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悪(役)を救うには
25. やるからには一網打尽狙い
しおりを挟む「お母様、我が家の騎士団を動かしていいでしょうか?」
「許可します」
「えっ」
この「えっ?」は、緑髪のオヤジと義父上様の両方から出た。
動かしていいんですよ?
だって、俺の!
婚約者からの!
『たすけて』ですからっ!!
オヤジ二人への説明は後回しにして、俺は我が家の使用人に顔を向けた。
「おまえ達、リシェルの湯あみと着替え、必要なら食事の準備も頼む。もう手助けも声掛けもしていいぞ!」
「ありがとうございます!」
「お任せくださいませ!」
ムスター側の使用人達は、半数ほどが涙腺の危機になっていた。我慢してくれてありがとうね。
「さあ、リシェル様、こちらへ」
「お顔をお拭きいたします。お湯も浴びて、さっぱりいたしましょうね」
「よく頑張られましたね。もう怖いことは何もありませんからね」
口々に優しい声をかけられて、リシェルはわけがわからない様子でキョロキョロしていたが……
「……ふえぇぇ~ん……」
「あらあら……」
「ううっ……こんなにお小さいのに、おいたわしいこと……グス……」
これがまともな大人の反応ってやつだぞ? そっちのおまえら、ちゃんと見ろ。
あちら側で震えている使用人に見せつけるのもそうだが、リシェルにも少しずつでいいから、理解してもらいたい。おまえがダメな子だったんじゃなく、今までおまえの周囲にいた奴らこそが、いかに性悪な嘘つきだったのかと。
連れて行かれたリシェルの背中を、とうとう声をかけそびれた義父上様が情けない顔で見送っている。
「お義父様。お気持ちはわかりますが、先に憎きお仕事を片付けてしまいましょう」
「おとっ……? いや、待て。騎士団だと……?」
「到着したら細かい指揮はあなたにお任せします。だって取り囲むのは、あなたの本邸なんですから」
「は……!?」
「その前に」
俺は笑みを消して、ヴェルク側の使用人を見た。
「捕えろ」
我が家の従僕が一斉に動いた。このために力自慢を大勢配置させていたんだ。
彼らは秒で反応し、あっという間に義父上様の従者以外を取り押さえてくれた。
義父上様が呆然とし、ヨハンはおろおろ……あ、まだいたんだっけ。きみ、用は済んだからもう部屋に帰っていいよ。
目の前の捕り物にも一切動じず、扇子で口元を隠し、悠然としている母上様とお姉様は今日も麗しくて素敵です。
レナード・フォン・ヴェルクの武人気質は、彼の美点であると同時に、最大の欠点でもあった。
彼はヴェルク公爵家の武力のほとんどを、一時荒れていた地域に分散して残し、少ない手勢でこちらに戻っていた。
もし彼がムスター家ではなく、自分の本邸へ先に戻っていた場合、おそらくゲームと似たような展開を辿っていたに違いない。
息子の酷い有様を目にして、激怒し、思い上がった使用人を一掃する。
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シーンが移り変わる際に流れたテキストに、ハッキリそう書かれていた。
罪人の数は、ヴェルク公の想像以上に多かった。しかも彼は息子の虐待に加わった罪人が誰なのかを把握する前に、怒りに駆られて「この者どもを捕えよ」と騒いだ。
パトカーのサイレンで犯人が逃げる状態。防犯にはいいけれど、こういう時は覆面パトカーのほうがいいよね。
結局、奴らは蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。
逃げた後、そいつらがどうなったかは不明。何かのイベントで再登場することもなかった。
リシェルを虐げた者は、確かに、彼の周辺からいなくなりはした。
ただ、『逃げられた』という後味の悪さだけが残った。
優先すべきはリシェルだから、まず彼が助かればいい。ひとまずそうなっても仕方がないと俺は思っていた。彼を保護した後で、逃亡犯狩りを人生の趣味にでもすればいい。
でも思いがけず義父上様がうちに来てくれたから、全部捕まえることができるかも? と思い立った。
母上様をバリバリに警戒している彼は、普通に招いても応じなかったろうから、結果オーライだ。
公爵家ともなると従業員の数は数百名規模になる。けれど、その全員が邸内で働いているわけじゃない。
加えて、お坊ちゃまのお住まいの近くで働く者の数は限られ、一度も姿を見かけたことがない、なんて者もザラだ。誰を捕えればいいのか事前にわかっていれば、うちの戦力で充分にいける。
義父上様の指示により、我が家の騎士百名がヴェルク公爵邸を取り囲んだ。中には猟犬を連れている者もいる。
ちなみに四公騎士団の構成人数は、一番少ないムスターがおよそ五百名、一番多いのはシュピラーレの二千名だそうだ。経済格差の暴力。
といっても、百名の騎士がぞろぞろ大移動をしていたら目立つから、四方に分散してヴェルク邸に接近した。ムスターがヴェルクを攻めようとしているなんて誤解をされたら大変だから、ヴェルクの騎士団からもすぐ動ける数十名が出迎えて合流してくれている。
ヴェルク邸の使用人は、何がなんだかわからぬまま、ものものしい空気の中で全員が集められた。何が起こっているのか理解できていないから、今のところ逃げた者はいない。
何やらご主人様の機嫌が悪そうだが、どうしてだろう? ご主人様の隣にいる、あのお坊ちゃまはいったい……?
