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新婚兎と狼の日常
10. 運の数値
しおりを挟む狸のおじさんの馬車は想像以上のスピードで進み、半日もしないうちに目的の村に到着してしまった。
僕らという重りが乗っている分、荷台が跳ねないからと言ってガンガン飛ばしていたけれど、速度超過した原付バイクぐらいは出ていたんじゃないかな?
馬車が出していい速度じゃなかったことは確かだ。
暴走荷馬車って迷惑だよね。乗っていたのが僕らじゃなかったら、乗り物酔い不可避だったよ。
ウォルいわく、仕入れた荷物を載せている時は常識的な速度らしい。だから村で何かを買い込んでくれれば、帰りは暴走しないどいうことだった。
それでも魔物に襲われた時は、暴走して逃げ切ったんだよね……。
「いんやぁ、魔物が途中で追うのをあきらめたんだよ。自分のテリトリーから離れすぎるのを嫌ったんじゃねっかな?」
「あ、そうなんだ」
自分が襲われたくせに、狸のおじさんは平然としたものだった。
げんなりしている僕の横で、こういうのに慣れているウォルでさえおじさんを睨み付けている。
「だから護衛は雇えっつってんだろう。前のやつがダメんなったのは、半分自業自得だぞ」
「耳が痛ぇよ~」
ウォルの苦言に、狸のおじさんは情けない声で返す。
よそと行き来する商人って、冒険者に護衛依頼を出すことが多いのに、このおじさんは滅多にそういうのをしないんだよね。
商売で遠くに行く時、『森の迷宮』まで顔見知りの冒険者を乗せてあげているのは、運賃代わりにちゃっかり護衛にしているからだった。
もちろん、自分と馬しかいない残りの道のほうが長いんだから、毎回無事で済んでいるのは単に運がいいだけなんだ。
「その運がこいつはやたら強い。そういう実績があるもんだから商人ギルドも甘くて、護衛なしでやっていても普通に仕事がくるんだ」
「そうなんだ。でも『運の尽き』って言葉もあるよね」
「まったくだな、レン。もっと言ってやれ」
「勘弁してくれよぉ」
おじさんはまたもや情けない声を出すけれど、ウォルもロルフもイヴォニーも「自業自得」で一致していた。
ごめんおじさん、僕もこっち側の意見だから。
運なんて不明確なものを頼りにして、命を危うくしていたら――って、そういえばステータスに『運』があったんだった。
あの数値って、今はどうなっているんだろう?
多くのゲームでキャラクターのステータスに『運』が設定されていたけれど、この数値が高いほど攻撃がヒットしやすくなったり、状態異常にかかりにくくなったりするんだ。『速度』と『運』の数値が両方大きいと、敵の攻撃の回避率がすごく高くなったりとかさ。
敵を倒せば経験値が入り、それが一定量に達すればレベルアップして、その際に各種パラメータの数値もいくらか上がる。それとは別に獲得できる振り分けポイントがあり、それを使って好きなステータスをさらに上げることができる仕組みだった。
『運』もそうやって上げることが可能な項目のひとつだったんだよ。
昔のゲームは運営がキャラごとの成長率を完全に決めて、プレイヤーは能力の上がり方をまったく調整できないゲームのほうが多かったらしい。それがいつからか、キャラの育成自由度の高い振り分け式がメジャーになったと聞いたことがある。
この世界の元になっている『巡る世界の創生記』では、キャラの種族に応じて自動的に上がる数値と、プレイヤーが自由にできる振り分けポイントが半々の仕組みだったな。
魔法による攻撃や拘束の成功率にも影響するから、僕は『運』にもそこそこポイントを振ったんだよね。
今は拘束魔法を多用することが多いから、そうしておいてよかったと思うんだけれど。
あの『運』の数値、まさか日常でも適用されるなんてことがあるんだろうか?
……状態異常効果のある罠や攻撃魔法の中に、各種パラメータの数値を下げるのがあったよな。
あのゲームでは、『運』の数値も下がる仕組みだった。
「……おじさん。敵の中には、相手の『運』を奪う奴もいるから、気を付けたほうがいいよ」
「へぇッ!? そんなんがいるってのかい!?」
「マジかよ? そんなの奪えるもんか?」
「ええ~っ、そんなのがいるの?」
ロルフやイヴォニーにまでびっくりされたけれど、ウォルは心当たりがありそうな表情で頷いていた。
「いるな、確かに。そんな敵がいた気がする……どんなのだったか、覚えていないんだが」
――あ。それはもしかして、前にウォルがいたゲーム世界の敵かな?
でもおかげで、僕の言葉には説得力が出たみたいだ。最高ランクの僕とウォルが異口同音に忠告したからには、狸のおじさんも「大丈夫大丈夫!」なんて言えなかったのだろう。
「ん~、そうかぁ。強運頼みにすんのは、これからちぃと気を付けっかな……」
「うん、そうしたほうがいいよ」
最悪なことになる前に修正のチャンスが訪れるという意味で、このおじさんは普通に運がいい人と言えるかもしれないけれど。
聞く耳を持たなかったらどの道無意味なんだから、このパラメータは人柄でも左右されるところがあるのかな、なんて思ったりした。
『湖の迷宮』手前にある村は、僕の想像していた小村よりも少し大きかった。
村に入ってからは常識的な速度に落とした馬車は、村で唯一という宿屋の前に停まる。
「ここで活動する冒険者のために、ギルドの資金で運営されている宿なんだが」
ウォルが少し言い淀んだのもそのはず、全体的に寂れている感じが漂っていた。
「宿だけじゃなく、なんか村全体が寂れた感じすんな」
ロルフも鼻をくんくんさせながら周りを見回していた。
ウォルが先頭で宿の入り口をくぐり、カウンターに進むと、中からドタドタと慌てた足音が近付いてきた。
「こいつはお久しぶりです、デューラー様! 本日はお泊まりですかね!?」
「ああ。部屋は……」
「全部空いてまさぁ! どうぞ泊まってってくだせぇ!」
そうか、とウォルは相手の勢いに面食らいつつ頷いた。
冒険者用の宿なだけはあって、村に一軒のみの宿屋なのに部屋数は充分に足りた。
普通ならこういう時に泊まる宿は、仲間の何人かが相部屋になるものらしいけれど、狸のおじさんも含めて全員が個室状態で借りることができた。
といっても、僕とウォルだけ同室にしたけどね。ウォルの希望で!
「……お客さん、ぜんっぜんいなかったみたいだねぇ……」
「まさかじゃなくとも、何ヶ月もゼロだったっぽいよな……」
客室に向かいながら、イヴォニーとロルフがひそひそと顔を合わせていた。
確かにあれはそんな感じだった。黄金鹿の討伐以降、『湖の迷宮』の依頼自体が滞っていたわけだから、その時からっていうことになるのかな?
いくら経営資金が冒険者ギルドから出ていると言っても、お客さんがゼロだったら生活がかつかつになってしまうんだろう。
もともとここに農村があったわけじゃなく、迷宮に来る冒険者のために自然とできた村らしいし、足を運ぶ冒険者がいなくなれば村全体が詰むんだ。
村の運営状況なんて、僕らみたいな一介の冒険者が考慮しなきゃいけないことじゃないけれど。
こういう場所が消えてしまうと、結局は僕らが困ることになるんだから、これからは定期的に来たほうがいいかもしれない。
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