82 / 265
小さな魔王による改革
82. ほんのりジェラシー的な何か
しおりを挟む部屋に控えていたノアに目配せをして、リシェルをハンモックに運んでもらった。
……なんかこう、チリッとする。
俺がリシェルを落とさずに運べる方法はおんぶしかなくて、途中で絶対に起こしてしまう。でもカイやノアは、当たり前だが身長も腕力も段違いだし、姿勢も安定するからほとんど起きることがない。
内心ちょっと悔しいなと思いつつ、俺もミッテちゃんを抱えてハンモックへ寝転がった。
ところでノアよ? リシェルの顔をあっちに向けて寝させたのはわざとなのか? たまたまなのか?
「おやすみなさいませ」
「ん……おやすみ」
ノアの表情や声からして、別に深い意図はなかったようだ。
俺の勝手な被害妄想だな、すまん……。
カイが俺に薄手の毛布をかけ、灯りを消した。従僕二人もそれぞれのハンモックへ向かい、横になる音がする。
だいぶ暗くなったけれど、室内の灯りはひとつだけ付いていた。護衛騎士の近くに置かれている蝋燭立てだ。
瞼を閉じてしばらくすると、その小さな光だけでも、さまざまなものが判別できるようになる。
薄目を開ければ、闇の中にぼんやりと浮かぶ白金の髪。
リシェルはこちらでの仕事を心底楽しんでくれているようだ。出会った頃は舌足らずな口調で、勉強も遅れまくっていたというのに、今や感情も言葉も思うままに発することができている。さらには俺と同じ計画書を読み、内容が理解できているのだから、この子の努力と成長っぷりには感嘆させられるな。
けれど俺に付き合わせ、西へ東へと歩き回っているものだから、やっぱり疲れているのだろう。夜になればストンと寝落ちすることが増えていた。
「…………」
俺はリシェルの首輪を見た。こんな風に彼が寝ている時でもなければ、あまりまじまじと見ることはできない。フェーミナの首輪を見ることは不作法には当たらないとされていても、値踏みされる側からすれば気持ちよくはないだろうなと思ったからだ。
その首輪は前面が銀細工で、後ろ半分が上質な革になっている。首の後ろで留める金具も、一見すればそれ自体が装飾品のように豪華だ。
ヴェルクの義父上様が、息子のために用意した高級品。なんだが、リシェルがヴェルク邸で暮らしていた頃は、首輪を自力で手入れするしかなかったため、よく黒ずんで薄汚れていたそうだ。
おまけに本人の意思で外すことが許されない。我が家では入浴時だけ自由に外していいと、俺が許可をしている。
ずっと外していてもいいよ、とは言えなかった。試しに言ってみようとしたら、声が出なかったのだ。文字でも書けない。
太古のアホな王様の『願い』が、未だ弱まることなく強制力を持っているのだ。
「いえ、少し違いますよ。あの祠で一度叶えられたことは、別の願いで上書きでもしない限り、薄れも消えもしません。それにもうかなりの年月が経ちましたから、この世界の仕組みの一つとして完全に定着しているのです」
俺の頭上を寝床にしていたミッテちゃんが、もそりと身じろぎをして言った。
人の本能レベルで染みついちゃってるってこと?
「そうですね。ここにあった祠が最後でしたし、次に天使像が出現することはもうないでしょうから、どうあってもそれは変えられません。それにあなたも、その部分を『変えなければ』とは感じていないでしょう?」
――実はそうなのだ。俺自身、こうやって人の首輪というものを見ていても、あまり抵抗感がない。
前世ではファッションの感覚だったから?
そうではなく、これの意味合いを理解した上で、当たり前の感覚になっているのだ。
それどころか……。
開けていた薄目を閉じた。明日も忙しいんだから、さっさと寝てしまおう。
今年はバウアー男爵邸でのパーティーが六月の初旬にある。昨年の天候でヴェルク領の収穫がずれ込んだとかで、今年はやや遅めにあるのだ。
エアハルトに直接会って近況を聞ける数少ない機会でもあるし、遅れないように戻らなければ。
バウアー男爵にも時間を取ってもらえないか、事前に手紙を出しておこう。
毎年この時期に行われるあのパーティーは、ヴェルク産の品だけを紹介する場だ。それ以外にも男爵はさまざまな催し物に客を招いているから、そのうちのどれかで『ムスター領から輸入した珍しい品』を紹介してもらいたい。
それから、男爵の次男のウィリス。確かもう十九歳になっているはずだが、彼をリシェルの文通友達にしてもらえないか頼もう。本当なら非公式の家庭教師をしてもらいたかったんだけれど、母上様やお姉様にそれは無理って言われちゃったからな。
あとは……ティバルトの野郎、今年はパーティーに出るのかな?
去年のパーティーには来ていなかった。参加必須ではないから、いてもいなくても自由ではあるんだが、どうもティバルトのアホ坊ん、ムスター家の奴らが出ているパーティーなんて嫌だ! とかってゴネたらしい。
シュピラーレ公が怒っても断固拒否の姿勢を崩さなかったようで、「無理に行かせても問題を起こすだけだろう」と結局は欠席させたそうだ。
そういう話がどうしてうちにも伝わっているかというと、例のごとくティバルトくん本人が、お友達に武勇伝の如く語りまくっているからである。
シュピラーレのおじさんに同情心が湧いてくるエピソードだな。
いくらティバルトにお友達がたくさんいようと、こちらはムスター、ヴェルク、レーツェルと三公爵家の子供が揃っている。
一対三だ。そしてレーツェル公がいくら母上様を嫌っていようと、シュピラーレの絶対的な味方というわけではない。
大人達からすれば、どちらにつくべきか一目瞭然の構図なのだ。
ティバルトのキラキラオーラに吸い寄せられている奴らは、それを理解できていない……。
「ランハート。そのへんにしておいて、眠るのに集中したほうが良いのでは? 今は子供ですから寝られるのでしょうけれど、大人になったら寝つきが悪くなってしまいますよ」
おっと、言われてみればそうだな。就寝前に考えるクセを付けると、将来不眠に困るはめになりそうだ。ありがとうミッテちゃん。
今夜はもう考えるのはやめて、俺は密かに聞こえてくる寝息に耳を澄ませることにした。
いったん区切りをつけてムスター邸に戻ると、母上様とお姉様、それから今回もまたヨハンの出迎えがあった。
ちょっと微妙な気持ちである。あちらも微妙な顔をしているので、お互い様なようだ。
晩餐の時間までは早いから、まずはおのおの自室に戻り、風呂に入って旅の汚れと疲れを取ろうということになった。
部屋に着くと同時に、タイミングよく我が家の工房の者から連絡が来た。
どうやら、ほかの家族がいない時を狙って報告してくれたようだ。
「ご注文のお品でございます。いかがでございましょう、若様」
「……最高だ」
ファーデンとグランツの予算には手をつけていない。お金は公爵令息、つまり俺個人のための予算から出した。
本来なら最も値の張る『宝石』の部分がタダで済んだので、それ以外にドカンと惜しみなくつぎこんだ。
なめらかなベルベットの上に並べられたのは、三種類の装飾品。
一つは、俺用のブレスレット。
あとの二つは、リシェルのために用意した。
耳飾りと、首輪だ。
4,432
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新!
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新!
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
お気に入り・感想、宜しくお願いします。
悪役令息の兄って需要ありますか?
焦げたせんべい
BL
今をときめく悪役による逆転劇、ザマァやらエトセトラ。
その悪役に歳の離れた兄がいても、気が強くなければ豆電球すら光らない。
これは物語の終盤にチラッと出てくる、折衷案を出す兄の話である。
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる