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エピローグ
こじらせ邪神とともに
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「よいしょ」
ルウリは王都を訪れたときと同じように麻袋を背負い、正門へと歩いていく。
突然のラクシュミの奇蹟に湧いた王都は、運河を作成する計画ができたらしい。人々は遠くの川まで水を汲みに行くこともなくなり、子どもたちは無邪気に川で泳いでいる。
邪から解放されたヴィクラムとカマルに、宮殿専属の星玉師にならないかと誘われたが、再び丁重に断った。ルウリは生まれ育ったエルナ村で星玉師を続けたいと願っている。
そしていつか、母を解放する。
とても貴重な経験を積めたことは、きっと今後の星玉との対話に生かせるだろう。
パナの細い足首に嵌められた緑の指輪を見遣り、微笑が零れた。
「あーあ、牛のテールスープに鴨のテリーヌ……専属になれば毎日食べられるのにぃ」
少し膨れたお腹を抱えながら、パナは溜息を吐く。連日宮殿でいただいたご馳走が忘れられないようだ。
「もう充分いただいたでしょ。太っちゃうわよ? ティルバルールにも嫌われちゃう」
「えっ、あんなやつ関係ないし! もうべつに会いたくないし」
そっぽを向いたパナは自分の台詞を後悔するように項垂れた。
ラークとティルバルールも宮殿の晩餐会に招待されたのだが、断って先に帰ってしまった。やはり邪神ということに負い目があるのかもしれない。
ラクシュミを解放してイディアに平穏をもたらすことはできたが、互いの願いを叶えるのはまだ先らしい。ルウリもパナと共に項垂れていると、ふと、門前に見覚えのある幌馬車が止められているのが目に入る。
「あら……?」
幌の上に、鷹のような神獣が止まっている。こちらを窺って大きな羽を広げた。
「お嬢さん方、どちらへおいでかな?」
御者台から降りてくる純白のローブ。
早足で歩み寄ったラークは、ルウリの背負う荷物を無言で手に取る。顎でしゃくり、馬車へと促された。
「エルナ村まで、乗せてもらえるかしら?」
「……いいとも」
御者台に乗り込むと、馬車は出発する。初めて会った日と同じように。
ちらりとラークの横顔を眺めると、彼の右目には元通り漆黒の眼帯が掛けられていた。ルウリの視線に気づき、金の眸がこちらに向けられる。
「また使うときが来る。俺の眼はおまえにしか解放できない」
ルウリは髪に挿した簪に手を遣る。
ふたつでひとつの邪の剣。
「邪を祓い続ければ、いつか善神になれる?」
「いつかな。剣が完成しただけでも多大な一歩だ」
「まさか、この星玉に柄が入ってたとは思わなかったわ」
「俺も驚いた。だいぶ飛ばされたから、てっきりラクシュミが呑んだのかと思ったが。ずっと探していた柄が、こんな近場に埋まっていたとはな」
溜息を吐くラークを見て、ルウリはわざとらしく唇を尖らせた。
「発掘したときに教えてくれれば良かったんじゃない? 土壇場で知らされるなんて、びっくりしちゃう」
「……悪かった」
手綱を操りながら、ラークは無造作に革紐を差し出した。以前貰って指輪を掛けていたのと同じ細い革紐。
「千切れたんだろ。これに掛けていろ」
「ありがとう」
パナの足首から外して革紐に結ぶ。指輪は元のように、ルウリの首から吊り下げた。一連の動作を見守っていたラークは、おもむろに咳払いをする。
「だから、俺は、いつかおまえのその指輪も解放してやりたいと思っているから手伝わせてほしい」
瞬いているルウリを横目で見ると、ラークはさっと視線を外す。心なしか顔が赤い。
見かねたティルバルールは主の肩に降りた。
「主よ、もっと率直に述べるべきだ。ルウリ殿に傍にいてほしいと」
「うるさいな、おまえら後ろに行ってろ」
手で追い払われたティルバルールは、パナを伴って幌の上に移った。
しばらく気まずい沈黙が続く。車輪が轍を踏む規則的な音が鳴り響いた。
ルウリはそっと呟いた。
「緑色の眸、きれいね」
「……気味悪くないか。生まれつきなんだが、できれば見られたくなかった」
「すごく、きれい。また機会があったら見たいな」
「そのうちな」
星玉の眸を持って生まれた邪神。そして、自らの緑の眸に刀身を封印した。
封印の力を授かったふたりがこれから向かう路は決して平坦ではないだろうけれど、一緒なら苦難も乗り越えられる。
夕陽が地平の境界上に沈もうとしている。蕩けるような橙色が世界を覆う。もうすぐ星が見えるだろう。星玉の元となった、天の星々が。
「私も、ラークが善神になれるお手伝いをしたいの。これからも、ラークと一緒にいたい」
瞠目したラークは、やがて深い息を吐いた。
「……いいのか。今更だが俺といると不幸になるぞ」
「今回のことで結構耐性ついたかな」
笑い声を上げると、つられたようにラークも微笑む。
天空には藍の紗幕が張られている。星がひとつ、弧を描いた。
「あ、流れ星」
「星玉がまたひとつ生まれたな」
神聖な気持ちで、星の流れた足跡に目をこらす。
たくさんの、願い、想い。
大地に息づいている星玉のこころ。
これからも数多くの星玉と出会い、語り合い、そして解放しよう。
不器用で優しい心を持つ、こじらせ邪神とともに。
ルウリは王都を訪れたときと同じように麻袋を背負い、正門へと歩いていく。
突然のラクシュミの奇蹟に湧いた王都は、運河を作成する計画ができたらしい。人々は遠くの川まで水を汲みに行くこともなくなり、子どもたちは無邪気に川で泳いでいる。
邪から解放されたヴィクラムとカマルに、宮殿専属の星玉師にならないかと誘われたが、再び丁重に断った。ルウリは生まれ育ったエルナ村で星玉師を続けたいと願っている。
そしていつか、母を解放する。
とても貴重な経験を積めたことは、きっと今後の星玉との対話に生かせるだろう。
パナの細い足首に嵌められた緑の指輪を見遣り、微笑が零れた。
「あーあ、牛のテールスープに鴨のテリーヌ……専属になれば毎日食べられるのにぃ」
少し膨れたお腹を抱えながら、パナは溜息を吐く。連日宮殿でいただいたご馳走が忘れられないようだ。
「もう充分いただいたでしょ。太っちゃうわよ? ティルバルールにも嫌われちゃう」
「えっ、あんなやつ関係ないし! もうべつに会いたくないし」
そっぽを向いたパナは自分の台詞を後悔するように項垂れた。
ラークとティルバルールも宮殿の晩餐会に招待されたのだが、断って先に帰ってしまった。やはり邪神ということに負い目があるのかもしれない。
ラクシュミを解放してイディアに平穏をもたらすことはできたが、互いの願いを叶えるのはまだ先らしい。ルウリもパナと共に項垂れていると、ふと、門前に見覚えのある幌馬車が止められているのが目に入る。
「あら……?」
幌の上に、鷹のような神獣が止まっている。こちらを窺って大きな羽を広げた。
「お嬢さん方、どちらへおいでかな?」
御者台から降りてくる純白のローブ。
早足で歩み寄ったラークは、ルウリの背負う荷物を無言で手に取る。顎でしゃくり、馬車へと促された。
「エルナ村まで、乗せてもらえるかしら?」
「……いいとも」
御者台に乗り込むと、馬車は出発する。初めて会った日と同じように。
ちらりとラークの横顔を眺めると、彼の右目には元通り漆黒の眼帯が掛けられていた。ルウリの視線に気づき、金の眸がこちらに向けられる。
「また使うときが来る。俺の眼はおまえにしか解放できない」
ルウリは髪に挿した簪に手を遣る。
ふたつでひとつの邪の剣。
「邪を祓い続ければ、いつか善神になれる?」
「いつかな。剣が完成しただけでも多大な一歩だ」
「まさか、この星玉に柄が入ってたとは思わなかったわ」
「俺も驚いた。だいぶ飛ばされたから、てっきりラクシュミが呑んだのかと思ったが。ずっと探していた柄が、こんな近場に埋まっていたとはな」
溜息を吐くラークを見て、ルウリはわざとらしく唇を尖らせた。
「発掘したときに教えてくれれば良かったんじゃない? 土壇場で知らされるなんて、びっくりしちゃう」
「……悪かった」
手綱を操りながら、ラークは無造作に革紐を差し出した。以前貰って指輪を掛けていたのと同じ細い革紐。
「千切れたんだろ。これに掛けていろ」
「ありがとう」
パナの足首から外して革紐に結ぶ。指輪は元のように、ルウリの首から吊り下げた。一連の動作を見守っていたラークは、おもむろに咳払いをする。
「だから、俺は、いつかおまえのその指輪も解放してやりたいと思っているから手伝わせてほしい」
瞬いているルウリを横目で見ると、ラークはさっと視線を外す。心なしか顔が赤い。
見かねたティルバルールは主の肩に降りた。
「主よ、もっと率直に述べるべきだ。ルウリ殿に傍にいてほしいと」
「うるさいな、おまえら後ろに行ってろ」
手で追い払われたティルバルールは、パナを伴って幌の上に移った。
しばらく気まずい沈黙が続く。車輪が轍を踏む規則的な音が鳴り響いた。
ルウリはそっと呟いた。
「緑色の眸、きれいね」
「……気味悪くないか。生まれつきなんだが、できれば見られたくなかった」
「すごく、きれい。また機会があったら見たいな」
「そのうちな」
星玉の眸を持って生まれた邪神。そして、自らの緑の眸に刀身を封印した。
封印の力を授かったふたりがこれから向かう路は決して平坦ではないだろうけれど、一緒なら苦難も乗り越えられる。
夕陽が地平の境界上に沈もうとしている。蕩けるような橙色が世界を覆う。もうすぐ星が見えるだろう。星玉の元となった、天の星々が。
「私も、ラークが善神になれるお手伝いをしたいの。これからも、ラークと一緒にいたい」
瞠目したラークは、やがて深い息を吐いた。
「……いいのか。今更だが俺といると不幸になるぞ」
「今回のことで結構耐性ついたかな」
笑い声を上げると、つられたようにラークも微笑む。
天空には藍の紗幕が張られている。星がひとつ、弧を描いた。
「あ、流れ星」
「星玉がまたひとつ生まれたな」
神聖な気持ちで、星の流れた足跡に目をこらす。
たくさんの、願い、想い。
大地に息づいている星玉のこころ。
これからも数多くの星玉と出会い、語り合い、そして解放しよう。
不器用で優しい心を持つ、こじらせ邪神とともに。
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