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進む人々、停滞する人々
117. それぞれの想い (1) -sideアデリナ&エアハルト
しおりを挟む大切なランハート。大切なリシェル。
わたくしの自慢の弟達。
二人が幸せそうにしている光景を見るのは、わたくしにとって何よりの幸福だった。
ランハートはいつも自慢のお姉様と言ってくれるけれど、わたくしこそ、あなたの姉でよかったと思っているのよ。
あなたがお母様やわたくしのことを助けてくれたから、きっとこんなに穏やかな『今』があるのだもの。
維持だけでいっぱいいっぱいだったお母様やノイマンの代わりに、ランハートが『収入』の部分を受け持ってくれたから、お母様達は今までより余裕ができた。
ランハートは自分の任されたファーデンだけを富ませたわけではない。その地で生み出される富によって、お母様達は今まで手付かずだったたくさんのことに着手できるようになり、ムスター領全体の向上に繋がった。
四つの公爵家、それぞれの財産が厳密にいくらあるのか、公表しているわけではない。
けれど推し量ることはできる。
ムスター公爵家はもう、最下位ではなかった。
お母様からは昔みたいな張り詰めた空気が完全になくなって、わたくしもずっと自由にさせてもらっている。
とても幸せだと感じた。
ただ……どうしてか、自分はランハートやリシェルのように、誰かから特別な感情を向けられることはないのだろうと思っていた。
自分がそんな風に愛されることは、きっと一生ない。
別にそれでも構わない。
こんなにも素敵な家族がいるのだから、それでもう充分だと。
だから――
「あなたと生涯をともに過ごすことができれば、それは私にとってどれほどの幸福だろうか。どうか私の妻になってほしい、アデリナ・フォン・ムスター嬢」
まさかこんなにも、想いを向けてもらえる日が来るなんて、思ってもみなかったのよ。
出会った頃だって、わたくしは全然可愛らしくない女の子だったでしょう?
気が付いたら涙が出ていた。
「はい……はい。どうか、わたくしを妻に、してくださいませ……」
お腹の底、いいえ、自分の中のどこか深いところで、何かが割れるような……こびりついていた何かが剥がれ落ちるような、そんな感覚があった。
一瞬だけのそれは、芽生えた時と同様に一瞬で掻き消えてしまったのだけれど。
エアハルト様が抱きしめてくださって、その時に感じたものは記憶の中から薄れていった。
レーツェル公爵家での顔合わせの日、義両親になる方々は、わたくしに対してとても厳しかった。
それは予想していたことだったし、何よりエアハルト様と一緒になれるのなら、別にどうということもなかった。
わたくしを大切だと伝えてくださったこの方のためになら、どんなことでも我慢できる。それにもちろん、やられる一方になるつもりもなかった。
これまで自分を育んでくれたムスターの家、お母様やランハートやリシェル、ノイマンや使用人達。何より伴侶になってくださる方がいる。わたくしは一人ではないのだもの。
けれどそこで、思いがけないことがあった。
お父様がレーツェル公爵夫妻に苦言を呈したのだ。
「アデリナには、アデリナのやりたいようにやらせる。これを禁じるような条件は、何ひとつ容認できない。どうか理解してほしい」
誰もがあの瞬間、耳を疑ったことだろう。
けれどお父様の目はどこまでもしっかりとしていて、今までのように都合が悪くなるとすぐ逃げ出そうとするような、そんな素振りがまったくなかった。
帰りの馬車で、お父様にお礼を言った。
お父様はただ、ほんの少し泣きそうな顔で「うん」とだけ言った。
わたくしはこの時初めて、この方が自分のお父様なのだと感じた。
■ ■ ■
昔から私の両親は、ムスターを毛嫌いしていた。
幼い頃から呪文のように悪意を唱えられ、気付かぬ間に心の中へ植え付けられてしまったようだと自覚したのは、何歳ぐらいの頃だったろう。
時々アデリナ嬢に対し、どうにも不可解な悪意や疑念が芽生えそうになる。それに気付いて押し殺し、蓋をして無視をした。
だいたいアデリナ嬢は、私に何もしていない。
私に限らず誰に対しても、責められるようなことなど何もしていないではないか。
彼女を敵の娘だと口汚く罵るのは、ほかの誰でもない、私の両親だ。ムスター公爵夫人のことが嫌いだから、その娘であるアデリナ嬢のことも悪しざまに言う。
そのムスター公爵夫人を嫌う理由にしたって、一方的な言い分ばかりだ。
あちらはレーツェルに何もしていないのに、表情が凍り付いていて不気味だとか、夫であるムスター公爵を差し置いて偉そうにふるまうとか……。
確かにムスター公爵夫人のことは、私も得意とは言い難い。
だがそれ以上に、自分の両親の言っていることのほうがムチャクチャだというのはわかる。
私の瞳を『魔眼』だと決め付け、金色の瞳が不吉だと恐れ、家の中だけでなく外にまで広めた。
幼い頃から私が周りの人間から恐れられていたのは、あの両親の態度が原因だったのだ。
そうとは知らず、昔は彼らの言葉が正しいと信じていた……。
ムスター家の姉弟がその思い込みを粉々にしてくれなければ、今頃私はどうなっていたことか。
だから私は、両親から吹き込まれた悪意へ対抗すべく、アデリナ嬢のいいところを意識して見ようと考えた。
そうしたら、意識するまでもなく良い部分ばかりが見えてくるではないか。
女に学は不要だという両親への反感もあってか、彼女の知的で勉強家なところには好感が持てた。
何よりほかの家の令嬢と違い、私へのまなざしも態度も、不快な野心がまるでない。
なんとなく「いいな」と感じ始めるのに、そう時間はかからなかった。
それ以降は両親がアデリナ嬢を貶すたび、そんなことはないと腹が立って、余計に彼女への想いが育っていった気がする。
母親と同じように高慢で、心臓まで氷でできている不気味な娘だと?
そんなわけがあるか!
彼女は弟達のことには鋭いくせに、私の気持ちにはとことんにぶいし、意外と抜けていて可愛らしいんだぞ!
そう、アデリナ嬢はにぶい。これは真剣に困った。
身分や年齢の関係で、私が彼女の相手として釣り合い、その可能性があることもちゃんと理解していたはずだ。
その上で、彼女は『それだけ』だと思っていた。
もしムスター公爵夫人が別の男を婚約者にあてがえば、彼女は疑問も抵抗もなく、あっさりそちらと結婚するのだろう。
胸の奥がチリチリと焦げ付いた。
とうとう、彼女に求婚した。
あんな大勢の前でなんて、昔の自分からは考えられない。
型に嵌まったことしかできないタイプだったんだがな……。
いつの間にかランハート達に毒されていたんだろうか? でも後悔は微塵もないのだから、間違いなくあれは私自身の意思でやったことだった。
私の求愛に応えてくれたアデリナ嬢は、涙で顔をくしゃくしゃに歪めて……とても可愛らしかった。
自分の奥のどこかで、何かが砕け散るような、剥がれて消えていくような感覚があった。
そしてその日以来、理屈に合わないアデリナ嬢への敵意は、一度も生じることはなかった。
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