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かつて悪(役)だった令息との結婚
164. それぞれの反応
成人まであと秒読みの年齢になろうとも、俺はリシェルと手を繋ぐ。
これはもう出会った頃から続けていることだし、これから先も続けていく所存だ。
必要であればいつでも仁王と化し、俺を止めてくれるカイとノアも、これに関してはやめさせようとしたことがない。
やめろと言われたら俺、キレるしな。
俺との仲良しアピールが、リシェルの立場と名誉を守ることになる――最初はそれが理由で大目に見られていた手繋ぎだが、今やリシェルは彼自身が一目置かれる存在になっていた。
特に貴族社会では、第二性への嫌悪感が根強く浸透しているというのに、リシェルをバカにできる者はとうにいなくなっている。
それは決して俺の婚約者だからでも、ヴェルク公の息子だからでもない。紛れもなく彼自身の努力の賜物だ。
いくら素材がよくたって、磨く努力を怠ればただの人だからな。
そんなリシェルはすっかり成長した証拠に、さっさと冷静になってしまった。
一方、俺は隣を歩く彼の横顔を眺め、あの髪を掻き分けて首筋やうなじに触りてぇなとか思っている。
大人になったのに、こと彼に関してだけは、忍耐力や我慢強さが全然成長してくれていない――むしろ退化している気がする。
出会った当時は俺のほうが年上っぽかったのに、いつからか逆転してしまった。
現在の俺とリシェルが並べば、たとえ背は俺のほうが高くとも、どちらが年上なのかだいたいの人が当てられるだろう。
ところで、俺の髪の長さは子供の頃からずっと変わらず、ショートより少し長めのミディアムだ。ショートカットはこまめに散髪しなきゃいけないのが面倒だし、ロングヘアは乾くのに時間がかかるというズボラな理由である。
俺の真似をすることが多いリシェルも、やはりミディアムにしていた。
――悪役令息時代のリシェルは、セミロングだった。
これ、最近になって「あっ?」と思ったんだよな。ゲームと髪型が違うって。
とっくに髪が長くなっている年齢なのに、彼はまったく伸ばそうとする気配もない。
「リシェルは髪、伸ばさないの?」
「髪? ……ランハートは長いほうが好き?」
「どちらでもいいよ。ふと思っただけ」
「そう? ランハートが好きなら伸ばしてもいいけれど。乾かすのに時間がかかりそうだから、このぐらいの長さがちょうどいいかな」
俺と同じズボラ発言がリシェルの口から出た。
いや、俺らは母上様とお姉様を見て、髪が長いと手入れが大変そうだなぁっていうのをよく知っているだけなんだよね。
『家族』と一緒に成長したリシェルの、こういうゲームとの違いに気付くたび、胸がほんわかとあたたかい気持ちになる。
決して己のズボラを肯定したいだけではないぞ?
いつまでも横顔に見惚れていたら、蹴躓いてすっ転ぶという醜態を晒しかねないので、俺は惜しみながらも前を向いて玄関を目指した。
玄関ホールには我が家の使用人達が整然と並んでいる。
そこには母上様とヨハンの姿もあった。
「おや。とても似合っていますよ、二人とも」
俺達の衣装のことは母上様もご存じだったようだ。揶揄いを含んだ目線と声音で褒められてしまい、嬉しいけれど照れくさい。
「リシェル、その装いとても素敵だね。よく似合っているよ」
「ありがとうございます、お義父様」
「ランハートも、…………とても、似合っているね……うん、とても似合いすぎているよ……」
「ありがとうございます、お父様」
お礼にニッコリと笑いかければ、ヨハンはヒュンと固まった。いつものことだ。
しかし、昔の母上様は眉間のシワが永久保存されてしまわないか心配だったけれど、今はだいぶ穏やかな表情になったよな。その気になれば今でもひと睨みで相手のハートを冷凍できるらしいんだが、俺は見るチャンスがほとんどない。
どこかにサンドバッグが落ちていれば、母上様に献上して見せてもらうこともできそうなのに――って、ミッテちゃんお願いだから髪をツンツン食うのやめて。せっかく整えてもらったんだから。
「ここにいらっしゃる皆さんのハートを守るためです」
はい? 何のこと?
俺の肩で謎発言をするミッテちゃんは、その後もツンツンとキックを定期的に繰り出してきた。
気のせいかミッテちゃんがそうするたびに、母上様とリシェル以外の人々の視線が、吹雪の中で山小屋を発見した人のごとく和らいでいった。
代表はヨハンだ。冷凍状態がとけ、あからさまに胸を撫でおろしている。
奴にそそがれる母上様の呆れた視線とリシェルの苦笑は、最近のムスター家の日常セットだ。
準備が整って少しした頃、お客様が到着し始めた。
真っ先に到着したのは、ヴェルク公爵と息子のルーディだ。
「ご招待いただきありがとうございます! そしておめでとうございます、リシェル兄様、ランハート義兄様!」
「ありがとう、ルーディ」
「こちらも来てくれて嬉しいよ、ルーディ。ところでおまえ、背が伸びたな?」
「はい! せっかく仕立てた衣装に袖を通せなくなったらどうしようと、縫製室の者を随分と心配させてしまいました」
あああ、やっぱりそちらの家の縫製室も同じ苦労をしているんだな……!
ルーディとしては成長したと言われるのが嬉しいようで、衣装係の者を思いやりつつ、喜びを隠しきれていない。
「リシェル……おめでとう」
「お父様……ありがとうございます」
こちらの親子はしんみりとしている。義父上様は泣くかなと思ったけれど、目に涙はない。その代わりに切なさと愛情と、どこかすっきりしたような複雑な感情を目に湛えているようだった。
「ランハート殿も、おめでとう。これからもよろしく頼む」
「ありがとうございます。もちろんですよ、お義父様」
リシェルのことをよろしく頼む。それから、四公としてこれからもよろしく。
二重の意味を含めた言葉を、俺は茶化さず真摯に受け止めることにした。
ヴェルク親子の案内を使用人に任せると、次はシュピラーレ公爵一家が到着した。
今日も飄々としている小父さんと、賢そうで穏やかな雰囲気の公爵夫人とにこやかに挨拶を交わす。
ところで俺の衣装を目にしたこの夫婦の反応、若干ヨハンに近い気がする。ヨハンと違うのは、硬直しそうになっても自力ですぐに立て直したところか。
ただし俺の肩にちょこんと座っているヒヨコと、俺の隣で微笑むリシェルに、なんか砂漠でオアシスを見つけた! みたいな目を向けてはいるんだが。
「おまねきいただきありがとうございます、ランハートお兄さま、リシェルお兄さま。お兄さまたちの衣装、とってもすてきです!」
次男のカールくんは平気なんだがな。
まだ六歳だろ? 年々賢くなっているなぁ。
ティバルトを牢に放り込んだ直後ぐらいから、俺とリシェルはシュピラーレ公爵邸に迎え入れられたカールと、徐々に交流を持ち始めた。
次男の存在を知らなかったシュピラーレ公の臣下は驚天動地だったみたいだが、カールがすごく利発でいい子だったもんで、馴染むのは早かったらしい。
もし長男がまだのさばっていたら、奴と比較されて『ひ弱で頼りない弟』というレッテルを貼られていたかもしれない。
ティバルトは『強くて勇敢なお坊ちゃま』ではなく、『短気で無謀な乱暴者』なのだという印象を徹底的に広めていたおかげで、皆はカールの存在をすんなり受け入れられたのだ。
そんなカールは、キラキラとした憧れの目で俺を見上げていた。
おやん? どうもこの子、趣味がリシェルに近いのではないか?
悪役好きということなら、俺も親近感だが。
シュピラーレ公夫妻はそんな息子にドン引くどころか、頼もしそうな視線をそそいでいる。
……この夫婦、俺がお兄様呼びに弱いのを察して、カールをけしかけているんじゃあるまいな。
初対面の頃、俺がエアハルトに仕掛けた罠が、何故かエアハルト以外の人間からどんどん反射されて戻ってきてるんだけどどうしよう。
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