どうやら悪の令息に転生したようだ

日村透

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小さな魔王による改革

82. ほんのりジェラシー的な何か

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 部屋に控えていたノアに目配せをして、リシェルをハンモックに運んでもらった。
 ……なんかこう、チリッとする。
 俺がリシェルを落とさずに運べる方法はおんぶしかなくて、途中で絶対に起こしてしまう。でもカイやノアは、当たり前だが身長も腕力も段違いだし、姿勢も安定するからほとんど起きることがない。
 内心ちょっと悔しいなと思いつつ、俺もミッテちゃんを抱えてハンモックへ寝転がった。
 ところでノアよ? リシェルの顔をあっちに向けて寝させたのはわざとなのか? たまたまなのか?

「おやすみなさいませ」
「ん……おやすみ」

 ノアの表情や声からして、別に深い意図はなかったようだ。
 俺の勝手な被害妄想だな、すまん……。
 カイが俺に薄手の毛布をかけ、灯りを消した。従僕二人もそれぞれのハンモックへ向かい、横になる音がする。
 だいぶ暗くなったけれど、室内の灯りはひとつだけ付いていた。護衛騎士の近くに置かれている蝋燭立てだ。
 瞼を閉じてしばらくすると、その小さな光だけでも、さまざまなものが判別できるようになる。

 薄目を開ければ、闇の中にぼんやりと浮かぶ白金の髪。
 リシェルはこちらでの仕事を心底楽しんでくれているようだ。出会った頃は舌足らずな口調で、勉強も遅れまくっていたというのに、今や感情も言葉も思うままに発することができている。さらには俺と同じ計画書を読み、内容が理解できているのだから、この子の努力と成長っぷりには感嘆させられるな。
 けれど俺に付き合わせ、西へ東へと歩き回っているものだから、やっぱり疲れているのだろう。夜になればストンと寝落ちすることが増えていた。

「…………」

 俺はリシェルの首輪を見た。こんな風に彼が寝ている時でもなければ、あまりまじまじと見ることはできない。フェーミナの首輪を見ることは不作法には当たらないとされていても、値踏みされる側からすれば気持ちよくはないだろうなと思ったからだ。
 その首輪は前面が銀細工で、後ろ半分が上質な革になっている。首の後ろで留める金具も、一見すればそれ自体が装飾品のように豪華だ。
 ヴェルクの義父上ちちうえ様が、息子のために用意した高級品。なんだが、リシェルがヴェルク邸で暮らしていた頃は、首輪を自力で手入れするしかなかったため、よく黒ずんで薄汚れていたそうだ。
 おまけに本人の意思で外すことが許されない。我が家では入浴時だけ自由に外していいと、許可をしている。
 ずっと外していてもいいよ、とは言えなかった。試しに言ってみようとしたら、声が出なかったのだ。文字でも書けない。
 太古のアホな王様の『願い』が、未だ弱まることなく強制力を持っているのだ。

「いえ、少し違いますよ。あの祠で一度叶えられたことは、別の願いで上書きでもしない限り、薄れも消えもしません。それにもうかなりの年月が経ちましたから、この世界の仕組みの一つとして完全に定着しているのです」

 俺の頭上を寝床にしていたミッテちゃんが、もそりと身じろぎをして言った。
 人の本能レベルで染みついちゃってるってこと?

「そうですね。ここにあった祠が最後でしたし、次に天使像が出現することはもうないでしょうから、どうあってもそれは変えられません。それにあなたも、その部分を『変えなければ』とは感じていないでしょう?」

 ――実はそうなのだ。俺自身、こうやって人の首輪というものを見ていても、あまり抵抗感がない。
 前世ではファッションの感覚だったから?
 そうではなく、これの意味合いを理解した上で、当たり前の感覚になっているのだ。
 それどころか……。

 開けていた薄目を閉じた。明日も忙しいんだから、さっさと寝てしまおう。
 今年はバウアー男爵邸でのパーティーが六月の初旬にある。昨年の天候でヴェルク領の収穫がずれ込んだとかで、今年はやや遅めにあるのだ。
 エアハルトに直接会って近況を聞ける数少ない機会でもあるし、遅れないように戻らなければ。

 バウアー男爵にも時間を取ってもらえないか、事前に手紙を出しておこう。
 毎年この時期に行われるあのパーティーは、ヴェルク産の品だけを紹介する場だ。それ以外にも男爵はさまざまな催し物に客を招いているから、そのうちのどれかで『ムスター領から輸入した珍しい品』を紹介してもらいたい。
 それから、男爵の次男のウィリス。確かもう十九歳になっているはずだが、彼をリシェルの文通友達にしてもらえないか頼もう。本当なら非公式の家庭教師をしてもらいたかったんだけれど、母上様やお姉様にそれは無理って言われちゃったからな。

 あとは……ティバルトの野郎、今年はパーティーに出るのかな?
 去年のパーティーには来ていなかった。参加必須ではないから、いてもいなくても自由ではあるんだが、どうもティバルトのアホん、ムスター家の奴らが出ているパーティーなんて嫌だ! とかってゴネたらしい。
 シュピラーレ公が怒っても断固拒否の姿勢を崩さなかったようで、「無理に行かせても問題を起こすだけだろう」と結局は欠席させたそうだ。
 そういう話がどうしてうちにも伝わっているかというと、例のごとくティバルトくん本人が、お友達に武勇伝の如く語りまくっているからである。
 シュピラーレのおじさんに同情心が湧いてくるエピソードだな。

 いくらティバルトにお友達がたくさんいようと、こちらはムスター、ヴェルク、レーツェルと三公爵家の子供が揃っている。
 一対三だ。そしてレーツェル公がいくら母上様を嫌っていようと、シュピラーレの絶対的な味方というわけではない。
 大人達からすれば、どちらにつくべきか一目瞭然の構図なのだ。
 ティバルトのキラキラオーラに吸い寄せられている奴らは、それを理解できていない……。

「ランハート。そのへんにしておいて、眠るのに集中したほうが良いのでは? 今は子供ですから寝られるのでしょうけれど、大人になったら寝つきが悪くなってしまいますよ」

 おっと、言われてみればそうだな。就寝前に考えるクセを付けると、将来不眠に困るはめになりそうだ。ありがとうミッテちゃん。
 今夜はもう考えるのはやめて、俺は密かに聞こえてくる寝息に耳を澄ませることにした。



 いったん区切りをつけてムスター邸に戻ると、母上様とお姉様、それから今回もまたヨハンの出迎えがあった。
 ちょっと微妙な気持ちである。あちらも微妙な顔をしているので、お互い様なようだ。
 晩餐の時間までは早いから、まずはおのおの自室に戻り、風呂に入って旅の汚れと疲れを取ろうということになった。
 部屋に着くと同時に、タイミングよく我が家の工房の者から連絡が来た。
 どうやら、ほかの家族がいない時を狙って報告してくれたようだ。

「ご注文のお品でございます。いかがでございましょう、若様」
「……最高だ」

 ファーデンとグランツの予算には手をつけていない。お金は公爵令息、つまり俺個人のための予算から出した。
 本来なら最も値の張る『宝石』の部分がタダで済んだので、それ以外にドカンと惜しみなくつぎこんだ。

 なめらかなベルベットの上に並べられたのは、三種類の装飾品。
 一つは、俺用のブレスレット。
 あとの二つは、リシェルのために用意した。

 耳飾りと、首輪だ。


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