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巡る世界
43. 森の迷宮の王
しおりを挟むゲームでは体感したことのない圧迫感を覚えた。
空間の歪みをぐにゃりと掻き分けながら、まずは頭部が現われ、そして前足がドスリと地を踏む。
ゆっくり歩きながら徐々に全身を明らかにしたそれは、体高がゆうに十メートルはありそうな巨大な鹿だ。
重苦しく渦巻く雲を背景に、黄金の毛並みは輝いて目立つ。けれど何より目を引くのは、その角。まるで大樹か、猛禽が翼を広げたかのように枝角が広く複雑に伸びて、そこには黄金の林檎に似た実が鈴生りになっていた。
攻略情報通りの、『森の迷宮』最深部のボスの姿。だが……。
「もう瞳が赤い」
僕の背をぞわぞわと悪寒が走り、耳が忙しなく動いた。
このボスの瞳は、最初は森と同じ明るい緑色なのだ。しかしこちらから攻撃を加えると怒りモードになり、瞳が赤くなる。
それが、現時点でもう赤い。無理やり連れて来られたから? それとも、出現時にそうなっているように設定されたのか?
わからないけれど、あの鹿の顔は確実に苛立っている。鼻の上や眉間のあたりにシワが寄っていて、凶悪な面構えになっていた。
うろうろと頭を左右に振りながら、何かを探っている。「ここはどこだろう」と困惑している感じだ。普通の鹿とは違い、ほとんど頭を低く下げない。理由は、あの角の実にある。
「……さっきまで森の中にいたのに、知らない場所へ急に連れて来られたから腹を立てているっぽいな……」
迷宮ボスに罠は無意味だ。仕掛ける時間もなかったけれど、この大きさと迫力を前にすれば、小手先の罠が効くわけないなと納得するしかない。
ボスの攻略情報から、それなりに戦い方を頭の中で組み立ててはきたけれど、どこまで通用するだろう。
変に刺激をするのも怖くて様子を窺っていると、不意に迷宮ボスは高く頭を持ち上げた。枝角が揺れてワサリと実が鳴り、ついそちらに目が行ってしまうけれど、今はあの実の味がどうとかそんなことに気を取られている場合ではない。
鹿が鳴いた。うつろな、奇妙に響く声だった。
「これって!? だってまだ……!」
巨大な黄金鹿の足元の空間に、次々と小さな歪みが生じ、中から魔物がゾロゾロと現われた。種類は決まっておらず、どれも討伐難易度がBランク級のものばかり。
ボスが仲間を喚んだのだ。ある程度戦い、HPを少し削れてきた頃に喚ぶはずだったのに。
僕は歯噛みした。嫌な予感が当たったのだ。
あいつには、ボスモンスターのお約束が適用されていない。
どこまでも果てしなく駆けて行けるフィールドで、能力の制限もない。HPの残量で速度が変わるとか、戦闘開始から何分経過したらこの攻撃を始めるとか、ボスの戦闘パターンという制約も消えてなくなっている。
自由度が高くなったのはお互い様ではあるけれど、この場合、時間が経つほど不利になるのは僕のほうだった。あの『仲間喚び』は、一度出てきたモンスターを全部倒されない限り、再召喚はできないものだったけれど……。
空間がまた歪んだ。ああやっぱり、何度でも、いくらでも喚べるのか!
様子見なんてしている暇はない。僕は召喚された魔物すべてを漏らさず『石の盾壁』で囲み、その内部に特大の『爆裂波』を放った。
同時に、全力で『炎の矢』を降らせる。石壁の向こうで凄まじい爆音と土煙、そこに巨大な炎の矢が無数に降りそそいで、すべての魔物は断末魔を上げることもなく焼滅した。
即座に僕は魔力回復薬を飲んで全回復を行う。加えて、持続回復効果のある薬も飲んだ。まだ少ししか消耗はしていなかったけれど、後でのんびり回復できる余裕があるとは――
「うっ!?」
視線が突き刺さった。物理的な威力を感じるほど鋭い視線が、鹿の王から注がれている。
仲間を一瞬で滅ぼされ、僕を敵と認識したのだ。
石壁が消えそうになり、僕はさらに壁を追加した。鹿はのそりと蹄で地面を掻き、……軽々と壁を越えた。
……そうだよね! バカ正直に突進する必要なんてないよね! 飛び越えれば済むよね!
