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ムスター家の魔王
157. 続・悪い人達の内緒話
しおりを挟むティバルトは既に一度、激昂して家の中で剣を抜きかけたことがある。
跡取りとしての教育や引き継ぎが一切始まらず、制限ばかりが増え、フラストレーションを随分と溜め込んでいるようだ。
しかし弾けそうで、まだギリギリ弾けない。
「僕が公爵になったことは、まだティバルト達には教えていないのですよね?」
「そうだ。あ奴がそれを聞けば、何をしでかすやらわからんと思ったからな」
後先考えずに俺のところへ怒鳴り込みとか、どっかで暴れるとかやりそうだよね。
「それ、自然と彼らの耳に入るようにしてください。ティバルトがどのような反応をして、ルチナがどうするか、なるべく多くの者に目撃してもらいましょう」
「ほう……」
小父さんが興味深そうに顎へ片手をやり、俺はそれに小さく微笑んで続けた。
ティバルトがそれを知ったあと、もし馬車を出させようとしたら、使用人に必ず行き先を確認させる。もし行き先をハッキリ言わないようであれば、決して出さない。
そしてティバルトが「馬で行く」と言い出した場合だが。
「シュピラーレ公爵邸に、『ティバルトの馬』など一頭たりともありません。すべて小父様のものです」
「うむ、その通りだ」
あいつが馬術訓練で乗っている馬も、馬に装着させている馬具も、遠乗りでよく乗り回している立派な馬も、ぜーんぶシュピラーレの小父さんの所有物だ。
シュピラーレを名乗るのに相応しい人間たれと、教育のために与えており、親から子へのプレゼントとは意味合いが違う。
それらを己の楽しみで浪費するだけなら、もうおまえになど使わせんぞという、至極まっとうな当主の主張である。
「理想としてはまた剣を抜いてもらうことです。ティバルトの監視を兼ねた護衛騎士には、実際に抜いた場合にのみ必ず止めるよう言い含めておいてください。ただし怪我人が出てはいけませんから、そこはくれぐれも注意するよう伝えていただければと」
抜剣しなければ、するまで揺さぶる。とはいえティバルトは煽り耐性がないから、一発でいけるんじゃないかな。
邸内で二度目の抜剣となれば、いくら坊ちゃん擁護派であろうと口をつぐむだろう。
罰として剣術と馬術の授業はなくし、剣も取り上げる。
これはティバルトのストレス発散に一役買っていそうだからというだけじゃなく、奴の『力』を最後の一片までむしり取っておきたいからだ。
ティバルトは剣と馬の才能が本当にある。このまま続けていれば、あと数年かそこらで騎士を圧倒できるようになるのだ。
おまけに座学の授業を完全になくしたため、鍛錬に費やせる時間が増え、成長が早まっていると思われた。
だから今すぐにでも、それらを奪っておきたい。
実はゲームのティバルトと違い、シュピラーレ騎士団の心はもう奴から離れている。護衛騎士を武器で脅そうとした時点で、「旦那様が仰る通りこの坊ちゃんはダメだ」と見切りをつけられていたそうだ。
なのに、しつこく奴を守りたがる者が消えないのはどうしてなのか?
――おそらくティバルト自身に英雄願望があるように、『英雄を崇めたい』願望の持ち主がいるからだ。
容姿と、力強さ。このどちらも、人の心を惹き付けやすい。
特に男の中にはマッチョイズムが根付きやすくて、強い坊ちゃまカッコイイと憧れる者は多かったはず。
ティバルトが邸内で常に剣を帯びていたのも、『強い武器を持ってる俺様カッコイイ』という心理だよ。
冷静に考えれば、公爵令息が自宅で常に帯剣する必要なんてないし、戦うことがあるとすれば護衛の仕事だとわかる。真っ先に自分が戦おうとしちゃいけない。
だいたいシュピラーレ公爵家は武門の家系ではないんだから、剣も馬もやんなくたっていいんだよ。家を継ぐために、何より一番大事なのはお勉強なの。
でもそんな理屈を抜きにして、『強いティバルト様カッコイイ』となる奴は少なくないのだろう。
だから、それを削ぐ。
最低でも数年は武器を持たせず、馬も使わせない。
何の鍛錬もできない環境に置き、腕も肉体も徹底的に鈍らせる。
「エアハルト兄様の爵位継承は、僕のあと数日ぐらいは間をあけて伝えてくれませんか。一度にすべて伝えるよりも、やっと気を落ち着けた頃に聞かされるほうが、より心にグッサリと刺さることでしょう」
「悪魔か」
「魔王では?」
何言ってんですか小父さん。俺は人類です!
ミッテちゃんもいきなり耳元でピヨピヨ割り込まないで! 混乱するから!
「それはともかく。ファーデンの現状については、ティバルトやルチナに教えてはいないのですよね?」
「あ奴らは知らぬはずだ。……そこへ?」
「来てくれそうな気がします。自分の大好きな趣味を奪われ、発散することができなくなれば、過去の怒りが次々と頭に浮かび始めると思うんですよ。以前ファーデンの手前で追い返されたことを根に持っているでしょうし、しかも僕がムスター公爵として日々、名を高めているとなれば……」
「腹いせにムスター領の端の地でひと暴れでもしてやろう、となるか」
息子のことをよく知る小父さんは、納得顔で頷いている。
彼ならきっとやってくれると、小父さんも信じているようだ。
「ひとまず一年ほどは様子を見て、もし彼らが動きそうになければ、誘導する方法を改めて考えましょう」
――一年もいらないだろうけどね。
俺がニッコリ微笑むと、小父さんがひとつブルリと震えて「う、うむ」と頷いた。
あ、すみません。小父さんがあまりに協力的なもんで、嬉しくなっちゃってつい。
お茶ももうなくなっているみたいですし、熱々のお代わり淹れてもらいましょう。
■ ■ ■
シュピラーレの小父さんと、仲良くそんな内緒話をしたのが四月頃のこと。
そして六月も終わりかけの今日、小父さんは良い報告を持って来てくれたのである。
いやぁ、ほんとに一年もいらなかったねぇ。
なんでも、ルチナくんがティバルトくんをそそのかしたんだってさ。
――そうなるんじゃないかなと期待していたよ。
悪人だったはずのアデリナお姉様と、自分の恋人だったはずのエアハルト義兄様が夫婦になったと聞けば、ルチナは居ても立ってもいられなくなる。
だからティバルトよりも先に、ルチナがもう一度ファーデンを目指そうとしてくれるんじゃないかと思っていた。
どう言い逃れするんだろうねルチナくん。がんば~!
ともあれ、小父さんは問題行動しか起こさないお荷物を牢屋へポイできて、俺は世のため人のため破滅の塊を排除できてハッピーである。
「世のため人のため? ……になっておりますね!? 否定できません……!」
ミッテちゃんよ。何を愕然としているのかな? 最初っから俺にそうしてほしいとキミが言ったんでしょうが。
俺の肩で石化しないでくれる?
「ところで小父様。個人的な希望なのですが、二年はティバルトを出さないようにしてもらえませんか?」
「うむ、わかっておる。リシェル殿との結婚に障りがあってはならんだろうからな」
さっすが小父さん、わかってる!
マジで絶対邪魔なんかされたくないからね!
それにティバルトから『武』を奪う必要性は小父さんも感じていたみたいで、牢の中では絶対に鍛えられないようにしているらしい。
巻き戻し前は毎回、ティバルトのしもべに殺られていたみたいだから、魂に警戒心が刻まれているのかもな。俺以上にスッキリした顔の小父さんを見て、なんだかお肩を揉んであげたくなってきた。
次男のカールは性格が温厚で、親子仲は良いそうだ。小父さんのこれまでの苦労を思い返すと、なんか涙が出そうになるね。
「それと例の『宣言』についてだが、これも数年は解除せぬほうがよかろう」
「いいのですか?」
「過去には十年ほど解除しなかった例がある。連発できる性質のものではないし、実際に他国への牽制に効果があるのだ。なんといっても国王と王妃があの有様なのだぞ? 対策なしでは、我が国にいらぬ欲を覚える国が増えるだけであろうな」
「納得しました。ではしばらく、こちらも継続ということで」
聞けば四公騎士団の演習みたいなのもやるから、国内の犯罪者が大人しくなり、治安がよくなる効果も見込めるそうだ。
加えて、このことで他国を刺激することも考えにくい。むしろ「あの国は今ピリついているから変なちょっかいをかけるな」と、静かになってくれるだろうとのこと。
「遠くないうちにカールを本邸へ迎え入れるゆえ、その時は仲良くしてやってくれ」
「ええ、是非」
ティバルトの相続権は廃し、貴族籍からも抜いて、既に奴は平民になっているそうだ。
メルクマール男爵家もまた、問題続きの末息子の除籍を決めたらしい。家を守るためにはそうするしかないだろうな。
それから小父さんは、国王夫妻の周りにいる侍従と侍女についても一通り教えてくれた。
個人的に怪しいと思われる人間はいないらしく、もし今後気にかかることができればまた共有してほしいとのこと。
ミッテちゃんも全然ピンとこないみたいだし、俺の勘、外れたかなぁ?
「いいえ。まったくピンとこないのがおかしいなという気がしてきました。なので、逆にあなたの勘が正解という気がしています」
そう?
なら当面、この方向で調査継続としますか。
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読んでくださってありがとうございます!
次のお話から新章に入るのですが、お話の展開その他を少々練りたいです。
なので予定としては4/18~4/20までお休み、4/21から再開したいと思います。
(何故かというと次の章から……Rのタグがアクセサリーではなく……実用品になると思われ……)
もうしばし、お待ちくださいませ……!
※ もう一つの連載の『僕と愛しい獣人と~』のお話は明日あたり投稿予定ですので、気に入ってくださっている方々&興味のある方々は見に行っていただければと思います♪
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