付き合ってもいないのに振られた男

丸井竹

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26.金色の鳥籠とペン

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王立霊薬総合研究所の審議官であるカスターが再びヴェイルスの研究棟を訪ねてきたのはそれからすぐのことだった。
魔道契約を無効にする仮死の薬をヴェイルスは全て破棄していたため、調査に入られても困るものはないはずだった。

しかしカスターは王都から能力鑑定士と言止め審査官の神官を連れてきていた。

「助手を務められたシーリア殿の検査をさせてもらいたい。結果によっては王国の手厚い保護を受けて頂くことになる」

作り方が公開されているにも関わらず、再現不可能な霊薬の数々に怪しむ者が出てきたのだ。ヴェイルスは快く彼らを迎え入れた。ヴェイルスの検査は前回カスターが来た際に終えていた。
シーリアを連れ、郊外の教会に場所を移すと魔道具の銀板に水が注がれた。

「まずは言止めの審査からです」

不安そうに振り返るシーリアの視線をヴェイルスは冷やかに跳ね返した。
先日宣言した通り、ヴェイルスはシーリアにどんな能力が発見されても知らぬ存ぜぬで通すつもりなのだ。

ヴェイルスは早く言われたとおりにしろとシーリアに促すように顎で合図を送った。
自分を庇う気がないのだと知り、シーリアは不満そうに唇を尖らせたが前に進み、言われたとおりに手をかざした。

銀板は光ったが、覗き込んだ神官は不可解な顔をした。

「三階層まではいかないようですね」

その言葉に鋭く目を光らせたのはヴェイルスだった。シーリアはよくわかっていないように首をひねった。
能力鑑定士が道具を並べ、レンズ越しにシーリアを観察した。

「大きな威力はだせないが繊細な魔力操作に長けています。やはり霊薬師ですね。等級はかなり高い。
一級近くはあるが飛びぬけているわけでもない。あと、いや、何か見たこともない光がありますね。小さなしかし、表に出るほどでもない。
もしかすると魔法の起源とされる原子の魔法力が多少あるかもしれません」

「私の薬が再現できない納得の理由になります?」

シーリアがのんびりとした口調で問いかけた。厳かな雰囲気の中、粛々と行われていた鑑定の儀式が途端に間の抜けたものにかわった。二人の年配の男に怖い目で睨まれ、シーリアは肩をすくめた。

「だいたい私の目と髪の色を見てそんなに魔力が高いように見えます?言止めって美人揃いだってきくじゃないですか。私じゃ第一階層程度じゃないですか?容姿的に」

「第一階層にも満たないな」

付け加えたのはヴェイルスだった。こちらも退屈そうな口調で、そろそろ帰ってもいいかと審議官たちを促していた。シーリアは黙ってヴェイルスを睨みつけた。

「能力的にみて王都に来ていただく必要はないようです。ただ、発明した薬に関しては詳細な説明を添えて下さい」

王都からシーリアの能力を探りにきた三人の審議官たちが馬車で帰っていくと、ヴェイルスがシーリアの腕をとった。

「何をした?そんなわけがないだろう。俺の部屋に来い。説明してもらう」

ヴェイルスの部屋と聞き、シーリアは喜んだ。

「本当ですか?!抱いて下さればなんでも答えられると思います!」

仕方がないと、ヴェイルスは苦い顔をしてシーリアを抱き上げた。




寝室のベッドの中でシーリアを抱いたヴェイルスは、心地よさそうにうっとりと目を閉じているシーリアの体を見おろした。シーリアはその気配に気づいたように、ぱっと目を開け不貞腐れたように表情を変えた。

「私を見捨てようとしましたね?あんまりです」

シーリアは文句を言ったが、言葉とは裏腹にヴェイルスの腕に甘えたように抱き着いた。ヴェイルスが横に逃げると、今度はその胸にすり寄った。

「お前、本当に何もしていないのか?」

「していませんよ。私に小細工が出来ると思いますか?」

「そうなればますます不可解だ。お前を育てた霊薬師はどこにいる?」

「西か、東の……」

「真逆だぞ」

シーリアの唇に指を走らせ、ヴェイルスは小さく何かを呟いた。

「どこの出身だ?」

「記憶が断片的なのです。霊薬師が私を使っていました。草地はありますが豊かな森はない。高山にある小さな集落です。冷たい風が毎日吹き荒れる。
村はずれにある、崩れかけた小さなテントはまじない師であり霊薬師だった女の店です。その店先でこき使われたのが私です」

あまりにも曖昧で意味不明な証言だった。
それぐらいしか思い出せないとシーリアが話すと、ヴェイルスは体を起こし、床に落ちていた服を拾い上げた。

「次は一か月後ですか?」

シーリアの問いかけに、ヴェイルスはにやりとした。

「俺に抱いてもらいたければ多少の努力はするものだ。風呂に入れと男に言われるようでは、俺に抱かれるのは難しい。そろそろリーアンに抱いてもらったらどうだ?金は渡しているのだろう?借金の返済は出来るはずだ」

シーリアは飛び起きた。

「本当ですか?ならばあとは契約年数だけですね?」

「仮死の薬はもうだめだ。原本を手元に置いて破る必要もあるし、良い策とはいえない」

部屋を出ていこうとするヴェイルスにシーリアは急いで質問を投げかけた。

「私が他の恋人を見つけても本当に後悔しないのですか?」

ヴェイルスは振り返りもしなかった。

「お前に限っては大丈夫だ。存分に他の男と寝て来い。気が向いたら俺も抱いてやる」

扉が閉まると、シーリアはがっかりして再び寝台に横たわった。
体にはまだ甘い余韻が残っている。
シーリアはヴェイルスのぬくもりの残る毛布にくるまり、心地良く眠りに落ちた。




そんなシーリアを待ち受けていたのはまた不可思議な夢の世界だった。

黄金色に溢れた悪趣味な部屋で、ラフィーニアはノックの音と共に入ってきた国王にお辞儀をしていた。そこは知識の塔の最上階、永伝師の部屋だった。

「寂しい思いをしていたのではないのか?」

老いてきた王に手を握られ、ラフィーニアは寝室に導かれた。
横たえられると、その上に王がのしかかってきた。

「そろそろお前を息子に譲らなければならない」

別れを惜しむように王はラフィーニアの首筋に何度も唇を落として、吸い付いた。
ごわごわとした髭の感触にラフィーニアは眉を顰め、その時間に耐えるように口を堅く閉ざした。
天窓から鳥が自由に羽ばたける青い空が鉄格子越しに見える。

黒い鳥影がそこを横切った。鉄格子の陰に隠れて見えなくなった鳥を追うように、ラフィーニアは首を傾けた。
その視線を遮るように王の顔が迫り、唇を奪われた。

ラフィーニアは目を閉ざした。
愛する男も選べない籠の中の鳥。交配相手を投げ込まれ、拒むことも許されず体を重ね、卵を産めとせかされる。

「魔力の高い者と交配させるべきだという意見もある。試してもいいか?」

先ほど息子に譲ると口にしていたというのに、他の男も寄越すと聞き、ラフィーニアは形の良い眉を寄せた。

「私は答えを選べるのですか?」

「次代の永伝師を入手することは国の安寧のためにも必要不可欠なことだ。個人的な感情では決められない」

永伝師は文字にしたものを実体化させることが出来る能力が一番長けている存在だ。一万の兵士を五万にすることもできる。願い描いた物を作りあげることも可能だ。
それは当然永遠のものではないが、室内に飾られた花は永伝師がその能力で書いたもので、一年以上も美しく咲き続けている。

「私は子を産めません。諦めて永伝師になれる方を探してください」

当然毎年、全言止めがその試験を受けているのだ。それでもラフィーニアほど高い能力の言止めは見つかっていない。

「お前ほど美しく、素晴らしい能力を持つ者は現れていない」

王がラフィーニアの服を脱がしにかかると、ラフィーニアは嫌そうに身をよじった。

「美しさと能力は別ではありませんか」

「魔力の高さはそこに出る」

若く張りのある体を抱き続け、王ばかりが年老いた。王は変わらぬ美貌を誇るラフィーニアの裸体を眩しそうに眺め、舌なめずりをした。

「誰かにやるのは惜しいが、個人的な感情を持つわけにはいかないのだ」

王の膨れた腹がのしかかってくると、ラフィーニアはシーツを握りしめ、固く目を閉ざしたまま唇を噛みしめた。
王国一の魔力量と美貌を持つラフィーニアの嫌悪の表情は美しく、嗜虐心をおおいに刺激し、王の征服欲を満たしていた。

「名残惜しいな」

巨大な王の腹の下に埋もれながら、ラフィーニアは必死に顎を上げ自由な空へ顔を向けた。
その天井は高く、まるで巨大な壺の底から見上げているようだった。ラフィーニアは必死に手を伸ばした。遠くに見える空からは助けになるロープの一本だって下りてこない。



世界が暗転し、その奇妙な眠りからシーリアはぼんやりと目を覚ました。
目をこすろうと持ち上げたその手に、見慣れない物が握られていた。
それは、金色に輝くペンだった。

シーリアは手元に現れた奇妙なペンをじっと見つめた。
すると、それは先ほど見た夢のようにゆっくりと手の中で消えていった。

眠っている間に何か書いたのだろうかとシーリアは考えた。
首を傾け、大きく欠伸をし、それからもう一度先ほど見た奇妙な夢を思い出そうとした。
しかし、それはもうぼんやりとしか思い出せなくなっていた。


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