『炎の盾壁』はもっと無意味だ。だってあれほど炎を降らせたのに、毛の一本も燃えていない。このボス、火や熱には絶対の耐性があるんだ。
僕めがけて振り下ろされた蹄に、咄嗟に『爆裂波』を放つ。衝撃で吹き飛ばしたかったんだが、その爆風で僕自身も吹っ飛ばされてしまった。
防具と僕自身の防御力、回避力のおかげで無傷だったけれど、ぽーんと飛ばされた先に迷宮ボスが突進してきた。
やはりこいつ、速い。ボスはだいたい、HPの残量で段階的に強く速くなっていく仕組みだったけれど、現実なら最初からこのスピード出してりゃいいじゃんっていう話だ。
でかいし強いし速いし、反撃のタイミングが掴めない。とにかく逃げて逃げて逃げまくっている間にも、蹄がドスンドスンと地面を抉り、吹っ飛ぶ土や岩から避けるしかなかった。
その何度目かで、強烈な蹴りを食らった。咄嗟に防御魔法を固めてダメージは免れたけれど、勢いよく吹っ飛ばされてしまった。
飛ぶ間に体勢を戻すことができず、ボスと目が合った。攻撃直後のクールタイムなどもちろん存在しない魔物は、飛ばされた僕めがけて間を置かず突進してくる。
しまった、やられる――
「ガルルルゥォォ……!」
ボスとは異なる場所から、獅子の咆哮が聞こえた。
同時に、身体の正面ではなく横から衝撃がくる。
僕のいなくなった軌道上に、黄金鹿の残像が通り過ぎ、地面にドオンと巨大なクレーターを作った。
「っ……え?」
「怪我はないようだな」
この腕。この声。このにおい。
青い目に見つめられ、震えそうになった。
耳は人の形ではなく、狼の耳。この世界に来てからずっと、僕を支え続けてくれた狼族――僕の大切なウォル。
たった今も僕を抱えて窮地から救った彼は、地面に着地しながら、恐ろしく広範囲に魔法を展開した。
その直後、ズドンと衝撃が走り、鹿の王の蹄が弾き返される。薄く円形に光った膜は、ウォルフリック・デューラーの神聖魔法の中にあった結界の一つだ。
さらにウォルは、味方の防御力を向上させる補助魔法も周辺に放った。回避に精一杯で気付かなかったけれど、いつの間にか平原に大勢の獣人が集まっている。
「うおりゃああっ、てめえら行くぜえええッ!!」
「うおおおおおーッ!!」
ひときわ堂々と吼えているのは、獅子族の男だ。彼は以前、ウォルに胸倉を掴まれていた――ええと、誰だっけ。すみません。
さっきの咆哮は、どうやら獅子族のスキル『鬨の声』だ。味方の体力と攻撃力を一定時間上昇させる、レイドボス戦においては不可欠のスキル。
迷宮ボスが怒りを募らせ、ガフガフと鼻を鳴らし、不気味な鳴き声を立て続けに発した。
『仲間喚び』だ。無数のBランク級の魔物が現われ、僕は顔をしかめた。こんなにハンターがいると、僕の魔法では彼らまで巻き込んでしまう。
その時、僕の真横から上がった凄まじい咆哮にギョッとした。狼族の『鬨の声』だ。そうか、この種族も獲得可能なスキルだったな。
遠方の仲間へ合図をするための遠吠えではなく、もっと重低音の、皆を奮い立たせる声。
「重ね掛けができるのか……!?」
僕は愕然とした。このスキルは二重三重に使っても効果はなく、途切れた直後にかけ直すスキルだったのに、あの獅子族の咆哮にウォルの咆哮が打ち消されていない。
「普通はできんらしいな」
ウォルが素っ気なく言った。そうか、やっぱりできないのか。ウォルが特別性ってことだな。
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けれど一回かかっただけでも強力なスキルが、二重でかかっているだけでも凄まじい効果だった。迷宮ボスの喚び出した魔物の群れは、ハンター達によってあっさり倒されてしまったのだ。
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