どうやら悪の令息に転生したようだ

日村透

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早まったプロローグ

100. おもてなし


 読みに来てくださってありがとうございます!
 書く時間が足りず、昨日に引き続き本日も1話のみ投稿ですm(_ _)m

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「いきなり出てきて『説明しろ』だと? 親しく付き合う者は私自身が選ぶ。おまえへの説明義務などない」
「ムスターの『氷の魔女』の子だ。何を考えているかわからぬ者どもと付き合うと、おまえもレーツェル家も品格が下がるぞ」

 いかにも不愉快といった顔で返したエアハルトに、ティバルトの言い放ったセリフがこれ。
 おまえが言うかね? と突っ込んでもらうのを期待しているのだろうかこいつは。
 思い出すといい。この場所は果たしてどこなのか。
 毎年バウアー男爵邸で行われる人気のガーデンパーティーの、最も賑わう中央の庭だ。
 では、貴族にとってパーティーとは何だろうか?
 それは、他家の貴族と交流を持ち、人脈を拡げる場。
 親しい者とお喋りをして、情報収集を行う場。
 珍しい食べ物、ファッションなどを発見し、流行への嗅覚を養う場。
 年頃の子息令嬢がお相手を見つける場。
 あるいは『友人』や側近候補などを見つける場。

 このバウアー邸のパーティーには子供の参加者が多い。けれど同じぐらい、大人の参加者だって多いのだ。
 いま俺達のいる場所の周辺には、たまたま十代前半から半ばぐらいの子息令嬢が多いけれど、少し離れた場所には大人達が大勢いる。
 軽快な音楽が奏でられていても、この一帯のお喋りがピタリと止まっているために、よく通るティバルトの声は向こうまでハッキリ届いているだろう。
 バウアー男爵も、どこかでこの『騒ぎ』を見ているはずだ。けれどすぐに割って入ることはしない。
 俺がそう頼んでおいたからだ。

「私と我が家の品格を問う前に、そちらのフェーミナを何とかしろ」
「なんだと?」
「立ち入り禁止の場所にズカズカ踏み込んだ挙句、許可もしていないのに私の名を勝手に呼んだぞ。まずそちらの不作法を詫びるべきではないか」

 ティバルトは背にくっつけた少年が顔色を悪くするのにも気付かず、「それがどうした」と吐き捨てた。

「ルチナは慣れぬパーティーで迷っただけだ。それに私がおまえの名を話していたことで、つい親しみを覚えて呼びかけてしまったと言っていた。それを確かめもせずに追い払うとは、非人情のムスターに毒されたか」
「……先ほどからムスターへの愚弄、目に余るぞ。ティバルト・フォン・シュピラーレ」

 おっと、エアハルト兄様の声に怒気がこもってきた。我が家をバカにされて腹を立ててくれるのは、こんな時でなければ本当にありがたいし嬉しいよ。
 ただ、ここで怒るのは悪手だ。相手のペースに呑まれることになる。

「兄様、庇ってくださってありがとうございます。対応を僕に代わってもらえませんか?」

 こういう無礼千万な相手とのやりとり、場数は俺のほうが万倍踏んでいるからね……誇張なしに。今は身分という強力な味方ができて、『昔』より遥かにやりやすくなっている。
 エアハルトが振り返り、怪訝そうに見おろしてくる。俺はとてもに見えるであろう笑みを浮かべて彼の顔を見上げた。
 エアハルトはあっさり頷き、右側へ一歩ずれた。俺を止めようとする素振りもなく、一瞬で交代を了承してくれるんだから、理解が深くていい。

 さて、エアハルトがすみやかに一歩移動してくれたわけだが、俺達姉弟の立ち位置は変わらない。リシェルは俺の右側にいて俺としっかり手を繋いでおり、アデリナお姉様はその後ろに立っている。
 さっきまで俺の前にいたエアハルトは、今はリシェルの前に立ち、リシェルの前に立っていたエアハルトの目付け役は、さらに右へずれている。
 要するに俺の前にいた壁がなくなっただけで、まだあちらさんにはリシェルとアデリナお姉様の姿が見えていない。

「……?」

 ティバルトの視線がエアハルトから俺に移った。怪訝そうに眉をひそめている。
 その反応はルチナも同様だった。そうだろうとも。かつておまえの人生の中で、俺はただの一度も登場したことがないからな。
 俺は彼らに、とびきり美しく見えるであろうとっておきの微笑みを向けてやった。するとルチナはびくりと震え、ティバルトの顔は警戒の色を強めた。だろうとも。
 俺の顔は今、『冷笑』を浮かべている。母上様をイメージして練習した、骨の髄から凍え切ってもらうための『冷笑』を。

 よく見えるようになったティバルトの取り巻きを、俺はすかさずチェックした。
 奴らのうち何人かは、とても気まずそうな顔をしている。
 それもそのはず、リシェルに粉をかけようとした家の息子達だった。親の意向だけでなく、息子自身の希望もあってリシェルを狙っていた連中である。
 俺とリシェルはティバルトと鉢合わせたことがないだけであって、その取り巻きと同じパーティーに出たことはあった。そこで奴らはリシェルの容姿がいかに美しいかを初めて知り、うっとりと顔を赤らめ、そして後日、リシェルに招待状を送ってきた。
 俺が藁人形と五寸釘の作り方を考え始めたのはさておき、こいつらは密かに、ティバルトのフェーミナをリシェルと比較してしまったはず。
 さぞかし、やりにくくなったことだろう。

「公爵家の者でなくば立ち入り禁止の場所に踏み込んだ挙句、レーツェル公爵令息の名を許可なく呼ぶという不作法に対し、侘びはないのかと訊いているのですよ。その点をどうするか、まずはレーツェル公爵令息に答えてさしあげてはいかがでしょう?」

 静かに、穏やかに。目指すは、俺の自慢の氷の女王の姿。
 ルチナや取り巻きどもが何人かブルリと震えたので、なかなかいい感じだったようだ。胆力のあるティバルトにはまだ効果が薄いけれど、今は多少警戒してもらう程度でいい。

「それについては、既に答えたろう。おまえの耳は飾りか」
「もしや先ほどの、『慣れぬパーティーで迷っただけ』という点と、『つい親しみを覚えて呼びかけてしまった』という点でしょうか? つかぬことを伺いますが、ルチナ殿という方、どういった身分の方なのでしょう?」
「……その顔、きさまはムスターの魔女の息子だろう。気安くルチナの名を呼ぶことなど許さぬ」
「お答えいただけないということは、ルチナ殿は平民だったのですね? 失礼いたしました。それでしたら知識不足も、作法がまったく身についていないことも頷けます」
「きさま、愚弄しているのか……?」

 声にも表情にも強い怒りをこめたティバルトに、慌てたのは取り巻きだ。この場合、旗色が悪いのは自分達だということぐらい、さすがにわかるのだろう。
 ティバルトは周りをまったく気にしていないけれど、取り巻きどもは横目でチラチラ周囲を見ている。
 ――そう。ギャラリーが冷ややかな視線を向けているのは、俺達にではない。おまえ達のほうだ。

 ルチナは男爵令息であり、十歳の頃からシュピラーレ公爵邸で暮らしている。息子の傍にいる貴族の子供に、シュピラーレ公が教師をつけないはずがない。
 なのに、知識不足でマナーもなっていない? そんなわけがなかろう。
 ギャラリーはルチナに、うろんなものに対する視線を向け始めていた。
 ルチナはそれに気付かず、ティバルトが『ムスターの魔女の息子』と言ったあたりで目をみはり、困惑顔になっている。
 ムスター家の子はアデリナ様という令嬢だったはずなのに、息子って何? と思っていそうだ。
 ……現在のムスター家の家族構成を知らない? もしや……。

「愚弄でしたら、どなたかにされたことがありますねぇ。何年前でしたか、アデリナお姉様との婚約を希望されているお家へ顔合わせのために出向いたところ、相手のご子息が一向に現われなかったのです。誠意のない方はまったく信用できませんし、こちらからお断りして帰ろうとしたところ、どこかから『嫌だと言っているだろう! 婚約なんて絶対にしないぞ!』と喚くのが聞こえました。どうやらメイドと追いかけっこに夢中で、家同士の約束ごとを放置したようです。婚約話が成立しなくてよかったねと、家族皆でホッとしながら帰宅しましたよ」

 はぁやれやれと言い切ってやれば、ティバルトはグッと詰まった。どうせあの婚約未遂の件、自分が格好良く聞こえるように言いふらしていたんだろうな。
 そしてルチナの反応はどうか。

「え……?」

 ルチナは目を大きく見開き、思わずといった風に声を漏らした。
 やはりこいつは、知らなかったのだ。


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