15 / 35
第三章
邪神の呪い 1
しおりを挟む
じわり。
何か得体の知れないものが滲む気配に、ルウリがぶるりと背筋を振るわせたその時。
鮮やかな紅色の表面に、黒い点が浮かんだ。
ひとつ、ふたつ……やがて帯状になり、シダルの葉が黒色に覆われて見えなくなる。美しい紅色が、暗黒に浸食されていく。
観客から、ざわめきが漏れる。
誰かが叫んだ。
「呪いだ!」
見れば、ルウリの星玉も同じように黒いもやが包んでいた。どす黒く染められて、貝は既に見えなくなっている。他の星玉師たちにも同じ現象が起こり、驚きの声を上げていた。
みんなの星玉が穢されていく。
鉱山で起こったのと同じ事態だ。それは、ラークを中心として発生していた。彼の革手袋から、煙のような黒いもやが立ち上っている。
「ラーク……! 手袋から煙が……外して!」
燻された革手袋が、ぼろりと崩れ落ちる。黒いもやは、革手袋が原因ではなかった。ラークの掌から滲み、這い出ているのだ。
驚愕の表情を浮かべた審査員たちが立ち上がる。観客は逃げ出した。場は騒然となり、混乱を収めようとする衛兵との間で衝突が起きた。
それまで引かれていたカーテンが、さらりと捲られる。
バラモンは姿を現し、一喝した。
「邪神め! 貴様は呪いをかけるために現れたのか」
一瞬、驚きに包まれた場内はしんと静まり返る。
上等なシェルワニを纏った細い体躯に、高音の声。端正な顔立ちは幼い。バラモンは年端もいかない子どもだったのだ。
皆は一斉に平伏した。
ただひとり、ラーク以外は。
「呪いをかけるためじゃない。俺は正当にラクシュミを拝むために審査に参加した。俺の解放はこれからだぞ」
真っ直ぐに、バラモンにそして観客に言い放つ。ラークの不遜な態度に、審査員のひとりが間に入った。
「カマル様に何という口の利き方をするのです。今すぐに謝罪しなさい」
「そんな必要はない」
審査員の男性は眉をひそめた。銀色の長い髪が額に落ちかかる。誰もが膝を折ってしまいそうな威厳に満ちているが、ラークは物怖じしない。
少年の姿をしたバラモンは声高に命じた。
「そやつらの首を刎ねよ」
駆け寄ってきた衛兵が、ラークとルウリを拘束しようと肩を掴んだ。
「待て、その女は関係ないだろう」
焦ったような声を出したラークは、衛兵と揉み合いになる。
「ラーク……!」
どういうことだろう。首を刎ねられてしまうのだろうか。
頭の整理が追いつかない。
衛兵に引きずられそうになり、ルウリの体勢が崩れる。胸元から、革紐に提げた星玉の指輪がはみ出した。光を受けて緑色に輝く。
はっとして目を奪われた審査員の男性は、軽く手を挙げて衛兵を制した。深く礼を施した衛兵は、ルウリの腕を解放する。
「カマル様、どうか恩赦を。邪神の首を刎ねてはバラモンの威光が穢れます。ここはわたくしにお任せください」
「……ふむ。ヴィクラムがそう言うなら任せよう。二度とその穢れし者を余の前に晒すな」
「御意にございます」
ヴィクラムと呼ばれた審査員は平伏した。さらりとカーテンが閉じられ、カマルが退席する。既に広場は閑散としており、好奇心旺盛な観客がわずかばかり残っているだけとなっていた。舞台の正面に来て、あれが本物の邪神かと囁いている。
ラークは黒いもやの出た右手首を左手できつく押さえていた。煙は上空へと飛散して、風に紛れていく。けれど、黒ずんだ星玉は元には戻らなかった。
邪神の呪い。
ルウリも訊いたことがある神話のはなし。
疫病や天災を起こし、わざわいをもたらす邪神。近づく者を不幸に陥れるという。
「ラーク……嘘よね? あなたが邪神だなんて。だって、星玉師なんでしょう? この黒いもやは……あなたのせいじゃないわよね?」
きっと、星玉の病気なのだ。それなのに、みんな邪神だとか呪いだとか勘違いをしているのだ。
ラークは動揺した気配もなく、無表情を浮かべてルウリを見遣った。
「俺に、近づくな。ろくなことが起こらない。これでわかっただろう」
――そんな。
ぎゅっと、胸の前で両手を握る。
喉が絞られたように苦しくて、次の言葉が出てこない。
何か得体の知れないものが滲む気配に、ルウリがぶるりと背筋を振るわせたその時。
鮮やかな紅色の表面に、黒い点が浮かんだ。
ひとつ、ふたつ……やがて帯状になり、シダルの葉が黒色に覆われて見えなくなる。美しい紅色が、暗黒に浸食されていく。
観客から、ざわめきが漏れる。
誰かが叫んだ。
「呪いだ!」
見れば、ルウリの星玉も同じように黒いもやが包んでいた。どす黒く染められて、貝は既に見えなくなっている。他の星玉師たちにも同じ現象が起こり、驚きの声を上げていた。
みんなの星玉が穢されていく。
鉱山で起こったのと同じ事態だ。それは、ラークを中心として発生していた。彼の革手袋から、煙のような黒いもやが立ち上っている。
「ラーク……! 手袋から煙が……外して!」
燻された革手袋が、ぼろりと崩れ落ちる。黒いもやは、革手袋が原因ではなかった。ラークの掌から滲み、這い出ているのだ。
驚愕の表情を浮かべた審査員たちが立ち上がる。観客は逃げ出した。場は騒然となり、混乱を収めようとする衛兵との間で衝突が起きた。
それまで引かれていたカーテンが、さらりと捲られる。
バラモンは姿を現し、一喝した。
「邪神め! 貴様は呪いをかけるために現れたのか」
一瞬、驚きに包まれた場内はしんと静まり返る。
上等なシェルワニを纏った細い体躯に、高音の声。端正な顔立ちは幼い。バラモンは年端もいかない子どもだったのだ。
皆は一斉に平伏した。
ただひとり、ラーク以外は。
「呪いをかけるためじゃない。俺は正当にラクシュミを拝むために審査に参加した。俺の解放はこれからだぞ」
真っ直ぐに、バラモンにそして観客に言い放つ。ラークの不遜な態度に、審査員のひとりが間に入った。
「カマル様に何という口の利き方をするのです。今すぐに謝罪しなさい」
「そんな必要はない」
審査員の男性は眉をひそめた。銀色の長い髪が額に落ちかかる。誰もが膝を折ってしまいそうな威厳に満ちているが、ラークは物怖じしない。
少年の姿をしたバラモンは声高に命じた。
「そやつらの首を刎ねよ」
駆け寄ってきた衛兵が、ラークとルウリを拘束しようと肩を掴んだ。
「待て、その女は関係ないだろう」
焦ったような声を出したラークは、衛兵と揉み合いになる。
「ラーク……!」
どういうことだろう。首を刎ねられてしまうのだろうか。
頭の整理が追いつかない。
衛兵に引きずられそうになり、ルウリの体勢が崩れる。胸元から、革紐に提げた星玉の指輪がはみ出した。光を受けて緑色に輝く。
はっとして目を奪われた審査員の男性は、軽く手を挙げて衛兵を制した。深く礼を施した衛兵は、ルウリの腕を解放する。
「カマル様、どうか恩赦を。邪神の首を刎ねてはバラモンの威光が穢れます。ここはわたくしにお任せください」
「……ふむ。ヴィクラムがそう言うなら任せよう。二度とその穢れし者を余の前に晒すな」
「御意にございます」
ヴィクラムと呼ばれた審査員は平伏した。さらりとカーテンが閉じられ、カマルが退席する。既に広場は閑散としており、好奇心旺盛な観客がわずかばかり残っているだけとなっていた。舞台の正面に来て、あれが本物の邪神かと囁いている。
ラークは黒いもやの出た右手首を左手できつく押さえていた。煙は上空へと飛散して、風に紛れていく。けれど、黒ずんだ星玉は元には戻らなかった。
邪神の呪い。
ルウリも訊いたことがある神話のはなし。
疫病や天災を起こし、わざわいをもたらす邪神。近づく者を不幸に陥れるという。
「ラーク……嘘よね? あなたが邪神だなんて。だって、星玉師なんでしょう? この黒いもやは……あなたのせいじゃないわよね?」
きっと、星玉の病気なのだ。それなのに、みんな邪神だとか呪いだとか勘違いをしているのだ。
ラークは動揺した気配もなく、無表情を浮かべてルウリを見遣った。
「俺に、近づくな。ろくなことが起こらない。これでわかっただろう」
――そんな。
ぎゅっと、胸の前で両手を握る。
喉が絞られたように苦しくて、次の言葉が出てこない。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】冷徹執事は、つれない侍女を溺愛し続ける。
たまこ
恋愛
公爵の専属執事ハロルドは、美しい容姿に関わらず氷のように冷徹であり、多くの女性に思いを寄せられる。しかし、公爵の娘の侍女ソフィアだけは、ハロルドに見向きもしない。
ある日、ハロルドはソフィアの真っ直ぐすぎる内面に気付き、恋に落ちる。それからハロルドは、毎日ソフィアを口説き続けるが、ソフィアは靡いてくれないまま、五年の月日が経っていた。
※『王子妃候補をクビになった公爵令嬢は、拗らせた初恋の思い出だけで生きていく。』のスピンオフ作品ですが、こちらだけでも楽しめるようになっております。
狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。
汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。
元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。
与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。
本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。
人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。
そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。
「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」
戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。
誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。
やわらかな人肌と、眠れない心。
静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。
[こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
婚約者の本性を暴こうとメイドになったら溺愛されました!
柿崎まつる
恋愛
世継ぎの王女アリスには完璧な婚約者がいる。侯爵家次男のグラシアンだ。容姿端麗・文武両道。名声を求めず、穏やかで他人に優しい。アリスにも紳士的に対応する。だが、完璧すぎる婚約者にかえって不信を覚えたアリスは、彼の本性を探るため侯爵家にメイドとして潜入する。2022eロマンスロイヤル大賞、コミック原作賞を受賞しました。
孤独なもふもふ姫、溺愛される。
遊虎りん
恋愛
☆☆7月26日完結しました!
ここは、人間と半獣が住んでいる星。いくつかある城の1つの半獣の王と王妃の間に生まれた姫は、半獣ではない。顔が『人』ではなく『獣』の顔をした獣人の姿である。半獣の王は姫を城から離れた塔に隠した。孤独な姫ははたして、幸せになれるのだろうか。。。
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
対人恐怖症のメンダーと辺境の騎士 ~この恋は、世界のほころびを繕う~
Moonshine
恋愛
辺境の地・ディトマスの第6要塞の制服管理課で、一人の働く女の子がいた。
彼女の名前はドルマ。仕事はこの要塞で働く騎士達の制服の繕い物だ。
ドルマは対人恐怖症で誰とも話をしない。だがドルマが繕った制服を纏うと、ほんの少しだけ戦闘の時に運が良くなると騎士達の間で評判なのだ。
辺境の防衛責任者として、毎年多くの犠牲者に胸を痛めていた辺境伯の息子・マティアスは、第6要塞にはその年一人も犠牲者が出ていない事に着目して、覆面調査を始める。
小さな手仕事が紡ぐ、静かな恋物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる