付き合ってもいないのに振られた男

丸井竹

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11.降ってわいた治療薬

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翌日、騎士団の隊員たちに守られ再び馬車の旅が始まった。
シーリアはぴったりとヴェイルスにはりつき、二人きりの時間を満喫していた。
ヴェイルスは昨夜シーリアが作った小瓶の薬の中身を確認した。

言止めの能力で再現された薬はまさに煙のごとく消えていた。
瓶の蓋を開け、中身が空っぽであることを確認してヴェイルスはほっとした。

「能力値としては第五階層以上第九階層未満といったところだな」

最高峰の永伝師ともなると描かれた文字の力は具現化し、その影響力は永伝師の意思に依存し、一晩で消えるようなものではないと聞いたことがあった。
ヴェイルスはシーリアに沈黙の魔法を宙に刻ませ、馬車内の会話が聞こえないようにした。

「シーリア、言止めとしてはかなり能力値が高い。お前の能力なら王宮にいる独身貴族であれば大抵が求婚を断ることはない。今回、王宮で目当ての男を見つけたら俺に言え。話を進めてやる」

シーリアはヴェイルスの言葉に目を怒らせた。

「昨夜あんなに私を熱く抱いてくださったのに、なんということを言うのですか。本当にひどい人ですね。欲しいのはヴェイルス様だけです」

ヴェイルスは苦笑して、すっかり恋に溺れている様子のシーリアを見下ろした。

「俺は手元にお前がいてくれて助かる。研究所の稼ぎ頭だからな。だが、女としてはいないよりましな部類だ。顔も体も俺の好みではない。しかもがさつで色気がない。もう少しなんとかなるなら抱いてやってもいいが、今夜は考える必要があるな」

「私の処女をもらってくださった時は薬などに頼らず私を抱いて下さったではないですか」

ヴェイルスの沈黙に、はっとしてシーリアは怒ったように顔を赤くした。

「は、初めての時も使ったのですか?!処女なのに勃たなかったのですか?!」

キーキー文句を言い始めたシーリアから逃れるようにヴェイルスが座席を少し横にずれると、シーリアはしょんぼりと黙り込んだ。
ヴェイルスは気まぐれにシーリアを抱き寄せた。

上機嫌になって騒ぎ出さないだろうかと心配になったが、シーリアは黙ってヴェイルスの腕に抱かれた。

「どうした?おしゃべりはもう終わりか?」

「ヴェイルス様がしてほしくないかと思いました。静かにしていたら少しはましな女になりますか?」

「毎日抱いてくれるような男を探したらどうだ?」

「またそれですか。ヴェイルス様はわかっていないのですね。私は抱いてくれる男が欲しいわけではないのです」

「ほお?」

やはり黙っていた方がましだったなとヴェイルスは適当に流した。

「私が不器量なのはわかっています。私の容姿を見て好きになってくれる方がいないのだとしたら、せめて自分が好きな人と一緒にいたいじゃないですか。だいたい王宮にいる高貴な方は美しい人を見慣れているでしょう?
私に求婚するとすれば私ではなく私の能力が欲しいからでしょう?
ヴェイルス様も私が霊薬師としてお金になると思っている。
どうせ金蔓にされるなら、自分が好きだと思う人の傍にいます」

「金蔓にされても一緒にいたいのか?」

「ヴェイルス様は優しいです。同じ屋根の下であれだけの愛人が暮らしているのに皆幸せそうです。いろいろ不公平感はありますけど、ときめくのはヴェイルス様にだけです」

「しょっちゅう酷い人だと言われている気がするが?」

「それも本当です」

少しだけ元気を取り戻した様子のシーリアに安心して、ヴェイルスは口を閉ざした。


馬車の外ではユリウスの率いる第三騎士団が周りを固めていた。
ユリウスが静まり返っている馬車の中を気にかけて戸口の横に馬をつけた。
短剣にはめ込まれた青い魔石が一瞬ふわりと光り、魔法の影響を持ち主に知らせた。
警戒するように眉を顰めると、ユリウスは走る馬車に近づき扉をノックした。
中から応えは無く、青い宝石が再びふわりと光った。

ユリウスは副隊長のルファを呼び出した。

「ヴェイルス様が魔法を使われるのか確認してくれ」

ルファは革鞄から資料を引っ張り出した。数ページめくり、目を細める。

「一級霊薬師様ですね。相当高い魔力を保持されていますから、初級程度なら可能です。滅多に使われない方ですけどね。今回は美女をお連れではないからでは?ほら、窓のカーテンも閉められている。お楽しみでしょう」

ルファの失礼な言い草に、ユリウスは顔を顰めた。
確かにユリウスの目から見てもシーリアは他の美女達のようにヴェイルスに愛されているようにはみえなかった。
一級霊薬師の研究室に所属する国の霊薬師でありながら、市井のしかも男娼の元に足を運び、その身を心配して寄付までするなど心根の優しい女性であることは間違いないのに、大切にされていないというのは気の毒だった。

しかし、人目がなければ違うのかもしれない。

ユリウスはとりあえず様子を見ようと自分が馬車の隣に陣取った。

空を見上げ、天候を確かめたユリウスは街道の先に目を凝らした。見晴らしの良いデルタ平原が目前に迫っていた。気の抜けない通過地点だった。

見晴らしがよく、敵に見つかりやすい。魔獣の群れが生息する場所でもある。
当然斥候隊を出してはいるが、魔力使いが敵になればどこから現れるかわからない。
高い魔力持ちは他国からも狙われている。

その時、斥候の一人が戻ってきた。

「この先にバルバルの群れがいます。迂回した方がよろしいかと」

ユリウスは小さく舌打ちをしたが、もう一度馬車の扉を叩く気にはなれなかった。
狂暴な性質の獣ではないが、驚いて突進してきたらやっかいだった。

部下達に迂回を指示しながら万が一に備えて盾装備に変える。
ひりついた緊張感の中、一行は進み予定より時間を上回る形にはなったが無事デルタ平原を抜けることに成功した。

デルタ草原を抜けると今度は鬱蒼としたイーネスの森が待ち構えていた。
再びユリウスは馬車の扉を叩いたが、やはり返事はなかった。
見通しの悪い森もなんとか通過し、ようやく道は切り開かれ、王国軍の手によって開拓されたゴドンの町が姿を現した。

それでもユリウスの緊張は続いていた。
柄の悪い他国の旅行客も集まるこの町には厄介ごとが多かった。

顔も見せない黒装束の魔道士の集団が通り過ぎ、さらに柄の悪そうな傭兵の一団が酒場から溢れ、大声を上げている。物乞いをする子供たちが誰かの物をすって逃げ回っては知らない路地に消えて行く。

整備されていたはずの道はタイルが剥げ、あるいはブロックが持ち去られ、でこぼこの泥だらけで、時折小さな馬車が車輪をとられ立往生している。

ルファが雨よけのついたマントを持ってきた。

「隊長、雨が降りそうです。道がこれ以上悪くなる前にここを抜けますか?」

大きな商隊が複数到着しているらしく、ゴドンの町は人が溢れ物騒な気配に包まれていた。護衛をしていなければこんな日こそ町に騎士団が滞在した方がいいのだ。
ユリウスはヴェイルスの乗る馬車に近づき、これ以上は待てないとかなり強めに扉をノックした。

今度は短剣の宝石は光らなかった。
馬車のカーテンが開き、窓が開いた。
黒髪の美男子が顔を覗かせる。

「ヴェイルス様、ゴドンの町に到着しましたが道が荒れています。治安も良くない。到着は夜更けになりますが、イーネスを抜けコモアの宿場町を目指します」

ヴェイルスはあまり良い顔をしなかった。コモアには娼館がないのだ。さらに大きな酒場もない。しかし窓から町の様子を窺い見ると仕方がないというように頷いた。

「いいだろう」

窓を再び閉めようとするヴェイルスをユリウスが呼び止めた。

「ヴェイルス様、沈黙の魔法かなにか使っておられますか?ノックが聞こえないのは困ります」

躊躇いもなくヴェイルスは簡単に答えた。

「いや、何も使っていないが、楽しみに没頭して聞こえなかったのかもしれないな」

その漆黒の目がちらりとユリウスの短剣の宝石を映し、素早く訂正した。

「ああ、初級魔法の本を彼女に見せていたから、何か発動したかもしれない。気を付ける」

ヴェイルスの顔が消え、窓が閉まると同時にカーテンまで閉められた。
馬車から一定の距離を取って馬を歩かせながら、ユリウスは、カーテンを閉めた状態で本が読めるだろうかと一瞬怪しむような顔をした。

