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番外・後日談
僕が本当の意味で生まれ変わるまで (3) -sideルチナ
その後、フランツさんが大きな買い物籠を持って帰ってきた。
しどろもどろで挨拶をしたけれど、フランツさんは無言で頷くばかりで、とても不愛想で無口な人だった。
カッツェのお店は、このフランツさんのお祖母さんの名前らしい。その人がここにお店を建ててから、その子供に、孫にと、ずっと続いているんだそうだ。
ちなみにここがどこかをハンナさんに尋ねたら、ムスター領の中で一番大きな領都の中の、中央からちょっと外れたところだった。
「中央じゃなくても、領都だから人がたくさんいるんだよ。昔からいろんな人が食べに来てくれるのさ」
建物は一階部分がお店と厨房。ハンナさんとフランツさんは二階に住んでいて、僕が住まわせてもらうのは屋根裏部屋だ。
屋根裏といっても、天井の真ん中は僕の身長ならぎりぎり立てる。
広さは僕のいた牢の中と同じくらい。でも、ここの床は冷たい石じゃなく、木の板だ。
……知らなかった。絨毯がなくても、木ってそれだけで柔らかいんだなぁ。
それに、小さい窓がある。僕が通り抜けられないぐらいの大きさで、丸い形が可愛い。
風通しをよくするために、ちょっとだけひらくことができた。鎖が付いていて、手の平ぐらいの幅までしか開かないようになっている。
「フランツも子供の頃はここに住んでたんだよ。今じゃここで寝泊まりすんのは無理だけどね」
へえ。今のフランツさんはとっても身体が大きくて想像つかないけど、小さい頃があったんだ。
僕は無理でも、小さな子だったらこの窓をくぐれてしまう。
もしこの高さから落ちたら危ないから、完全には開かないようにしてあるんだって。
それからベッドと、服や小物を仕舞うための箱と棚。
箱の中には、僕の身体に合いそうな古着があった。
あらかじめ僕の背丈や体型を聞いていて、古着屋さんで買っておいてくれたらしい。
僕は今着ている服以外、本当に何も持っていなかったから、これはきっとお礼を言わなきゃいけないことだと思った。
「あ、あの。ありがとう……」
「いいよ。そういうのを用立てるためのお金はもらってるし――と、そうじゃないね。どういたしまして、だ。これからも感謝ってのは忘れちゃいけないよ」
「は、はい」
もしも「いいよ」のまんまだと、僕は「お礼を言う必要なんてなかったのかな」と本気で勘違いをしたかもしれない。
ハンナさんもそう思ったんだろう。僕は人との付き合い方っていうのが、本当に全然わかっていないから。
次に、僕のお仕事を教えてもらった。自分の部屋のお掃除とか、お店のお掃除とか。
それから、お客さんに飲み物やお料理を運ぶやり方。注文を取るのはまだ難しいだろうから、最初はそこからやるんだって。
お掃除のやり方は牢で習った。先生は「日常生活で最低これだけは必要です」っていうのを重点的に教えてくれたんだ。
習い始めの頃は、自分がもう貴族じゃないという実感がなくて、なんでこんなことしなきゃいけないのって泣いてばかりだったけど。
あそこで教わっていなかったら、きっと僕は今、もっと大変な思いをすることになっていた。
「食事は朝の開店前に一回と、閉店後の夜に一回だ。わかんないことがあったら、勝手に判断しないでちゃんと訊きな」
お料理の名前を覚えたり、お皿の運び方を練習して、終わる頃にはすっかりくたくたになっていた。
日も暮れてやっとお夕食の時間になり、僕はお店の中の席に座った。
そういえば食堂がないなと思っていたら、いつもお客さんがいない時に、客席で食べているんだって。
お夕食はお肉とイモを煮込んだスープと、丸い形のパン。このお店のメニューのひとつだ。
「あ……美味しい……?」
「そうだろ」
女将さんも僕と同じテーブルで同じものを食べながら、自慢げに笑った。
フランツさんはテーブルの横に立って、無言でこっくり頷いている。
あたたかくて、とっても美味しかった。
次の日から、僕はさっそくお店でお仕事をすることになった。
「おんや? 女将さん、新しい子を雇ったのかい?」
「うちで預かることになったんだよ。ルチナだ」
「る、ルチナといいます。よろしく、お願いします……」
「よろしくねえ。頑張りなよ!」
どぎまぎする僕に、ほとんどの人は優しかった。
すごく怖そうな見た目の人もいたけれど、「しっかりやれよ」って励ましてくれたり。
僕がずっと緊張してカチコチになっていたから、お連れの人が「怖がらせちゃダメだよ」って注意してくれたりもした。
目の回るような忙しさ――でも実際は、いつもよりお客さんの少ない日だったみたいだ。
昔の僕だったら、絶対こんなの信じられないだろうな。
お仕事をする自分なんて、想像すらしたこともなかった。
それにお料理の食べ方も全然違う。平民の中でも、「食べ方がキレイ」「食べ方が下品」ていう違いがあるんだけれど、これも牢の中の食事が練習になったんだ。
僕は貴族のマナーを忘れなきゃいけなかった。牢を出る前に、貴族じゃない自分になっておかないと、あとがとても大変だからって。
本当にそうだった。
僕はハンナさんに「食べ方がキレイでいい」って言ってもらえたけど、これでも昔とは食べ方が違うんだよね。
「あんた、思ったよりちゃんとやれるじゃないか。よかったよ。何もかも手取り足取り教えなきゃいけないかと、ちょっとばかり頭痛かったからさ」
ハンナさんは言葉はきついけど、そんな風に僕を褒めてくれた。
――よかった……すごくホッとした。
それに、なんだろう。
なんだか、すごく嬉しい。
閉店したらお店のお掃除をして、お夕食を摂り、お湯をもらって丁寧に身体を拭いて、ベッドに横になったらコトンと眠る。
朝起きたら朝食を摂って、お店を開ける準備をして……そんな毎日の繰り返し。
とにかく必死で、ほかのことを考える余裕なんてなかった。
一週間ぐらい経った頃、お仕事の手順がやっと頭に入り、ハンナさんが「そろそろ注文を取ってみてもらおうかね」と言った。
あの二人がお店にやってきたのは、そんな日だった。
「やあ、やってるね。このお店にはもう慣れた?」
「女将さーん、来たよー!」
初日に僕を助けてくれた、ヨゼファさんとアルマさんだ。
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