3 / 14
OP
はじまり
しおりを挟む5月1日 東京
ぼくは、市立図書館にいた。
体育館ほどの広さのある、三階建ての空間に、数百万冊の蔵書が収まっている。
ぼくは、外国語コーナーにいた。
高校の授業で、外国の本を読んで感想を書けという課題が出たのだ。
今手に取っている本は、インターナショナルスクールに通う日本人の友達から教えてもらったものだった。
あまり有名ではないが、それなりに笑える小説とのことだった。
実際、読んでみれば、確かに彼の言う通りクスっと笑えた。
だが、英語で読むのと日本語で読むのでは、文章の理解度も変わってくる。
そこで、日本語訳がないかとネットで調べてみれば、見つかった。
ぼくは、さっそくその本を探すため、歩き始めた。
しかし、この図書館が広すぎるだけかもしれないが、外国語の本がやたらと多い。
友人の彼が一緒にいたなら、この蔵書の中からいくつの面白い本を紹介してくれるだろう。
日本語コーナーで、翻訳された小説を読むと、はじめの一ページから笑えた。
5月7日 成田空港
ぼくは、成田空港のスターバックスにいた。
今日は、インターナショナルスクールに通う友人の彼と待ち合わせをしていた。
彼は、外国にある提携校に短期留学するために、今日、珍しく関東地方にやってきた。
一人でいることを好む彼は、望み通り一人で東京観光を楽しんだ足で、ここまでやってくる流れになっていた。
ぼくはぼくで、空港という場所が好きだったので、朝からここに来て、コーヒーを飲みながら、読書感想文を書いていた。
気がつけば、昼になっていた。
お腹が空いた。
スタバで食事をするのも良いけれど、コスパで考えればここは食事に向かない。
もちろん、スタバの食事が高いのには高いなりの理由があるのだろうけれど、手の平サイズのサンドウィッチ一つに五百円というのは、ぼくには高いように思えた。
コスパで言えば、コンビニで買ったほうが安く済むのだけれど、ぼくが向かったのは、フードコートだった。
うどん屋さんでうどんと天ぷらとおにぎりを買い、席に着く。
磯辺揚げにかじりついていると、スマホが光った。
友人からだった。
空港に着いたらしい。
ぼくは、フードコーナーにいることをメッセンジャーで伝えた。
数分経って、彼はやってきた。
短く切り揃えられたダークブラウンの髪、ハニーブラウンの目には淡褐色の輪っかがかかっている。
身長はぼくと同じで174cm。
肩幅は少しがっしりしていて、背筋はピンと伸びている。
その姿勢の良さはバレエでもやっているかのようだ。
焦げ茶色のブーツ、濃紺のデニム、灰色のTシャツ、裾の長いフェルトコート。
いずれも、体にフィットしたサイズ感で野暮ったい感じはなかった。
服に無頓着な彼は、いつも似たような服を着ているのだ。
彼は、ぼくを見つけると、柔らかな笑顔を浮かべた。
彼は、大盛りのうどんと五つのおにぎりを手に、ぼくの隣にやってきた。
「相変わらず元気そうだね」彼は言った。
「君も元気そうだ」ぼくは言った。
彼は微笑んだ。「おかげさまで」
「こないだは助かったよ。外国の本なんて読まないから」
「英語得意だろ?」
「勉強はね」
「読めた?」
ぼくはうなずいた。「楽しかった。あれってシリーズ出てるんだね」
「六作目が一番好きだね。お土産買ってこようか」
「ありがと。他にも面白い本あったら教えて」
「もちろん」
ぼくはおにぎりをかじった。「思ったんだけど、日本語に翻訳されてないだけで、世界中には面白い本がたくさんあるんだろうね」
彼は微笑んだ。「あるよ。本も映画も音楽も」
「君はたくさん知ってるんだろうな」
「そうでもないよ。中学の頃と比べれば、友達も増えたけど、教えてくれることってあんまりないから。友達と会ってやることって言ったら、お酒飲んでこないだこんなことあったとか、そんな話しかしないから。あとは山の中でキャンプしたり」
ぼくは鼻を鳴らした。「リア充か。変わったな」
彼は笑った。「みんな一人が好きな人たちだから、気が合うんだ。いつも一緒にいるわけじゃないし、一緒にいてもそれぞれがやりたいことをやるんだ。本読んだり楽器演奏したり。だから、やってることは一人でいるのと一緒なんだけど、みんなと一緒にいるのも悪くないなって思える」
「良いね」ぼくもどちらかと言えば、一人でいる時間が好きだ。クラスメイトの中には、よく話す相手とかはいるけれど、友達っていう感じはしない。あちらはどうかわからないが、ぼくとしては、一人でいるといじめられたり、からかわれたりすることもあるので、そういったことを避けるために一緒にいるだけだった。中学のとき、彼と仲良くなったのは、彼が一人でいることを好むタイプだったからで、ぼくもそういうタイプだったからだ。それが、思いの外、彼と一緒にいる時はリラックス出来るので、未だに付き合いは続いていた。「ぼくもそっちに移ろうかな」
「来なよ」
「寮あるんだっけ」
彼はうなずいた。「大学みたいな感じで、必履修科目以外は自由に受講するクラスを選べるんだ」
「ぼくの学校は未だにオンライン学習だから、それはあんまり魅力に感じないな」
「オンラインも選べるよ」
「良いね」
「ぼくがこれから向かうのはノルウェーなんだけど」
「良いなぁ」