そんな困惑と恐怖がいくつも見受けられた。
俺の護衛騎士の服にムスター家の家紋があることから、正体を察した者もいたようだけれど。
「あれの住んでいた部屋に案内せよ」
「は……」
義父上様がわざとぶっきらぼうに命じたのは、リシェル付きと判明している使用人だ。ムスター邸に来ていたのは全員ではなく、そいつらを尋問して、リシェル付きの者を全員聞き出していた。
何かマズイと察しつつ、命じられれば従うしかない使用人は、義父上様を案内した。
使用人棟の一角へ。
「…………笑えん冗談だ」
「は……いえ……あの……」
現実だから笑えないよな。
公爵家の長男の部屋が、使用人棟の一人部屋。それも端っこにあり、埃っぽくてカビのにおいもする。
けれどそこにある粗末なベッドの上に、リシェルに合いそうなサイズの寝間着その他の衣類を目にして、義父上様はぶるぶると震えていた。
何度も深呼吸をして怒りを抑え、次に案内させたのは次男ルーディの部屋。
そこは彼の亡き妻の部屋であり、段違いに清潔で広く、部屋数もたくさんあり、一歳の赤ん坊にこんな環境いらねえだろっていう部屋だった。
しかもこんな赤ん坊の専属が、リシェルよりも多い。リシェルを虐げていたのは彼付きの者だけでなく、ルーディ付きの奴らもだ。
次に、執事への尋問を行った。家令は当主の補佐がメインの仕事だから、当主が長らく不在にしているヴェルク本邸にはおらず、トップは実質この執事なのだ。
ほかの連中と口裏を合わせないよう、執事とメイド長はそれぞれ別室で行う。
義父上様いわく、長年ヴェルク家に仕えてくれている忠実な執事なのだそうだ。年齢はうちの執事と変わらないぐらいか。
「おまえはリシェルが使用人部屋にいたことを知っていたか」
「? ……はい。存じておりました」
何故そのようなことをお尋ねになるのだろう、という顔に、義父上様は愕然としていた。
結論として、ヴェルク本邸の執事とメイド長は、どちらも第二性フェーミナへの強い嫌悪感と差別意識の持ち主だった。男児のなりそこないであり、栄光ある公爵家の令息として恥ずべき存在ではありませんかと、まるでそれが真実であるかのように普通の顔で話していた。
有罪。
けっこうな人数を地下牢に放り込み――やっぱりヴェルクさん家にもあった地下牢――俺はホクホク。その一方で、爆発しそこねた怒りが灰になったのか、意気消沈している義父上様。
そんなところに塩を揉み込むようで悪いんだけれど、俺はもう一つ、ハッキリさせておきたいことがあった。
「お義父様。リシェルをこの家には不要だのなんだの、最初に言い出したのが誰なのか、全員に訊き出してもらえます? ひょっとしたら、もっときつい事実が判明してしまうかもしれませんけれど」
「最初に言い出した者……?」
公爵令息の悪口を、彼らが最初に聞いたのは誰からだったのか。
義父上様も気になったのか、使用人全員への徹底的な尋問が命じられ、答えはその日のうちに出た。
「……二人いた。妻と、妻の侍女だ」
二人? ――俺は奥さん一人かと思っていたのに。奥さんの侍女ねえ?
聞けば、その侍女とやらは奥さんのお腹が大きくなった頃、いつの間にか姿を消していたそうだ。わぁ怪しい。
そして奥さん自身も、実はフェーミナに差別意識をお持ちだったと判明した。夫が多忙を理由にほとんど家に寄りつかなくなったのは、実は仕事でも何でもなく、フェーミナを産んでしまった自分に幻滅したからではないかと、侍女と一緒に嘆く姿が見かけられたそうだ。
そして、最初にリシェルを虐げ始めたのは、誰あろう奥さんその人だった。
「信じられん。あの、心優しい妻が……」
貞淑で心優しい、素晴らしい貴婦人と評判だったらしい。へぇ、そうなんだ。
でもさ……あの虐待の布陣が、昨日今日で築けるものか?
ゲームのリシェルは、父親の帰還によってようやく苦痛の日々を脱した。表面上は。
ここで疑問なのは、リシェルの親ってもう一人いたよね? ということ。
出産までは生きていた母親が。
我が母上様とは違い、有り余る時間を優雅にお過ごしだったらしい、皆々様からの評判がよろしいヴェルク公爵夫人。
貞淑な貴婦人の仮面が分厚いあまり、「仕事とアタシのどっちが大事なの!?」とは訊けないタイプだったのかもね。
そんな彼女を、リシェルの前でも「彼女は素晴らしく優しい妻で……」なんぞと褒めちぎっていたのなら、ゲームのリシェルが最後まで父親に心を許せなかったのも道理だ。
いかに周囲の人間を、表面上しか見ていなかったかという証拠ですね。
「幻想が崩れ去って残念でしたね! とりあえず、現実を生きているリシェルにとってあなたの個人的な感傷なんてパン一個分の価値もありませんから、彼のために切り替えてあげてください!」
義父上様ガンバ! と、明るく励ましたら恨みがましい目で睨まれた。
けれど身から出た錆が足元にてんこもりなせいか、義父上様は俺に言い返すことはなく、頭を抱えて溜め息をついた。
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