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『元』聖女、出発する
106. こいつは引退できるのか (1) -sideアロイス
しおりを挟むモニークの町に、陛下がお忍びで視察に来ている。
ミュリエルによって運ばれたその知らせを読んだのは、国境に入るまであと少しという場所だった。
――げ……いきなり来たのかよ。
しかしあのマティス陛下の性格を考えれば、それは来るだろうとも思った。
俺は既に皇国の仲間や親父殿へ、セレスティーヌを連れていくことを匂わせている。口止めはしちゃいないから、おおかた親父殿から陛下に伝わったのだろうな。
加えて、長年消えなかった大瘴気群が跡形もなく消え失せたとなれば、聖女の来訪と関連付けるのは当然だ。
俺があちらの立場なら、直に様子を確かめたくもなる。
だがこれをセレスティーヌにどう説明するか。
しばし迷い、結局は保留にした。
セレスティーヌの頭にある王族は、ロラン王国の国王とその息子だ。
王妃も夫や息子の絶大な味方であり、彼らの言うことには是しか返さない。おっとりとした性格と言えば聞こえの良い、楽しいことにしか興味のないお姫様のような女だと知られている。
これは人の口にのぼる評判だけでなく、セレスティーヌ本人からも事実だと裏を取れていた。
セレスティーヌの中には、王族がそういうものだと刷り込まれてしまっているに違いなく、先に陛下の人柄をあれこれ話しても、きっと何もかも嘘くさく聞こえる。
陛下だけでなく、俺にまで強烈な不信感を植え付ける結果になりそうだ。
でもな……親父殿が来るとは聞いてねえぞ!?
あんたこないだの連絡じゃあ、そんなことひとっことも書いてなかったろうがよ!?
このオヤジ、俺が女を連れて戻ると聞いて、面白がってねぇか?
案の定、総督邸に着いたら先手を打たれた。
陛下がセレスティーヌの人柄を確かめるまで黙っとけ、だとよ。
陛下はともかく親父殿よ、やっぱりあんた、俺の反応を面白がってやがんな……!
聖女に興味のなかった俺が、いきなり聖女贔屓になって戻れば、そりゃあそういう意味でなんかあるなと怪しむだろうよ。
それは半分図星でもなくもないが、あれはそういう女じゃねえってのに――あらゆる意味で。
だが、セレスティーヌの王族嫌いと同様、ウェルディエ皇国側にも『ロラン王国の聖女』への不信感がある。
仮に聖女本人に悪意がなかったとしても、やすやすと利用されるような女であってはまずい。
そうはならないと俺がいくら説明しようと、こっちはこっちで俺の口から出る言葉だからこそ、嘘くさいと思われそうだった。
それになんといっても、セレスティーヌは王子の婚約者として扱われ、王宮で暮らしていた。
どうせ中身はそこらの貴族令嬢と変わらず、贅沢と甘えの染みついた小娘なのではないか。
聖女への先入観を除いても、それが陛下や親父殿の――いや、彼らだけでなく、皇国民の大半が彼女に抱いているイメージだった。
まぁそんなもん、払拭すんのは簡単なんだがな。
一度セレスティーヌ本人と話してみりゃあ一発だ。
お綺麗な聖女様、お可愛らしくて現実の見えないお姫様。そんなセレスティーヌ像なんざ、砕け散るだろうよ。
だがな、おかしなことは言うんじゃねーぞ。
軽く試してみたくなっても、変に怒りを煽ったりすんな。
侮辱なんぞもってのほかだ。
あんたらの身のためにもな……!
「休憩時間? 気分転換? 何ですのそれ、何か美味しいものですの? 日々の疲れなど、疲れていないフリで乗り切るものですのよほほほほほ」
室内にセレスティーヌの高笑いが響き渡る。
着飾った彼女の姿は息を呑むほどで、美しいという誉め言葉以外に出てこないものだったが……
声質も鈴の音のように可愛らしいのに、悪女のごとき高笑いがまるで玄人だ。
気のせいか背中に稲妻を纏った暗雲が見えるぞ。
予想に違わずキレたな。
陛下と親父殿が本当にすまん。俺は止めたんだ。
その陛下と親父殿は、目を丸くしていた。
そうなるだろうよ、わかってたぞ。
「――これで、俺がお伝えしたことはご理解いただけたでしょう、陛下」
いい加減に俺、喋ってもいいよな?
声に怒りを込めてやると、陛下と親父殿はさすがに気まずそうな顔になった。
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