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新しい人生の始まり

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少女の記憶を思い出したのはジェンヌが水汲みをするためにバケツを持った時だった。
頭の中に以前の自分だった頃の記憶がまるで物語の様に頭をよぎり、その情報の多さにジェンヌは持っていたバケツを落とし、頭を抱えた。あまりの情報の多さにクラクラして座り込む。
時間としては短い。けれども、それが自身の過去の記憶だと気づいたジェンヌは今の自分の状況を見て喜んだ。
願いが叶って平民になっていたからだ。
前世の記憶はいつだって自身の屋敷と王宮を馬車で移動するだけの日々。
そこで行われる、歴史・語学・マナーに社交、それらを毎日頭に叩き込み、感情を出すな、ずっと微笑んでいろと強制される。
行き来の馬車から見える同年齢の子どもの楽しそうな姿だけが少女の楽しみだった。



「ジェンヌ?どうしたんだよ。水汲みに行かないとダメだろう?」

頭を抱えしゃがみ込んだジェンヌに、心配そうに声をかけてきたのは村の子ども達のリーダー格の少年、ルークだった。
手を差し伸べ、ジェンヌが立ち上がるとバケツを拾い渡してくれる。

「体調が悪いのか?俺、代わりに行ってやろうか?」
「ううん、ごめんね、ルーク。大丈夫」
「本当か?無理すんなよ」

ジェンヌの顔を覗き込んで心配するルークに、ジェンヌは首を振り微笑んで自身が元気だと伝える。
まだ心配そうにしているルークに、再度、平気だからと伝えるとジェンヌは水汲み場へと歩き出した。
木製のバケツはまだ7歳のジェンヌには大きい。
けれども、今日1日分の水を汲むには小さく、何往復かしないといけないのだ。

(思っていたよりも自由じゃなかったのね)

思い出してみると、貴族の方が良かったとジェンヌは少し後悔した。
こんな風に水を汲んだりしなくていいし、食事も硬いパンと僅かな野菜のクズのスープじゃなく、毎日おいしいものをお腹いっぱい食べられたし、髪や身体も使用人達が綺麗にしてくれたから今の様にガサガサじゃなかった。
思い出す前は、それが当たり前で普通のことだったのに。
前世なんて思い出すんじゃなかった。
そんなことを思いながら1日に使うための水を組み終え、ふぅとため息をついた。
カタンとバケツを置くと母親が顔を出した。

「お疲れ様。少し遊んできてもいいよ」
「ありがとうお母さん。そうするね」
「ああ、行ってらっしゃい」

母親も父親もジェンヌを可愛がってくれる。
その点だけは前世よりも今の方がいいとジェンヌは思った。
外に出ると、同じ様に家の用事を終えた子ども達が集まって今日は何する?と話している。
ジェンヌもその輪に入れてもらおうと声をかけた。

「みんな、私も入れて?」
「あ、ジェンヌ。いいよー!今日はねー森に行こうって話してたの!」
「この時期、森の花がとても綺麗でしょう?」
「それに、木の実とかもあるしなー」

村のすぐ近くの森は子ども達のいい遊び場だ。
この季節だと、アケビやクルミ・ヤマグリ等、山の恵みを夢中になって探して夕食の足しにしたり、綺麗に咲いている名もしない花を摘んで冠を作ったりとやれることは山ほどある。
貴族としての記憶など、すっかり忘れてジェンヌは夢中で森での遊びを楽しんだ。
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