どうやら悪の令息に転生したようだ

日村透

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早まったプロローグ

97. 仲良し四人で楽しくお喋り


「何かあったのかと思ったぞ、おまえ達……!」

 例の憩いの場(と俺は勝手に呼んでいる)に到着すると、エアハルトが俺達を見るなり椅子から立ち上がった。

 予想にたがわずものすごく心配をかけてしまったのが、彼のホッとした表情からよく伝わってくる。
 アデリナお姉様が俺やリシェルより一歩前に歩み寄り、貴婦人の礼をとった。

「お待たせしまして申し訳ございません、エアハルト様。道中で少々トラブルがあり、迂回しておりましたの」
「ああ、到着の先触れからその旨は聞いた。災難だったな」

 俺は騎士を先に一人送り、バウアー男爵とエアハルトにトラブル発生で遅れることを伝えさせたのだが、彼はその話を聞くまでずっと気を揉んでいたようだ。

「僕らも、これでエアハルト兄様にお会いできなかったら嫌だなと思っていました。心配してくださってありがとうございます」
「ありがとうございます、兄さま。わたしも兄さまにお会いできて嬉しいです」

 俺の挨拶にリシェルも続いた。遅れたことに対しての謝罪はお姉様が口にしたので、俺とリシェルは心配してくれたことに対してお礼を言う。謝るよりもお礼のほうが嬉しい、というのはよく聞くと思うが、これはネガティブな印象をポジティブな印象に変える話術のテクニックでもあった。
 エアハルトは年々俺達に好意的になってくれているので、こういうお礼はとても効果を発揮する。付け加えるなら、リシェルはごく自然に満面の笑みを浮かべ、俺は大袈裟にならない程度の、サラッとした笑顔だ。俺の場合は控え目にしておかないと、相手をバカにしたり腹の底で何か企んでいそうな顔になるんだよ。
 エアハルトの表情から、ずっと待ち続けたことへの不安と苛立ちが薄れ、再会できたことへの喜びに変わった。

「まあ、無事だったのだからもういい」

 言いながら、エアハルトは「座れ」という簡単なジェスチャーをした。丸テーブルの椅子に、時計回りでエアハルト、お姉様、俺、リシェルの順で座る。

「エアハルト様は、何かお食べになりましたの?」
「いや、まだだ。先ほどまで食欲が湧かず……んん、気にするな。ムスター産の台ができていたろう? 『赤麗玉せきれいぎょく』という果実を扱った菓子が非常に人気で、興味はあったのだがまだ食べてはいない」
「まあ、嬉しいですわ。わたくし達もそれを食べたいと話していたんですのよ」

 お姉様は微笑み、控えていた使用人に人数分持って来させるよう指示をした。
 ……言わずもがな『赤麗玉』とは、あの赤い実を売り出す時につけた名前である。宝石のように価値のある果実と印象づけるため、それっぽい豪華な名前にしたほうがいいとバウアー男爵にアドバイスをされて、そんな名にしてみた。
 これでいいのかな~と思ったけれど、おかげさまで当領地の大人気商品のひとつでございます。ファーデンでは川原に行けば普通に生えているし、何も手間かかってないじゃんという実態を知られたら怒られそうだけれど、要は環境の維持費と人件費でございますよ。よそでは育たないんだから貴重なのは間違いないしな!
 そんな俺の思考に、ミッテちゃんは何も突っ込まない。ここであの実を食べられるのだから細かいことに文句は言わない、正しい選択である。

 そして俺達の前にお茶のカップと、それはもう美味しそうな菓子の皿が並べられた。
 ひとつは円形のタルト生地に硬めのカスタードクリームを入れ、その上に赤い宝石を三つちょこんとのせたもの。
 もうひとつは赤い実の蜂蜜漬けを刻み、生地に混ぜて焼いたパウンドケーキだ。
 お茶の中身も紅茶ではなく、ファーデン産のもの。香りも色味もほうじ茶っぽくて、これまた菓子に合うと大人気。苦みや渋みもないから、砂糖やミルクを加えずとも飲める。むしろ加えたらまずくなるので注意だ。

