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かつて悪(役)だった令息との結婚
163. これを人の目に晒す、だと……?
しおりを挟む着替え後、いそいそとリシェルの部屋に向かった。
彼の部屋の前で声をかけ、入室の許可をもらうと、カイが俺の代わりにドアを開ける。
そういえば昔はカイのことをでかいと思っていたけれど、今は俺とそんなに差がないんだな。今の俺より、少しばかり背が高いぐらいか。
いつもリシェルに付いてもらっているノアは、標準ぐらいの身長だったはず。あまり意識しなかったけれど、もう俺と背が逆転していたのだ。
この二人が俺の専属になってくれたのは、彼らが十代後半の頃。カイとノアもあの当時より伸びているはずなのに、差の縮まる速度のほうが速かったからか、彼らの体格の変化には全然気付かなかった。
――なんて、しみじみと過去を思い返しながらドアをくぐり、ほんの数歩進んだ先で俺は緊急停止した。
目に飛び込んできたその姿に、思考と全身が完全にフリーズする。
耳鳴りすらしないほどの無音世界の中で、俺は瞬きも忘れてそれに見入っていた。
「…………外に出したくない」
言葉が勝手にツルっと口から出たあとで、どうやら呼吸すらも忘れていたようだと自覚した。
俺を見て目を丸くしていたリシェルが「あ……」と声を漏らし、頬を紅潮させて俯く。
ん? もしや、恥ずかしくて外に出せないとでも誤解させたのではあるまいな!?
「待てリシェル、出したくないと言ったのは悪い意味じゃないぞ! おまえがあまりにも綺麗で攫われそうだから、外に出したくないと言ったんだ!」
俺の言葉に彼は顔を上げてきょとんとし、次いでくすくす笑い始めた。
――っあああこいつやべぇ、マジで外に出したくねぇ! 冗談抜きで攫われてまう!
「リシェル? 笑い事じゃないぞ」
「あはは、ごめん。懐かしいなぁと思って。だって、昔とまったく同じセリフなんだもの」
昔? ……あ。あ~、言った言った、そういえば。
「お姉様の居間で、初めて朝食を一緒に摂った日か」
「そう。わたしのことが恥ずかしくて外に出せないんだって勘違いをしそうになった瞬間、今と同じようにすぐ否定してくれたんだよ。嬉しかった……」
天色の瞳が優しくゆるみ、頬と目尻に少し差した赤味がハッと目を惹く。
あああ、ますます外に出せない感じに……!
だけど本当に懐かしいな。この会話が呼び水になったのか、あの時のリシェルの姿が鮮明に蘇ってくる。
ひらひらレースの白いシャツ、パステルカラーの水色のベスト。お姉様と一緒にちょこんとテーブルについている姿は、とてつもなく美麗で愛らしいお人形さんという風情だった。
その愛らしさはどこか妖精めいていて、現実味が薄く、支えがなければ倒れてしまいそうな危うさがあったけれど。
今のリシェルは、地に足の着いた強さとしなやかさと生命力を備えた、とてつもなく美麗で知的で優雅な美青年だった。
重言? どこかにそんなものあったかな。
彼は先月、俺よりも早く誕生日が来て十九歳になっている。すらりと伸びた手足はやはり綺麗で、これが彼にとってコンプレックスだった時代があったなんてもはや信じられない。
リシェルの本日の衣装は、上から下まで白でまとめていた。
俺が勝手にリシェルの『勝負色』と思っている色だ。
めちゃくちゃ似合う、それ以外に語る言葉が出てこない。むしろ大量の賛美の言葉が俺の中で大渋滞を起こし、喉の手前でぎゅうぎゅう詰まって出られなくなっているのだ。
口がひとつじゃ足りねぇよ。
つうか、リシェル。おまえの服、俺とお揃いだな?
ボタンの位置や全体的なライン、刺繍に至るまで、色以外は俺のとそっくり同じだぞ。
シャラリと重なって揺れるプリーツのレースも、完全に同じデザインだ。
純白の上着の生地には白糸で刺繍が施されていて、それが光の加減で陰影を作り、模様が浮き上がるようになっている。
俺の刺繍は黒い炎がゆらゆらぁ……って感じなのに、リシェルの刺繍だと粉雪が風にキラキラ舞っているように見える不思議。
もしや俺の雰囲気が氷の魔王っぽいから、それに合わせてくれたのだろうか。
そして彼の胸には、白金の羽根飾りのブローチ。その羽根に包まれるように、俺の瞳に近い色の緑水晶が輝いている。
「その衣装、お揃い?」
「うん。縫製室にお願いしたんだ」
リシェルは悪戯っぽい笑みを浮かべ、「似合うかな?」と小首を傾げた。
あああ可愛いか! こいつ可愛いで俺にとどめを刺す気だな……!
いくら背が伸びようと、可愛いものは可愛いんだよ。たとえ俺が前世と変わらない身長だったとしても、リシェルを見上げて可愛いと叫ぶ自信があるぞ。
しかし、やっぱりな。縫製室の面子もグルだったわけか。
俺は自分の衣装をどんなものにするか隠してはいなかった。彼らはリシェルからの『お願い』を受け、俺の前では何食わぬ顔で内緒にしていたんだな。
おのれ、あ奴らいい仕事をしおって。あとで金一封くれてやるわ! 覚えとけよ!
いえ、真面目にいつもありがとうございます。
一般の仕立て屋よりも、公爵家の専属である彼らは仕事が安定しているというメリットはある。だけど、俺とリシェルとお姉様という成長期の子供が三人いる環境で、豪華な衣装を仕立て続ける日々はかなり大変だったはずなのだ。
彼らにも感謝しないとな。
で、その服が似合うかどうかって?
俺の答えはひとつだけだ。
「外に出したくない。隠して閉じ込めたい」
「え……」
リシェルの頬が先ほどよりもポッと色付いた。
可愛い。マジでこれに尽きる。
結婚後の休み、一週間でも足りなかったか。
しかも、なんてことだ。今日は前祝いの日であって、すなわち婚姻証書を交わす当日ではない。
なんで今日は当日じゃないんだ……!
「……いいよ」
リシェルがぽつりと呟いた!
いいの!? マジで!?
つい目で問い詰めたら、彼はどこか恍惚とした瞳で俺の装いを見つめながら、小さくこくりと頷いてくれた。
お許しが出た!
じゃあさっそく今から――
「ダメですよ! 理性を取り戻しなさい!」
「いけませんランハート様。お気持ちはわかりますが、あと一ヶ月の辛抱です」
「リシェル様も、そのような危険なことを軽々と許してはなりませんよ。この御方がやると仰ったら、本当にそうなってしまいますからね」
ミッテちゃん、カイ、ノアの突っ込み三連撃をいただいた。
こういう時、しっかり我に返らせてくれて助かるよ。でも心の中で「チッ」と舌打ちするぐらいは許してほしい。
ところでミッテちゃん、前もお願いした気がするけど、嘴で首をツツツンとやるのはやめてくれないかな。
そこ、樹の幹じゃないから。穴をあけたら大変なことになるから。せめてキックにして。
しかし珍しいことに、俺よりもリシェルのほうが多めに説教を食らっていた。
おもにノアの説教が長い。俺のことは飢えた猛獣だと思えって、主人たる俺の前で堂々と言うか? ……うん、ただの事実だな。
「ノア、そのへんにしておけ。ランハート閣下、リシェル様。そろそろ皆様の到着のお時間です」
呆れ顔のカイが中断させて、リシェルは説教から解放された。
しかし周りのメイド達からの生ぬるい視線に、自分が人前でとんでもないことを口走ってしまったと自覚したようで、目を見開いている。
これは顔が真っ赤になってしまうか?
と思いきや、彼は咄嗟に深呼吸をして熱を逃がし、ノアに冷たい飲み物を指示した。
「ごめんね。行こうか」
赤面を鮮やかに回避し、理性的で落ち着いた雰囲気の青年がにこりと微笑みかけてきた。
素晴らしいぞリシェル。惚れ直すわ……。
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