、背後に点々と転がっている。
宝石部屋は、がら空きだ。
「さあ、楽しいパーティーのはじまりよ」
闇を縫うように駆け、黒鳥のように階段を飛翔する。
暗闇は漆黒の衣装を溶け込ませるフォンダンショコラのよう。
ノエルは臆病者だが、ジョゼフィーヌは違う。闇を味方につけ、月明かりの輝きのもとに生き生きと飛び跳ねる。夜の闇が深いほど、いっそう乙女怪盗の心を弾ませた。
塔には仕掛けが施されているかと思ったが、拍子抜けするほど何もない。螺旋階段を上ると、鍵が外されたままの宝石部屋はいとも容易く開いた。
鎮座する宝石は、月明かりに仄青い輝きを纏わせている。ゆるりと水面がたゆたうような、優しい煌めきだ。
ジョゼフィーヌは台座に固定された石版に目をむける。
ばらばらに並べられた石版を、所定の位置にスライドさせなければならない。
漆黒の手袋に包まれた指先を、ついと差し出す。慎重に、一枚目の石版を空いた箇所に移動させた。
ラ・ファイエットは最後の文となるので下段に集める。
けれど石版を飛び越して移動するわけにはいかないので、順序を間違えれば一文字を入れ替えるのにすべてやり直しということもあり得る。先の先まで考えながら、ジョゼフィーヌは幾度も指先を往復させた。
やがて、予想した文章が完成した。
が、鍵が解除されるような物音は一切しない。ケースは開かなかった。
「間違えたのかしら。瞳(eye)はどこに入るの……?」
ふいに、背後に人の気配を察知した。飛び退きながらレイピアの剣柄に手をかける。
「瞳はどこに入るか? 目に入れるに決まってるだろうな」
いつからそこにいたのだろう。扉に凭れて腕組みをしながら様子を眺めていたアランは、自らの瞳を指差した。
眠っていると思ったのに。
どうやら、睡眠薬を飲んだのはアランではなかったようだ。寝たふりをして乙女怪盗の出方を窺っていたらしい。
「今晩は、アラン警部。まだ朝じゃないわよ。ゆっくりお休みになったらいかが?」
「マドモアゼルにばかり働かせて悠長に寝ているわけにもいかないんでな。今日が、乙女怪盗最後の夜だ、ジョゼフィーヌ。いや、ノエル・コレット」
ジョゼフィーヌの心臓がどくりと脈打つ。
静かに深呼吸をして、優雅な微笑を形作った。
「あの小さな伯爵さまのことかしら。私があんな愚鈍な男に見えるなんて心外だわ」
アランの深緑色の瞳は猛禽類のように炯々と光り、ジョゼフィーヌを見据えていた。腕組みは解いていないが、ジョゼフィーヌは剣柄から手を離せない。
「愚鈍か。よく知っているような口ぶりだな」
「敵を知るのは当然のことよ」
「まあいい。茶番は終わりだ。おまえの芝居は見事なものだ。天才的な女装だな。乙女怪盗だから女だと思い込んでいた俺が愚鈍だった」
ふう、と小さな呼気をこっそり吐く。
どうやらアランは真実は逆だということに気づいていない。
だが、この危機から逃れたわけでもない。その証拠に、アランは懐から取り出したものを高々と掲げた。
「それは――?」
ノエルの部屋に置いてあった狂気人形のひとつだ。
緑色の服を着た人形の名前はエリザベートで、パーティーのときに盗んだエメラルドが内包されている。各人形には、おなかに含まれている宝石にちなんだ服の色を着せて名前を付けていた。
部屋を出る直前までは、棚の上にあったはず。
ジョゼフィーヌは息を呑んだ。
「盗んだのね?」
私が部屋を出た後に。
すべて見透かされていたのだ。
「おまえに言われたくないな」
ふっと唇に笑みをのせたアランは改めて狂気人形を眺める。
「盗まれた宝石はどこに保管されているのか。泥棒は大抵、自分の家の床下に隠しておくものだ。宝物はいつでも取り出せるように手元に置いておく。つまり、ノエルの場合は狂気人形の腹の中というわけだ。この気味の悪い人形なら、誰も手に取ろうとしないだろうからな」
言い訳も、冗談も言い返せなかった。
いつかカフェで、狂気人形とは何だと訊ねたときから、アランの脳裏に宝石の隠し場所の候補として植え付けられていたのかもしれない。
絶句するジョゼフィーヌに追い打ちをかけるように、扉が開いて新たな人物が現れた。
「ラ・ファイエット侯爵⁉」
侯爵は両手いっぱいに狂気人形を抱えていた。すべて客間に置いていたノエルのものだ。腕から零れ落ちた人形が、背後に点々と転がっている。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
女神に頼まれましたけど
実川えむ
ファンタジー
雷が光る中、催される、卒業パーティー。
その主役の一人である王太子が、肩までのストレートの金髪をかきあげながら、鼻を鳴らして見下ろす。
「リザベーテ、私、オーガスタス・グリフィン・ロウセルは、貴様との婚約を破棄すっ……!?」
ドンガラガッシャーン!
「ひぃぃっ!?」
情けない叫びとともに、婚約破棄劇場は始まった。
※王道の『婚約破棄』モノが書きたかった……
※ざまぁ要素は後日談にする予定……
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さくら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
甘そうな話は甘くない
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」
言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。
「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」
「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」
先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。
彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。
だけど顔は普通。
10人に1人くらいは見かける顔である。
そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。
前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。
そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。
「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」
彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。
(漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう)
この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。
カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを
青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ
学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。
お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。
お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。
レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。
でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。
お相手は隣国の王女アレキサンドラ。
アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。
バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。
バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。
せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる