こじらせ邪神と紅の星玉師

沖田弥子

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第三章

邪神の呪い 1

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 じわり。
 何か得体の知れないものが滲む気配に、ルウリがぶるりと背筋を振るわせたその時。
 鮮やかな紅色の表面に、黒い点が浮かんだ。
 ひとつ、ふたつ……やがて帯状になり、シダルの葉が黒色に覆われて見えなくなる。美しい紅色が、暗黒に浸食されていく。
 観客から、ざわめきが漏れる。
 誰かが叫んだ。

「呪いだ!」

 見れば、ルウリの星玉も同じように黒いもやが包んでいた。どす黒く染められて、貝は既に見えなくなっている。他の星玉師たちにも同じ現象が起こり、驚きの声を上げていた。
 みんなの星玉が穢されていく。
 鉱山で起こったのと同じ事態だ。それは、ラークを中心として発生していた。彼の革手袋から、煙のような黒いもやが立ち上っている。

「ラーク……! 手袋から煙が……外して!」

 燻された革手袋が、ぼろりと崩れ落ちる。黒いもやは、革手袋が原因ではなかった。ラークの掌から滲み、這い出ているのだ。
 驚愕の表情を浮かべた審査員たちが立ち上がる。観客は逃げ出した。場は騒然となり、混乱を収めようとする衛兵との間で衝突が起きた。
 それまで引かれていたカーテンが、さらりと捲られる。
 バラモンは姿を現し、一喝した。

「邪神め! 貴様は呪いをかけるために現れたのか」

 一瞬、驚きに包まれた場内はしんと静まり返る。
 上等なシェルワニを纏った細い体躯に、高音の声。端正な顔立ちは幼い。バラモンは年端もいかない子どもだったのだ。
 皆は一斉に平伏した。
 ただひとり、ラーク以外は。

「呪いをかけるためじゃない。俺は正当にラクシュミを拝むために審査に参加した。俺の解放はこれからだぞ」

 真っ直ぐに、バラモンにそして観客に言い放つ。ラークの不遜な態度に、審査員のひとりが間に入った。

「カマル様に何という口の利き方をするのです。今すぐに謝罪しなさい」
「そんな必要はない」

 審査員の男性は眉をひそめた。銀色の長い髪が額に落ちかかる。誰もが膝を折ってしまいそうな威厳に満ちているが、ラークは物怖じしない。
 少年の姿をしたバラモンは声高に命じた。

「そやつらの首を刎ねよ」

 駆け寄ってきた衛兵が、ラークとルウリを拘束しようと肩を掴んだ。

「待て、その女は関係ないだろう」

 焦ったような声を出したラークは、衛兵と揉み合いになる。

「ラーク……!」

 どういうことだろう。首を刎ねられてしまうのだろうか。
 頭の整理が追いつかない。
 衛兵に引きずられそうになり、ルウリの体勢が崩れる。胸元から、革紐に提げた星玉の指輪がはみ出した。光を受けて緑色に輝く。
 はっとして目を奪われた審査員の男性は、軽く手を挙げて衛兵を制した。深く礼を施した衛兵は、ルウリの腕を解放する。

「カマル様、どうか恩赦を。邪神の首を刎ねてはバラモンの威光が穢れます。ここはわたくしにお任せください」
「……ふむ。ヴィクラムがそう言うなら任せよう。二度とその穢れし者を余の前に晒すな」
「御意にございます」

 ヴィクラムと呼ばれた審査員は平伏した。さらりとカーテンが閉じられ、カマルが退席する。既に広場は閑散としており、好奇心旺盛な観客がわずかばかり残っているだけとなっていた。舞台の正面に来て、あれが本物の邪神かと囁いている。
 ラークは黒いもやの出た右手首を左手できつく押さえていた。煙は上空へと飛散して、風に紛れていく。けれど、黒ずんだ星玉は元には戻らなかった。
 邪神の呪い。
 ルウリも訊いたことがある神話のはなし。
 疫病や天災を起こし、わざわいをもたらす邪神。近づく者を不幸に陥れるという。

「ラーク……嘘よね? あなたが邪神だなんて。だって、星玉師なんでしょう? この黒いもやは……あなたのせいじゃないわよね?」

 きっと、星玉の病気なのだ。それなのに、みんな邪神だとか呪いだとか勘違いをしているのだ。
 ラークは動揺した気配もなく、無表情を浮かべてルウリを見遣った。

「俺に、近づくな。ろくなことが起こらない。これでわかっただろう」

 ――そんな。
 ぎゅっと、胸の前で両手を握る。
 喉が絞られたように苦しくて、次の言葉が出てこない。
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