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ムスター家の魔王
147. 見えないものの場所
しおりを挟むかつて俺やリシェルの身に起こったことを、シュピラーレ公にもすべて話した。
俺が毒殺されかけていたことと、ヴェルク公爵邸内で一部使用人によるフェーミナの令息への虐待行為があったことは、特に世間へ隠してはいない。
ただし、リシェルを虐げた筆頭が亡き母親であったことや、ルーディも暗殺の恐れがあったこと、うちとヴェルク家それぞれの犯人が裏で繋がっていることなんかは表に出してはいなかった。
シュピラーレ公も裏で何かあったんだろうなと察しつつ、これほどのことだったとは思わなかったみたいで驚いている。
「エアハルト兄様にも身の回りの警戒をお願いしていたのですが、結局は何もありませんでした。ただこれは僕の勘なのですが、レーツェル家が標的になっていなかったのではなく、我が家とヴェルク家で立て続けに失敗したことにより、撤退しただけなのではないかと思っています」
俺というか、ミッテちゃんの勘なんだけどね。
義父上様とエアハルトが深刻そうな顔で頷く一方、シュピラーレ公は首を傾げた。
「子が二人おる家だけが標的、ということはないか? もしそうでなくば、我が家もティバルトの周辺で、何やらあった可能性もあるということか?」
「それは……残念ながら何もないと思いますよ? ティバルトのあの性格は、どうも生来のものです。ルチナもそうですね。あの二人はどこまでも自分達の好きなようにやっているだけで、他者の意見も都合も入る余地がないだけでしょう」
これもミッテちゃんと前々から話しているけれど、第三者に歪められてああなったとか、奴らに関してはそういうの全然ないんだよ。
自分の息子があんな問題児になったのは、もしや何者かの陰謀では!? と思いたくなる気持ちは、理解できなくもないんだけれどね。
「さようか……いや、すまん。わかっておった」
シュピラーレ公は肩を落とした。
自分でも儚い希望だと思いつつ、口にせずにいられなかったようだ。
ご、ごめんね小父さん。
俺達三人からの同情の視線に小父さんは苦笑し、空になったワイングラスをことりとテーブルに置いた。
ちなみにこの場で、酒を口にしていないのは俺だけだ。
この世界には『お酒は二十歳から』なんて国はないから、だいたいどこも十代半ばから酒精の強い酒を飲み始める。
でも俺自身はなんとなく成人してから飲みたいなと思っていて、そんな俺にリシェルは付き合ってくれていた。
『結婚したら一緒に飲もうね』
リシェルの笑顔と声が脳内でリフレイン。
ゲームの『悪役令息リシェル』は普通に酒を飲めるキャラだったから、きっと今の彼もそうだろう。ヴェルク産の葡萄を使ったワイン、絶対に飲もうねと決めているのだ。
でも俺はどうかなぁ? 悪酔いするタイプじゃなければいいな。
とうに皆の皿は空になっていたので、シュピラーレ公が使用人を呼んで下げさせた。
部屋の中にいるのが再び俺達だけになると、続きから話を始める。
「しかし、目的が見えんな。ランハート殿やヴェルク公のご子息に対しては殺意が強いが、我が家とレーツェル家にはそうでもないように思える。結果的に何もなかったがゆえに、そう見えるだけかもしれんが」
首を傾げるシュピラーレ公に、義父上様が頷いた。
「私も、暗殺それ自体が目的ではないのではと考えたことがある。これらすべてが、目くらましなのではないかとも」
「目くらましか。つまり我ら四公の中に混乱を起こすことで、作戦の本命から目を逸らしたいと?」
この国を狙った何者かが、密かに仕掛けた罠であった可能性。ならば俺の使った方便は、現状本当に行使が必要だったということになる。
実際、『元』レーツェル公夫妻の排除は必要な措置だった。四公がぐだぐだに崩れた時、この国にとっていいことなんざないからな。
――確実にお姉様イビリをするであろう義両親を、どこかへお片付けしたいな~? なんていう俺の思惑と現状がたまたま一致していたから、大は小を兼ねさせてもらっただけで、俺はちゃんと国のことも考えているんだよ。
嘘じゃないよ?
「これが陽動に過ぎないとなれば、最大の目的は我が国を切り崩すこと、ということになるのでしょうか」
エアハルトの問いに、しかしシュピラーレ公も義父上様も難しそうな顔で首を傾げた。
俺も内心で首をひねる。
頷きたいのに、いざそれが目的かと訊かれてしまうと、なんか違うなと感じてしまうのだ。
「兄様の仰ることが、可能性としては一番現実的なんですけれど。でも、どうも『結果的にそうなっているだけ』なような気もするんですよね」
「どういうことだ?」
「説明しにくいんですが、何者かがこの国に付け入ろうとして四公の関係を崩しにかかったのか、と問われた場合、なんだか違う気がするんです。どうにも違和感があって」
考え込みながら言葉を紡ぐと、真っ先にシュピラーレ公が同意してくれた。
「私の亡き父がよく言っておった。『見つからぬものは往々にして手元にある』と。今既に見えておるものを、知らず意識の外にやっておるのだ。先ほどランハート殿とヴェルク公は『陛下』を外したようだが、それも外さずに考えたほうがよかろう」
灯台下暗し、みたいな言葉か。
あるよな、サングラスがどこかに行ったと騒いでいる人の頭にサングラスがあるとか、探し物は自分が置いた物の下にあるとか。
俺も自分がどこかで見落としをしているんじゃないかと思ったことがある。
だけど――
「陛下も、ですか?」
「そうだ。一連のことは一貫性があるようでいて、実はないような気持ち悪さを覚える。それがあの陛下と対峙した時の気持ち悪さと似ておるのだ。むろん根拠のない勘でしかなく、確証などはないがな」
勘か。
だけど俺だって勘で言ってしまうと、この小父さんの勘は当たる気がする。
あてずっぽうとは異なり、言葉にできない違和感を覚えた時、それを『勘』と表現するしかないのだ。
その後もあれこれ皆で推理してみたけれど、シュピラーレ公の言葉を超える「これだ」感は出てこなかった。
情報も各自の考えも出し尽くし、無駄に時間だけが過ぎる。このまま続けても効率がよくなるとは思えず、ひとまずその日の夜はもう休むことにした。
しっかし、気分的に疲れる日だったなぁ……。
リシェルに会いてぇ。
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