しかしすぐに次の行動に移った。

「ルファ、伝令だ。コモアを目指す。急ぐぞ」

伝令が走り、先頭の騎士達が道を空けろと声高に叫びだす。素早く隊列を整えた騎士達に守られ馬車は速やかにゴドンの町を通り過ぎた。

コモアの宿場町に到着したのはユリウスの読み通り真夜中に入ってからだった。しかも冷たい雨に降られ、小さな町はさらに人気がなくなり静まり返っていた。


先行隊があらかじめ予約した宿の前に馬車が止まると、馬車の皮のひさしが引っ張り出された。ユリウスが扉をノックすると扉が開き、ヴェイルスが顔を覗かせた。
その腕にはシーリアが抱かれている。

「こちらに、私が抱いてお連れします」

ユリウスの言葉にヴェイルスは有難いとばかりにシーリアの体を押し付けた。
ユリウスがシーリアを抱いて先頭に立ち宿に入っていく。
続くヴェイルスの前をルファが歩き、ランタンを掲げヴェイルスの足元を照らした。

「ヴェイルス様、お部屋は同室で構いませんか?」

ヴェイルスは不愉快そうに眉を寄せたが、それで構わないと答えた。
シーリアはもう眠っているのだ。女を抱けないのは残念だが、シーリアの言動で余計なストレスを感じることはなさそうだった。



真夜中の到着だったにも関わらず、ヴェイルスは朝になる前に起こされた。

灯りを落とした室内で扉のなる音が聞こえ、ヴェイルスは起き上がって灯りをつけた。
隣で眠っていたシーリアも寝ぼけ眼を擦りながら一緒に起きようと頭を上げた。

「そこにいろ」

ヴェイルスは扉を開けた。外にいたのは副隊長のルファだった。

「お休み中すみません。ゴドンで騒ぎがありました。怪我人が多数出て薬が足りておりません。上級治癒師の能力と同程度の治癒薬を作成できないでしょうか?実は第三階層の言止め様がゴドンの町に滞在中の事件になりまして……」

第三階層の言止めには必ず王国の騎士が護衛につく。護衛対象の言止めになにかあれば彼らは処罰を受ける。

「わかった。用意があるか確認する。繊細な仕事だ。私の許可なしに誰もここに入れるな」

振り返ったヴェイルスは後ろ手に扉を閉めて鍵をかけた。
シーリアがぼんやりと立ちあがり、鞄を漁った。

「シーリア、コアの葉とデルの目、それから霊虫の卵だ。ノートを出せ」

ヴェイルスは鞄を漁り、材料を確認した。当然持ってきていないものばかりだ。だが、ここには優秀な言止めがいる。

「記録しろ」

ヴェイルスは足りない材料について語り始め、シーリアはそれをノートに記していった。
必要な材料を伝え終えると、シーリアは見たこともないそれらの材料のことを頭の中で正確に把握していた。

宙にペンを走らせ、その名前を書くだけで金色の光がその形を浮かび上がらせた。
布を広げ落ちてきた材料の全てを受けとめると、今度は小瓶を並べた。

「正確にイメージしろ。上級治癒師は欠けた指さえ元に戻す。しかし効果が強すぎれば上級治癒師以上の力を持つと知られ自由を奪われる。ノートを出せ。上級治癒薬の説明をしてやる」

再び言止めの能力でペンを走らせる。ヴェイルスが知る薬の姿を正確に頭の中にとらえると、シーリアは最後に霊薬造りに取り掛かった。
恐ろしいほどの集中力で繊細な作業を重ねていく。細切れの金色の煙が、糸のように宙を漂うと、ヴェイルスは小瓶の蓋を開いた。

ペン先を伝い、金色の煙はするすると小瓶に吸い込まれる。
ヴェイルスはさらに小瓶を取り出しそこに並べ始めた。十個ほど蓋を外すと、煙が次々に瓶に吸い込まれていく。

煙が充満した瓶に蓋をして、振ってやればそれは中で液体に変わっていた。
ヴェイルスは全ての作業が終わると、シーリアが文字を残したノートのページを破り暖炉の炎に投げ込んだ。

袋に小瓶を詰めて扉を叩く。
すぐに外で待つルファが顔を出した。

「上級治癒薬だ。レベルを下げればもう少し作れるがどうする?」

「中級程度を少々作ってもらえれば助かります。小瓶は足りますか?今集めさせていますが、ゴドンの町は少し離れていて到着が遅れています。代用できるものがあれば教えて頂ければ」

「蓋が出来るものであれば構わない。あと十ほどある。とりあえず作ったらこちらから扉を開ける」

ルファが薬を受け取り再び扉が閉まった。

二人の霊薬師は夜を徹して薬を作ったが、その様子を見た者はひとりもいなかった。
戸締りをし、カーテンを固く閉め、言止めがいた証拠など一つも残さなかったのだ。


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