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世界の異変
7. 再突入と空腹の虫
しおりを挟む結局、高村にもう一度同じ説明をした。僕との通話は録音されているけれど、それを聴く権限を持つ者が限られ、当事者であっても簡単に聴き直すことはできないそうだ。
通話を切った頃には疲れ果て、そのまま爆睡した。
そして今朝、完全に不調の消えた頭で考えた。
――あれは現実と思って行動しよう。相手を『ニセモノ』と思い続けていたら、きっと攻略に失敗する。
俳優がよく言うだろう、本気でその役にならなければ演技に出ると。
あの世界は、何から何まで現実に寄せている。それを『どうせ作り物』と侮って行動していたら、いずれ世界そのものから排除されそうな気がしてならない。
むろん高村に言うつもりはなかった。また映画やマンガの見過ぎと言われるだけだ。
『レン』の設定も少し詰めておこう。言葉遣いは変に丁寧にしないほうがいい。冒険者という生業は、丁寧語を使う者のほうが少ないはずだ。
問題はモンスターを倒せるか、だが……ギルドに登録したてのうちは、地味に採集依頼をこなして、徐々に弱いモンスターを狩るしかない。
収入がなければ、回復薬も買えない。
「そういえばモンスターじゃなく、魔物って言わないと通じなくなっているんだよな」
高村はどうでもいい異変のひとつと言っていた。けれど『モンスター』よりも、呼び方ひとつで軽さが薄れる気がする。
より危機感をもって対峙したほうがいい相手、そんな感じが増すというか……個人的な感覚だけどな。
スーパーで買っておいたサンドイッチを食べながら、頭の中である程度まとめ、午前九時ジャストで連絡をすれば、すぐに高村が出た。
適当に挨拶を交わし、細かい話は省略して、僕は再びデューラーの部屋にいた。
「……ふう。なんか、変に落ち着くな……」
枕と毛皮。ふわりと包み込むデューラーの香り。直前まで張り詰めていた気分が、少しやわらいだ。
深く吸い込んで、瞼を開ける。
話に聞いた通り、前回ログアウトした瞬間から、時間がまったく経過していないようだ。
僕の状況も、物の配置も、窓から入る外の光もすべて同じ。
夕刻が近いのか、食事の匂いがかすかに漂い、腹の音がクゥと鳴った。
「! ……嘘だろ、お腹もすくのか?」
幌馬車の中で甘い草をもらっていた気がするけれど、あのぐらいで満腹にはならないか。
回復薬のお金だけじゃなく、食べ物を買うお金の心配も出てきた。なんてこった。
「く、また鳴った。仕方ない」
眠気が空腹に勝てたためしがない。しぶしぶ起き上がった。
そもそもゲーム内で睡眠を取れること自体おかしいのだが、デューラーの匂いの中で目を閉じていれば、普通に気分よく眠ってしまえるのは経験済みだ。
心が穏やかになり、胸がぽかぽか温まって……どうしてこんなに良い匂いなんだろう?
あまり冒険者と香水って結びつかないし、本人の体臭のはずなんだが。
それはともかく、腹が鳴る。
空っぽの胃にキュウキュウ急かされながらブーツを履いた。とにかく彼を見つけ、なんとか食べ物をもらえないだろうか。
今回は軽く動くようになった身体に安堵し、ドアノブに手をかけて、ハタと気付いた。
僕が部屋を出てしまうと、鍵をかける者が誰もいない。
「……ん? かかっていないぞ。いいのか?」
金属のにおいを追えば、小さなテーブルに鍵がそのまま置かれてあった。病人を部屋に寝かせ、鍵をかけずに出るなんて不用心ではなかろうか。
まあ、僕としては助かったが。
ドアを開け、左右をきょろきょろと確認する。獣人の姿は近くになく、ほとんど階下に集まっていた。
おそらく三階建て。ここは二階だ。音やにおいでここまでわかる自分に驚く。
廊下に残ったデューラーの匂いまで判別できた。複数の獣人のにおいが入り混じる中、そんなに時間の経っていない新しい香りだ。
耳がピクリと動く。彼は一階で誰かと話している。ここからでは、会話の内容までは聴き取れない。
ドアを閉じ、鍵をかけた。
ノブの近くに星型のマークがあり、見れば鍵にも同じマークがあった。これが部屋番号のようなものか。
廊下を歩き、階段の手前になって、短剣を部屋に置いて来たのを思い出した。
武器のない心もとなさに、今さら不安が芽生えてくる。取りに戻るべきか……。
けれどその前に、デューラーが移動を始めた。
耳は彼の足音を正確に拾い、そう経たずに階段の下へ狼族の青年が現われた。
「おい、何をしている!?」
「あ……」
怒っている? 部屋を無断で出たから?
あっという間に目の前まで距離を詰めたデューラーの顔は険しい。こうして近付くと、身体の大きさも実感した。二段も下に立っているのに、尖った耳の先がもう僕の頭より上の位置にある。
狼は小型種の選択がない。みんな大型なのだ。これまでのゲームでは体格差をほとんど意識したことがないのに、これも異変の影響なのか。
自分より大きい生き物が怖い、なんて。
それを取り繕おうとするより先に、両耳が勝手にぺそ……と伏せ、しかも震え始めた。
「っ……待て! 違う! そうじゃない! 怒っていないからな! その、声を荒げて悪かった。怯えるな。もう寝ていなくていいのか?」
「……?」
いきなり迫力が半減した。明らかに狼狽した顔で、矢継ぎ早に尋ねてくる。
これはつまり――心配してくれただけか?
僕の片耳が「あれ? 優しい?」とひょっこり立った。
――現金過ぎるだろう、この耳。高性能にもほどがある。もう少し隠す努力ができないのか。
「あーっ! 起きて大丈夫なの?」
「おいおい、無茶はよくねーぞ?」
デューラーを追って来たのか、イヴォニーとロルフが階下で目を丸くしている。
イヴォニーは美味しそうな人参色の毛並みと、爽やかな若葉色の瞳の猫族だ。色の組み合わせがますます人参っぽくて美味しそう……って何を考えているんだ僕は。
猫獣人は大型小型の区分がない。十代後半に見えるけれど、それでも『レン』より背が高かった。
ロルフはゴールデンレトリバーっぽい毛並みと、紫色の瞳の犬族。耳は垂れていないので、見た目は狼に近いけれど、においで犬族だとすぐにわかる。
おそらく大型種で、イヴォニーと歳が近そうだ。デューラーほどの美形ではないが、入学初日に友達百人が軽く達成できそうな明るい雰囲気のハンサムだ。
この二人がいるだけで急にガヤガヤと騒がしくなり、肩のこわばりが完全に抜けた。
よく見ればデューラーの瞳も、僕より少し下の位置にある。さっきのセリフもそうだけれど、怯えさせないように本気で気遣ってくれているのだ。
……なんだ。不必要に怯えて、こっちこそ悪かったな。
ごく自然に、口もとに笑みが乗った。
「熱はもう下がったんだ。世話をかけた」
苦手なタメ口がするりと出た。笑顔はあまり巧いとは言えなかったが。
ん? 何故かデューラーが硬直している。どうしたのだろう?
「デューラー? どうし……」
――腹が、盛大に存在を主張した。
早くオレにメシを食わせろと。
それはもういい音だった。
ここ一番の、いまだかつてない、しっかりクッキリ素晴らしい音程で響かせてくれた。
僕の両耳はビン! と立ち、眼下の三匹の耳もぴくぴくっと反応するのだった……。
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