どうやら悪の令息に転生したようだ

日村透

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かつて悪(役)だった令息との結婚

167. 想像もできなかった余興

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 料理は皆さん大満足だったようだ。
 俺とリシェルも挨拶回りが終わったあと、また少し追加で食べたよ。
 そして料理をおおかた出し終えたら、皆さんお待ちかねのデザートタイムである。

 各種デザートを載せたワゴンが広間に入ってきた瞬間、大歓声が沸き起こった。
 甘いものは富の証という世界において、スイーツ好きに男も女もない。ただし大人になると味覚が変化する関係で、男が大人になっても甘いものをばくばく食べているのは少々子供らしいというのはある。
 我が家では気にせず食べてね~ということで、全員にちゃんと行き渡る量を用意した。

 ムスター産の赤い果実『赤麗玉せきれいぎょく』を使った菓子と、柿、栗を使った菓子だ。
 それらをタルトとパウンドケーキのそれぞれ二種類ずつ作ってもらったから、計六種類とかなり多い。

 タルトはクッキー生地のカップにカスタードクリームを入れ、その上に載せるものを変えているだけだ。
 『赤麗玉』は大きめのを三粒。昔バウアー男爵邸で食べたのと同じ菓子で、これはお姉様とリシェルの好物だから外せない。
 予想に違わず、みんな赤くツヤツヤの実を目にして、どことなくそわそわしている。もちろんミッテちゃんもうずうずしているので、俺のが来たら分けてあげよう。

 柿はコンポートにし、栗はペースト状にしたものを載せていた。
 この世界の果物類は、前世の俺の世界ほど品種改良が進んでいないために、砂糖で甘みを加えているものが多い。『赤麗玉』に人気が出た最大の理由は、そのままで既に強い甘味と芳香を持っていたからだ。

 なるべく複数の種類を食べられるよう、菓子の一個一個の大きさを抑えてある。
 女性は大人になってもスイーツどんど来いというタイプが多く、これのためにお腹のスペースを空けていた人も多いことだろう。
 それでもよそった分の料理は残さず全部食べてくれているから、ちゃんと美味しくいただいてくれたのがわかる。
 好き嫌いもあるだろうし、六種類の菓子全部は食べられない人も出てくるかと思いきや、全員きっちり全種類を皿に盛らせていたようだ。
 好評で何よりです。

 甘味とともに提供するお茶は、紅茶だけでなくムスター産のお茶もご用意。両方飲みたい人は、お代わりに別のお茶を頼んでもらったっていい。
 スイーツを食べる時は、絶対に酒を飲むという人もいる。民族的な体質なのか、この国ではアルコールの分解能力の高い人が多いようだ。
 今日来てくれているお客さんの中に、飲み過ぎで身体を壊している人はいないと確認済なので、こちらも遠慮なく頼んでもらっている。
 
「ランハート、これすっごく美味しいね」
「ん、どれ?」
「はい」

 リシェルが「はい」と笑顔でフォークを差し出したなら、俺がそれに食いつかないという道はない。
 ぱくりと行ったら、その瞬間に広間がドヨドヨっと歓声のような驚きのような声で満ちた。
 うおっと……人前で「あーん」をやってしまったぜ。

 母上様が「おやおや」という顔をして、お姉様が「あらあら」という顔で微笑んでいる。
 ヨハンとエアハルトは目を丸くしていた。……カップルに「あーん」は定番だと思っていたけれど、そういえばこの国にそういう文化はあんまりないんだった。

 リシェルに動揺はなく、ほわほわと微笑んでいる。その瞳の奥に、ちょっぴり揶揄からかうような光がよぎった。
 ――もしかしなくとも、わざとだな?
 この出来事はあっという間に広まり、俺達の間をワンチャン裂けるんじゃないかとアホな野望を抱く者を完全に消し去ることだろう。
 こういうのを半ば計算してできるようになってしまうなんて、リシェル本当に成長したなぁ。
 素敵。
 もぐもぐもぐ……柿のコンポートがとっても甘いです。



 甘い時間も堪能し、広間にまったりとした空気が漂い始めた頃、向こうのほうで楽隊の人々がなにやらごそごそと移動を始めた。
 このあとの時間は、余興の時間が欲しいと言われていたんだよな。
 何をやるのかは聞いていないけれど、誰かが何かをやるらしい。ノイマンと母上様がそれを聞いて通しているので、あまり変なことはやらないだろうと俺もOKを出している。

 リシェルと顔を見合わせていると、何故かおもむろにヨハンが席を立ち、俺達の音楽の先生と一緒に楽隊の人々のほうに向かって歩いて行った。
 え、まさか……。
 母上様もノイマンも平然とした顔をしている。ということは当然、彼らの移動の理由を知っているわけで。
 俺と同じ疑問を抱いたか、お客さん達も何やらザワつき始めた。

 従僕が楽器を持ってきて、ヨハンに手渡した。――バイオリンだ。

 そういえば。
 ヨハンは絵を描くのが好きなだけじゃなく、楽器の演奏も好きなんだった。
 昔みたいに音楽家を連日のように招くことがなくなり、招くとしても節度をもった頻度になっているから、すっかり忘れていた。
 実はあれもずっと続けていたんだな。禁止はしていなかったから、別に構わないんだけれど。

 俺は昔、ヨハンのシンパどもを追い出した直後あたりに、一度だけ奴の演奏を聴いたことがある。
 心にも記憶にもまったく残らず、俺は一曲を聴き終えずして飽きた。
 音楽はその曲に入り込むことが必要なんだろうが、自分への陶酔が行き過ぎれば、単なる騒音と変わらない。
 あの時のヨハンの音は、自己陶酔の塊にしか聴こえなかった。

 俺の個人的な意見だが、絵は文章に近く、演奏は会話に近い。
 絵は視覚的にそれの粗を確認することができて、文章のように修正がきく。
 演奏は、一度口から発した言葉を取り消せないように、一度奏でてしまった音は修正できない。
 音は、言葉だ。
 俺はヨハンの『言葉おと』を「聞くに堪えない」と感じて、それ以来すっかり忘れていた。

 俺の先生がピアノの前に座り、鍵盤けんばんに指で触れた。そういえばあの楽隊の中で、ピアノ奏者はいなかったな。

 ヨハンがバイオリンを軽く調整し、構える。それと同時に楽隊の人々も、それぞれの楽器を構えた。
 おいおい、マジか。

 そして前触れもなく始まった演奏。
 ヨハンが主旋律を奏で、先生達がそのバックでハーモニーを奏でている。
 ――音が変わっていた。嘘だろうと思うぐらい、ヨハンの音から気持ち悪い自己陶酔感が消えている。
 鮮明さと骨太さが加わり、すべての音がハッキリと耳に届いた。
 曲目きょくもくも変に気取ったものではなく、明るい日に相応しい祝福の歌だ。自分の中だけでうっとりして完結するものではなく、届けようとしている音だとわかる。

「これは……やってくれたな」
「すごいね、お義父とう様」

 リシェルも称賛を惜しまない様子だった。
 お世辞抜きでヨハンは巧い。バイオリンの得意なリシェルは、俺よりもそれがよくわかるんだろう。

 そして曲が終わり、大広間は割れんばかりの拍手に包まれた。
 ヨハンはどこかスッキリとした笑顔をこちらに向けている。
 さすがに今日この時ばかりは、やられたなぁと思いつつ、俺も素直に拍手を送った。



 その後も余興は続いていった。
 希望者による飛び入り演奏だ。
 お客さん達も、腕に覚えのある人がどんどん参加して曲を披露してくれた。
 もちろん俺とリシェル、エアハルトも演奏したぞ。お姉様のそそぐ視線からして、これは普段から弾いてやっているな義兄にい様?

 楽譜通りに奏でた曲もあれば、アドリブバトル演奏もやったりした。
 大事なルールは、熱中し過ぎて騒音にするなという点。
 俺らがどんな音を仕掛けても、ヨハンの奴、さらっと繋げやがるの。
 なんだこいつの無敵感は。おまえ本当にヨハン? 背中のチャックをあけたら別人が出てくるんじゃねえ?

 ルーディは俺らのペースについて来られなかったようで、おもに聞き役だったけれど楽しそうだったな。
 カールとも仲良しになったらしく、二人並んでキラキラの目で見つめてくるのが可愛かったよ。

 俺とリシェルの結婚前祝いパーティーは、心地良い笑顔と笑い声、そして音楽に包まれてしめくくりとなった。



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