 俺がミッテちゃん用の皿に赤い実をころんと一個入れてやると、リシェルやお姉様も一個ずつころんと入れてあげていた。苦笑しながらエアハルトも一個追加。おかげでミッテちゃんは四個も大好きな実を食べられることになった。

「ありがとうございます皆様!! 美味しいのです……!!」

 みんなにはピィピピピとしか聞こえずとも、大喜びなのは一目瞭然。
 勢いよくつつき始めたヒヨコをエアハルトは複雑そうな苦笑いで見下ろし、次に俺の目を真剣な表情で見据えた。

「他の者のいる前でこれをやるなよ? ムスター産の『赤麗玉』がサプライズで提供されると発表された時、大歓声が上がったのだ。招待客一名につき一種類、計二個までと制限されていたが、一瞬で台が空になった。そうなるのをちゃんと見越していたのか、すぐに追加されたがな」

 ……お、おぉう。ということはもしや、俺があの台を見た時「順調に減ってんな~よしよし」と思ったけれど、既に何度目かの追加がされた上でアレだったのか?
 俺とリシェルとお姉様は一斉にミッテちゃんの皿を見下ろし、全員がなんとも言えない表情で目を見合わせた。このヒヨコ様、そんな貴重なものを人間様よりたくさんお食べになっておりますね。

「……まあそんなことより! エアハルト兄様、先日も僕らのお母様にお会いしたのでしょう? いかがでした?」
「それをこの場で訊くか……!?」

 俺が話題を変えると、エアハルトから恨めしそうな目で睨まれた。
 そんな俺達のやりとりがツボだったのか、リシェルが可笑しそうに噴き出し、お姉様も閉じた扇の先を唇に軽く当て、上品に楽しそうにくすくす笑っていらっしゃる。
 お姉様にまで笑われたのがちょっと恥ずかしかったのか、エアハルトはわざとらしく咳払いをし、誤魔化すようにカップを口もとに運んだ。

 そう、エアハルト兄様はここ最近、パーティーで我が家の母上様と会う回数が増えたのだ。これは母上様が狙ったのではなく、今まで「ムスター家とレーツェル家の者を同時に招待してはいけない」と勝手に気を回していた家が、エアハルトなら大丈夫と認識し始めた結果なのである。

 俺達と親しくなる前も、エアハルトは母上様と面識がなくはなかったけれど、会ってもほんの一言、二言交わす程度だったらしい。
 しかし俺達と文通する仲になってから、彼は自分から母上様に挨拶をしたそうだ。同格の家同士であれば、どちらから先に声をかけてもいいのである。
 兄様、きっと勇気をかき集めてくれたんだろうなあ……とエアハルトからの手紙を読みながら俺は思ったのだが、本番はそこからだった。

『ここでは人目が多いので、移動しましょう』

 母上様からそう提案され、エアハルトは同意した。彼も自分達に注目する大勢の視線を感じ、鬱陶うっとうしく思っていたのだ。
 賑わう広間からバルコニーに出れば、ほとんど人の姿がなく、そこのテーブル席でなら静かに話すことができる。だがそちらに移動したらしたで、この氷の女王と何を話せばいいのやら。
 冷ややかな美貌の女傑とテーブル席で向かい合い、さすがのエアハルトも緊張で固まりそうになった……が。

『時間がありません。さっさと始めましょう』
『はい?』

 唐突に、母上様の講義が始まった。
 その講義とは、『嘘をつかずに本心を隠蔽する話術』である。

『え。いや。私はその、そういうのは不得手で……』
『得意、不得意などどうでもよろしいのです。覚えなさい』

 のっけから母上様節が炸裂。時間としては一時間程度だったらしいが、その間、エアハルト兄様はみっっっちりノウハウの一部を叩き込まれたそうな……。
 ズルイ!? 俺だって母上様の特別授業なんて受けたことないのに!? と嫉妬で奥歯がギリギリしそうになったが、まあエアハルト兄様には大変だったのだろう。手紙の最後にはいつもの彼らしくなく、泣きごとや愚痴めいた文章がかなり挟まれていた。
 それ以来、エアハルトがパーティーで母上様に会った時は、毎回何かしらの講義や特訓のお時間が組み込まれることになったそうな……。
 すまん、やっぱり俺には「うらやましいギリギリギリ」としか思えんわ。


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