僕と愛しい獣人と、やさしい世界の物語

日村透

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狼と寄り添う兎

29. 解消された不満

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 二年経過しているけれど、ざっと見て外見上の大きな変化はないようだ。
 年は四十代前半ぐらい。やせ型で白髪まじりの短髪、ふちなしのメガネがなんとも知的で似合っていた。
 高村と同じくラフな格好で、コーヒー色のジャケットとベージュのシャツを合わせている。個人的には大企業の社員というより、話しやすい教師のイメージがあった。
 最初に片耳につけたワイヤレスイヤフォンに触れ、マイクの角度か何かを調整しながら話しかけてくるクセも変わっていない。

《高村は社用でちょっと出ていてね。今日はもう戻りそうにないから、僕が代打で対応させてもらうよ。急なことで迷惑かけるね》
「とんでもない。吉野さんとお話できて嬉しいですよ」

 自然に笑顔が出た。最近僕は、高村と話すごとにストレスが積み重なっていたからな。
 画面に表示されている範囲はやはり上半身のみで、頬杖を突くクセはない。肘の部分は切れて見えないけれど、たまに両手を胸の下ぐらいで組んだり、考え込む時に片手で顎に触れたりもする。

《そう言ってもらえると僕も嬉しいねえ。こう見えて出世したから、多人数のオフィスじゃなく自分専用の部屋をもらってるんだ。今もそこで話してる》
「そうなんですか! え、それじゃあ吉野さんの背後にある大量の本、画像じゃなくて実物……!?」
《あはは、いやいや違うよ、これは画像! こういう古風な図書館っぽい絵が好きなんだ》

 ――これだよ、この会話。何気ない普通のお喋り。あの獣人達と話していた時みたいに、肩に変な力が入らないというか、入りかけた力を自然と抜いてくれる雰囲気があるんだ。

《そんなわけだから、この場では『これを口にしていいのかな』とか気にせず、気になったことを何でもそのまま報告してくれていいよ》
「……今までも喋ってましたが?」
《え?》

 お互いキョトンとした。いやだって、高村は場所を気にせず話していいとか、そんなこと言わなかったけど?

《チャットで文章のやりとりをしていたんじゃなくて?》
「普通に喋っていましたよ。以前僕が吉野さんとお話させていただいた時と同じ要領で」
《あれはそもそも、ほかの社員に聞かれてもいい内容だったから――ごめん向坂こうさかくん、これまで高村の奴とどんな感じでやりとりしてたのか教えてくれないかな?》

 ――!? この温厚な吉野さんがそんな言い方を!?
 これは全部チクるチャンス! ええ是非聞いてください!
 難しい顔で顎に手を当てている吉野さんに、高村とのこれまでの会話を思い出せる限りバラしてやった。

《あいつは……》

 聞き終えた吉野さんは、ますます渋面を作って唸る。その反応がすごく嬉しいです吉野さん。

《本当~にすまないね、さぞかし不快だったろう》
「はい。正直に言うと」
《ほんとあいつは……。きみとの対話にしても、喋るんだったら盗み聞きされないブースに移動しなきゃいけないんだけどね。面倒くさがって自席でやりやがったんだな。配信時のテストプレイと今回のこれは違うってのに》

 会社としては、こちらのほうが重要度が高いって捉えているんだろうか? だけど、それならなんで高村みたいな奴が担当になったのか疑問が湧いてくる。
 僕の戸惑いが顔に出ていたのか、吉野さんが眉を下げて溜め息をついた。

《フィサリス・プロジェクトは今、鬼忙しいんだよ。理由は想像がつくと思うけど》
「メインで売り出し始めたRPGが、配信開始からわずか一年半ぐらいで停止したから、ですね」
《そう。一年半だから、まだそこまで登録者は多くなかった。ところが、そのほとんどは後続のプレイヤーと差をつけたい課金勢でね》
「あぁ~……」

 こういうオンラインRPGは、早い段階で開始したプレイヤーが有利になる。いち早くレベル上げができて、アイテムをゲットするチャンスもあるからだ。
 だから初期段階での登録者のほとんどは、さっさと性能の良い課金アイテムを購入して、一気に差をつけようとする。
 そのお金も育てたキャラも無駄になったとなれば、そりゃあ大苦情だよな。
 停止の原因を探りつつ、苦情対応にマスコミの対応、お金と時間への補償をどうするか、そういったことで大忙しなんだろうなとは思っていた。

《そんなわけでぶっちゃけ、仕事のできる社員は全部そっちでかかりきりなんだ》

 つまり高村は仕事できない手の空いた社員……!
 常に『在席』表示で、いつ連絡してもすぐ応答があるから、こいつ暇なのかと思ってはいたけど!
 僕の対応以外はろくに仕事を割り振られていなくて、本当に暇だったとは……!

《もっとぶっちゃければ、高村の報告は端折はしょられている。さっきちょっと聞いただけでも、僕らに共有されていない点がいくつもあった。独断で取捨選択したんだろう》
「嘘でしょう? あいつそんなことまで」
《あまりに薄い内容しか上がってこなくて、テスターがちゃんと仕事してるのかって話にもなっていたんだ。でも僕は向坂こうさかくんが適当な仕事するかなって疑問だったから、きみ本人に訊いてみようと思ってね》

 そんな話になってたのか……!
 ありがとうございます吉野さん! 吉野さんが気付いてくれなければ、僕は給料泥棒テスターの容疑をかけられたまんまだったわけか!

《きみと高村の通話記録、すべて確認したいと思うけどいいかな?》
「もちろんです。こちらからお願いしたいぐらいです」
《ありがとう。ただ、全部聴くのに時間がかかるのと、僕自身忙しいから、何日かは高村の担当を継続させることになる。すまないけどその間、高村とは今まで通りにしてもらえるかな》

 吉野さんに代わってもらいたかったけれど、無理そうだな。ものすごく残念だ。
 だけどそんな顔をしたら、どうにもならないことで気遣わせてしまうし、平気な顔をしておかないと。

「わかりました。高村さんへの僕の報告の仕方は今まで通りでいいんでしょうか?」
《うん、それでいいよ。あいつの処遇に関しては、言った言わないの話にならないよう、録音チェックの後になる。あと何日かは我慢して欲しい》

 力いっぱい頷いた。我慢ぐらいしてみせよう。誰にも何も訴えられなかった状況と比べれば、こうして聞いてもらえただけでも遥かに気が楽になった。
 ついでに、高村には一蹴されたであろう素朴な疑問を、吉野さんに投げてみる。

「吉野さんは今回の件、何なんだと思ってますか?」
《異世界を体験できるゲームを作っているつもりで、本当に異世界と繋がっちゃったのかもと思っているよ》

 ……ジョークだよな? やけくそで言っているようにも見えない。
 反応に困っていると、吉野さんは普通の顔で続けた。

《『巡る世界』は僕らの手を離れた。あれをどうにか支配する手段は、もうないのではと個人的には思ってるよ。真面目な話》

 あまりにも普通の表情で普通に言うものだから、ますます冗談かそうでないかの区別がつかない。
 どう返そうかと頭を掻いていたら、吉野さんがあれ? と目を丸くした。

向坂こうさかくん、リングつけてたんだね。あんまりアクセサリーつけないタイプかなって勝手に思ってた》


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