「ぼくの通ってる学校って世界中に校舎があるから、寮に空きさえあれば、いつでも好きな場所に移れるんだ。授業料もかからないし、一月百二十ユーロの寮費と交通費だけあればどこにでも行ける」
「寮ってどんな感じ?」
「一番安い部屋だと、三畳くらいの寝室に、バスルーム付き。キッチンは共同と部屋付きを選べるんだ。バルコニーも付いてるし、窓も大きいから閉塞感ないし、結構良いよ」
ぼくはうなずいた。「良いね。でも、しばらくは無理かな」
彼は方をすくめた。「来年からでもきなよ」
ぼくはうなずいた。
彼は、音を立ててうどんをすすり、おにぎりを頬張った。
もぐもぐと食べる彼は、宙を見ながら何かを考えていた。
「そう言えば、ぼくの幼馴染がね、なんか似たようなこと言ってた」
「転校したいって?」
彼は首を横に振った。「違う。世界中の本を翻訳するとかなんとか。いや、違う。その子、フリーランスで翻訳の仕事してるんだけど、この間ドイツの友達から小説を見てほしいって言われたんだ。その小説は趣味でやってるみたいなんだけど、その子、小説を読んでいるうちに、世界中の小説家志望から小説を預かって世界中のネットとか賞に応募すれば、夢を叶えられる人が増えるんじゃないかなって言ってた」
「楽しそうだね」
「紹介しようか?」
「なんで?」
「オンライン授業なら、自由に使える時間も多いだろ?」
「登校するよりはね」
「世界中のどこでも授業受けられるし」
「なんの話してんの?」
「その子、夏休みのプロジェクトのために人を集めてるんだって」
「自由研究みたいな?」
「優秀な子なんだ。飛び級で大学の授業も受けてる。ただの自由研究にも、予算が与えられる。メンバーは七人くらい」
「気が合いそう?」
「その子は賢いし、相手に合わせるの得意だし、相手を思いやれる子だから平気だよ」
ぼくはうなずいた。「女子?」
彼は、ニヤリと笑い、うなずいた。「可愛いよ。ボーイッシュ」
「スポーツ系? 文化系?」
「どっちも」
「にぎやか系? おとなしめ?」
「優しい系」
「彼氏は?」
「最後に会った時はいないって言ってた。先週」
ぼくはうなずいた。「良いね」
「じゃ、連絡しとくね。彼女に教えるのは、Facebookで良い?」
「ああ」
彼は、iPhoneを取り出し、ぼくを見た。「最後に彼女いたのいつ?」
「なんで?」
「いや、よっぽど飢えてるんだなって」
ぼくは笑った。「去年の十一月」
彼は首を横に振りながら口笛を吹いた。「それはそれは。良い男がプロジェクトに参加したがってるって言ってやらなくちゃね」
「おう、頼むわ」今日中にFacebookのプロフィールを更新しておこう。ぼくは前髪をかき上げて、Pixelで写真を取った。
「チャラいのは苦手な子だよ」彼は、iPhoneに視線を落としながら言った。「男らしくて、優しいのが好きだって」
「どうすりゃ良いかな」
「そのままで大丈夫っしょ。自分らしく行きなよ。ぼくだってムキムキのアメフトタイプってわけじゃないけど、気がついたらルクセンブルク人の彼女が出来てた。自然体が一番だ」
「自慢かよ」
彼は小さく笑った。「違うって」
「くそが」
彼は笑った。「落ち着けよ」彼は、iPhoneの画面をこちらに向けてきた。写真の中の彼は、ヨーロッパの美女とキスをしていた。
俺は彼の肩を殴った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
あの日、幼稚園児を助けたけど、歳の差があり過ぎてその子が俺の運命の人になるなんて気付くはずがない。
NOV
恋愛
俺の名前は鎌田亮二、18歳の普通の高校3年生だ。
中学1年の夏休みに俺は小さい頃から片思いをしている幼馴染や友人達と遊園地に遊びに来ていた。
しかし俺の目の前で大きなぬいぐるみを持った女の子が泣いていたので俺は迷子だと思いその子に声をかける。そして流れで俺は女の子の手を引きながら案内所まで連れて行く事になった。
助けた女の子の名前は『カナちゃん』といって、とても可愛らしい女の子だ。
無事に両親にカナちゃんを引き合わす事ができた俺は安心して友人達の所へ戻ろうとしたが、別れ間際にカナちゃんが俺の太ももに抱き着いてきた。そしてカナちゃんは大切なぬいぐるみを俺にくれたんだ。
だから俺もお返しに小学生の頃からリュックにつけている小さなペンギンのぬいぐるみを外してカナちゃんに手渡した。
この時、お互いの名前を忘れないようにぬいぐるみの呼び名を『カナちゃん』『りょうくん』と呼ぶ約束をして別れるのだった。
この時の俺はカナちゃんとはたまたま出会い、そしてたまたま助けただけで、もう二度とカナちゃんと会う事は無いだろうと思っていたんだ。だから当然、カナちゃんの事を運命の人だなんて思うはずもない。それにカナちゃんの初恋の相手が俺でずっと想ってくれていたなんて考えたことも無かった……
7歳差の恋、共に大人へと成長していく二人に奇跡は起こるのか?
NOVがおおくりする『タイムリープ&純愛作品第三弾(三部作完結編)』今ここに感動のラブストーリーが始まる。
※この作品だけを読まれても普通に面白いです。
関連小説【初恋の先生と結婚する為に幼稚園児からやり直すことになった俺】
【幼馴染の彼に好きって伝える為、幼稚園児からやり直す私】
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる